第809話、冒険者ギルドにて


 ノイ・アーベント冒険者ギルドにいるラスィアの元を訪ねたら、何やらもめていた。

 若いが身なりのよい男が、ラスィアに怒鳴っている。どこぞの金持ちか、あるいは貴族の子弟か。いや、後ろに部下らしき軽装の騎士が控えているから貴族かもな。……やれやれ。

 冒険者たちは、今日も東領開拓にお出かけしていて、フロアは人が少なかった。


「何があったんだ?」

「あ、ジン様」


 ラスィアが俺に気づいた。だが男は――


「おい、ダークエルフ。いまお前は我と話していただろうが! そして貴様、我が話しているのに割り込むな!」


 怒鳴られてしまった。相当、お怒りだが、お前は誰なん?


「それは失礼を。私はジン・トキトモと申します。あなたは?」

「下郎に名乗る名などない!」


 あ――男は、俺を知らなかった。それゆえ、次の瞬間、近くにいたSS職員によって強引に取り押さえられた。


 バタンと無理矢理倒される若い男。控えていた騎士が、突然のことに驚き、慌てて剣を抜こうとするが別のSS職員が素早く剣を抜き、牽制した。


 ラスィアが倒れている男を見下ろし声を荒げた。


「貴様、我らが主、トキトモ侯爵閣下を侮辱するとは! 万死に値するぞ!」

「……侯爵っ!?」


 地面に顔をこすりつけながら男は目を回した。


「そ、その男が……!? ここの領主の、トキトモ侯爵、だと……? 嘘をつくな――イタタタ!」


 取り押さえているSS職員が、男の腕の骨を折る勢いで締め上げた。俺はため息をついた。


「ラスィアよ、この無礼者は何者だ?」

「ハリダ伯爵の次男、オント氏です」

「なあ、ラスィア。無学な俺に教えてくれ。侯爵と伯爵ってどちらの格が上なのかな?」

「もちろん、侯爵が上です、トキトモ閣下」

「そうか。では、この無礼者は我がトキトモ領に宣戦布告をしてきたということでよろしいか?」

「せ、宣戦布告……?」


 オントという名の男は、地べたから俺を見上げて呆然とする。俺はしゃがみ込んだ。


「ああ、戦争だ。君は愚かにも領主を侮辱してしまった。この償いはしなくてはならない、違うかね?」


 すると、控えの騎士が床に手をつき、臣下の礼をとった。


「も、申し訳ございません、トキトモ閣下! この非礼、なんといって申し開きをすればよいか……」

「別に君に謝ってもらわなくていいよ」


 俺はオントを見下ろした。


「謝らなければならないのは、君だ。俺への侮辱は、知らなかったということで水に流してもいい。いや、本当は知らなかったで許されないが、事故もある。俺は寛大だからな」


 だが――


「うちのラスィアに対して声を荒げていたのは許せんな。それには謝ってもらう」


 俺はSS職員に、オントを解放するように合図した。立ち上がるオント。まだ事態が飲み込めていないのか憮然とした表情だ。


 ……。

 ……。……時間切れ。


「それで、いったい何をもめていたんだ?」


 俺はラスィアに視線をやれば、ダークエルフのサブマスは姿勢を正した。


「はい、オント氏は、デゼルト装甲車を購入したいと、ギルドに申し出まして」

「ああ、購入希望」

「当然ながら、侯爵閣下の許可なく売ることはできませんからお断りさせていただいたのですが……」


 ちら、と冷酷な目をオント氏に向けるラスィア。


「『耳長の亜人如きでは話にならない。ギルドマスターを呼べ』と言いまして」

「ギルマスは、いまクレニエール東領クエストで出かけているな?」

「はい、閣下」

「ふむ……耳長ね」


 じろり、とオントを見れば、彼の背筋は伸びたまま、冷や汗を浮かべていた。


「ちなみに、オント君。デゼルト型装甲車はとても高いのだが、買えるのかね?」

「はい……? え、あ、売っていただけるのですか!?」


 オントはビックリした。俺は続けた。


「とても高いが、いくら出せるのかね? どうしても欲しいというなら金額次第で売ってもいい」

「も、もちろん、言い値で買わせていただきます!」

「ほう、言い値で。……いまの言葉、忘れるなよ」


 俺は、オントとその騎士に滞在先を聞くと、明日現物を持って行くから、金を用意しておくように、と告げた。


 オントは喜び、「お待ちしております!」と声を弾ませた。騎士が何か言いかけたが、俺はさっさと二人にお引き取り願った。意気揚々と帰るオントと、終始青い顔をしている騎士を見送り、俺はギルドの執務室へ。


「よろしかったのですか?」


 ラスィアが傍らでいうので、俺は立ち止まると、彼女の黒髪から覗くエルフ特有の長い耳にそっと触れた。


「この耳のよさがわからないとはね……。人の好みはそれぞれとはいえ、愚かの極みだよ」


 エルフの耳は敏感だから、強く触ったらいけない。ラスィアは俺の手にそっと自身の手を伸ばすと、優しくにぎりこむ。


「申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」

「気にするな。君のような美女をみて、差別丸出しとか、あいつの美的感覚は狂っているに違いない」


 それに底抜けの馬鹿である。言い値で買う? 金銭感覚の欠片もない間抜けめ。傍らの騎士は感づいたようだが、オントよ、お前はもう終わりだ。


 ラスィアに謝れと俺が言った時点で、それなりの態度を示せば考えてやったが、もはや慈悲はない。


 しかしまあ、亜人差別ってあるもんだな。ああいう強烈なのは久しぶりに見たが、こういうのが、普通に起きていたりするものだと思うと、憂鬱だ。



  ・  ・  ・



 翌日、オントにデゼルト型装甲車を持っていってやった。

 装甲車の金額は、言い値でと言ってくれたので、盛大にふっかけてやった。ハリダ伯爵領全体の税収一年分か。

 騎士はあまりの高額ぶりに驚愕し、金銭感覚ゼロのオントは、到底足りないという騎士に怒った。


「侯爵閣下の前だぞ。何とかしろ!」


 何とかするのはお前の頭だよ。俺は、足りない分は後日、領に回収に行くと告げ、用意した売買契約書を読ませた上――ろくに読まなかったようだが――サインさせた。


 なお、お付きの騎士も、仕える家の税収がいくらか知らなかった。オントに押し切られる形で、騎士も納得したようだった。


 デゼルト型装甲車の使い方をレクチャーし、交通ルールを説明。……特にうちの領民相手に事故ったら、ただじゃ済まさないと恫喝……もとい指導したのち、引き渡した。

 装甲車を騎士に運転させ、上機嫌のオントだったが、俺は嘲笑を浮かべ、彼を見送った。


 なお翌日、オントの実家、ハリダ伯爵家から、足りない分の購入代金を強制徴収し、事の詳細を記した手紙と、売買契約書の複製を置いておいた。

 デゼルト型装甲車を自慢げに披露する馬鹿息子に、ご両親がどんな反応を示すか楽しみである。



 後日談であるが、ハリダ伯爵はトキトモ領を訪問し、俺に詫びを入れにきた。装甲車を返すので代金を返してほしいと懇願した。オントは勘当したという。


 契約書があるが、俺は快く返金対応し、ついでに勘当された馬鹿息子を拾って、ウィリディス軍へ送り、一から徹底的に教育を施してやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る