第808話、光点の謎


 世界樹、空中都市ヴィルヤ。精霊宮の女王の執務室に、俺とアーリィー、ベルさんはいた。

 エルフ産の紅茶をいただきつつ、今後の協議である。


「皆様のおかげで、エルフは近代化された軍とその拠点を得ることができました」

「大変なのはこれからですよ、女王陛下」


 こちらで用意したエルフの艦隊、航空機など兵器。外側はできたが、それを操る人員はこれから育てなければならない。


「当面はウィリディス軍から兵を出して、兵器の運用と訓練を施します。いずれは完全にエルフだけで運用できるようになるでしょう」


 俺が言えば、ベルさんが手を振った。


「エルフはヨソの力は借りない主義だからな」

「あなた方は別です」


 にっこりと、カレン女王は笑みを向けた。


「報酬はもちろん、ジン様やウィリディスの方々には便宜を図らせていただきます。我らエルフは、あなた方への恩を忘れることはないでしょう」


 美貌のエルフの女王から、そのような言葉を賜ると、祝福を受けたような気分になるのは何故だろうな。何かいいことがありそうな予感がしてくる不思議。

 俺は、アーリィーを見た。


「あの話はしたのかい?」

「うん。世界樹の印の話」


 頷くアーリィー。俺が再度、女王に視線を戻せば、彼女も表情を引き締めた。


「古代魔法文明時代の遺跡の地図が、世界樹を指し示していたという点ですね?」

「何か心当たりはありませんか?」

「いえ……わたくしは存じておりません。先ほど、アーリィー様より質問された時も同様の返事をしたのですが、その件で、今エルフの古代学者たちに手掛かりがないか探らせています」


 なるほど、こちらの意を受けて、すでに調査中か。先に話をしてくれていてありがとう、アーリィー。しかし、カレン女王にも心当たりがないのか。


「何か、というのが漠然ばくぜんとしているのですね。それが何を指しているのかわかれば、もしかしたらわかるかもしれないのですが……」


 女王の言葉に、確かに、と俺は思った。

 そもそも遺跡の光点が何を示しているのかわかっていない。昔あった古代文明時代の町の場所とかかもしれないし、かつてその場所には浮遊島があった、というだけかもしれない。お宝かもしれないし、あるいは遺物かもしれない。


「それはボクも、リーレやトモミと話したんだ」


 アーリィーは、その細い眉をひそめた。


「たとえば、あの印は、かつて世界樹が八本あって、その場所を指し示していた、とか」

「興味深い話ですね」

「面白い意見だ」


 カレン女王が言えば、俺も思わず相好を崩す。アーリィーは首を傾げた。


「他には、印の前に見た画像にあった浮遊島がそれぞれあった場所とか」

「するとアレか?」


 ベルさんが口元を歪めた。


「オレたちが浮遊島を作らなくても、元々、この地に浮遊島があったかもしれないってことか?」

「可能性の話だよ」

「ですが、ベル様。エルフの里には浮遊島は――」

「……もしかしたら、古代樹の森一帯全部が浮遊島だったりして」


 思ったことをポツリと言ってみる。俺以外の全員が目を見張った。気持ちはわかる。里全体が浮遊島だったら、かなり巨大なものになる。


「女王陛下、このエルフの里一帯の地下ってどうなっているかわかりますか?」

「地下、ですか?」


 カレン女王は、その細くしなやかな指を顎に当てる。その仕草ひとつをとっても優雅さがにじみ出る。


「世界樹の根がそれなりの深さまで張っているとは思います。いえ、実際、我々はそう思い込んで、調査などはしていないのが正しいかと」


 エルフは生まれ育った森を大事にする。そこで育つ古代樹や世界樹を掘り起こそうなんて考えるのは罰当たりなのかもしれない。


「あの地図が何を示しているのか、わかればいいんですが」


 俺は危惧する。


「大帝国は古代文明の遺跡発掘に熱心です。先日も皇帝の親衛隊が、戦争そっちのけで活動していたくらいですから、かなり重視していると言ってもいい」

「……大帝国がエルフの里を襲う未来」


 未来視でそれを見たカレン女王は、表情を曇らせた。


「その原因が、その印が示した何かの可能性があると」

「今のところは、連中がこの里を襲う理由として一番可能性が高いんですよね」


 俺は、ここでひとつ提案する。


「エルフの里やその近辺を調査させてはいただけませんか? 外部の人間が入ることをエルフが嫌がるのは承知の上ですが」

「では、我がエルフ側からも学者などを中心とした調査班を作り、ウィリディスと連携、合同調査隊を発足いたしましょう」


 カレン女王は即断した。


「少なくとも、エルフと合同とすれば、皆様の調査に異を唱える者もいなくなるでしょう」


 エルフの排外主義は有名だ。いかに俺たちがエルフの里に貢献した恩人といえど、勝手に入って調べ回ると聞いたら、態度を硬化させる者も現れるだろう。


『単なる監視じゃないのかい?』


 ベルさんが魔力念話で呟いた。


『まあ、それもあるだろうな』


 先も言ったが、勝手に入られたら困ることもあるだろうから。


「大帝国が攻めてくる理由がはっきりすれば、もしかしたら対策の立てようがあるかもしれません。エルフとしても急務の問題。共に調査に当たりましょう」

「感謝します、陛下」


 俺が頭を下げると、女王もまた礼で返した。アーリィーが口を開く。


「早速ですが、女王陛下。調査について、ひとつ提案があります」

「何でしょうか、アーリィー様?」

「鉄の谷に、エルフの宝物庫がありますよね? まずはそこから調査したいのですが」

「宝物庫を、ですか?」


 さすがに女王も怪訝な表情になった。ベルさんが首を振った。


「何で宝物庫なんだ、アーリィー嬢ちゃん? あそこは例の印が指し示した場所じゃねえだろ?」

「あの地図はエルフの里を指し示していたけど、縮尺から言うと、必ずしも世界樹を指しているって断言できないんだよ」


 リーレたちと、より深く調べていたアーリィーはきっぱり言った。


「もちろん、可能性でいえば世界樹が怪しいんだけど、エルフの宝物庫には、古代文明時代のものと思われる装置があったんだよね?」


 あの場にアーリィーはいなかったが、俺が話したことを覚えていたのだろう。いやもしかしたらダスカ氏が指摘したのかもしれない。彼もあの時、同行していたから。


 指摘どおり、エルフの女王をスキャン装置じみたものが探り、封印が解けたようだった。かつての古代機械文明、あるいは魔法文明時代の技術かはわからないが、現代のそれとは違うのは瞭然だった。


「もしかしたら何か手掛かりがあるかも」


 時代が一致するなら、確かに可能性は高い。カレン女王は頷いた。


「では、まずそこから始めましょう」


 許可は下りた。


 会談後、リーレ、橿原かしはらがエルフの里にやってきて、アーリィーとダスカ氏に合流した。


 宝物庫には女王の同行が必要ということで、エルフの上級階級の者たちと協議の上、学者らによる調査隊の編成、そして調査活動が開始された。


 俺は、ギルロンドの細かな調整をエルフたちと行い、艦艇を引き渡した後、訓練と教育担当のSS兵を残し、ウィリディスに帰還した。

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