第807話、浮遊島ギルロンド
浮遊島予定地は、鉄の谷近辺の荒野。春を迎えて少し経つが、木々はまばらで
これからそこを切り取って持ち上げようというのだ。さらに手を加えていくので、何もないほうがかえっていい。
さて、ディーシーがテリトリーを形成して地形を変える準備にかかる。水平なだけでなく垂直、つまり深さを加えると、その範囲はかなり広くなる。
テリトリーを広げるのは、さほど時間はかからなかった。だが地形改変には、少々のお時間と魔力がそれなりに必要だった。
「
「ほい」
魔力をたっぷり凝縮した生成魔石をディーシーに渡してやる。魔力の味にうるさいグルメさんを唸らせる石だ。炊飯器の良し悪しで味が変わるお米くらい違うとは思うが、石を食べる食文化のない俺には、よくわからない。
そのディーシーはまるでピザでも食べるように、作業片手に魔石を食べるのだが……何となく色気を感じるのは気のせいか。時々よこす流し目とか、舌をちらつかせて口に運ぶ仕草がどこか性的な香りを漂わせるのだ。でも食ってるのは魔石……うーん。
ディーシーは魔石を片手に、その魔力を取り込みつつ、俺の描いた図に従い、地形をいじる。
「……主、大まかにできたぞ」
「じゃあ、浮遊石を設置しようか」
シェイプシフターたちにお遣いよろしく、通路に沿って地下に入ってもらう。その間に、俺は、サキリスとダスカ氏、ユナに浮上してからの施設内装について説明する。……建設コアは持ってきたからね、君らにも働いてもらうよ。
一方、ギャラリーたちは、いつ浮遊島が浮かび上がるか、そわそわしながら待っていた。それぞれ近くの者たちと話ながら、こちらを遠巻きに見守っている。しばらく待たせることになるが、知ったことではない。勝手に見たいと来ているわけだから。
しかし、女王陛下やお姫様には、悪いなとは思っている。まあ、ウィリディスメイドが運び込んだ茶菓子を前に、歓談しているご様子なので気にすることはないかもしれない。
普段から気軽に外出できないフィレイユ姫にとっては、エルフの女王とお喋りをする機会はとても有意義なものになるだろう。アーリィーが二人の間に入っているから、おそらく大丈夫だ。
そうこうしているうちに、シェイプシフターから浮遊石設置完了の報告がきた。
「よしよし、ではさっそく浮上させよう。ディーシー、テリトリーの範囲の境界で切り離してくれ」
「任せよ」
ディーシーが両手を地面に当てる。
「境界線の土砂をすべて撤去する。……今!」
特に何も起きた様子はなかった。地鳴りもなければ、せり上がったりすることもない。だが撤去したにもかかわらず、今立っている地面が揺れなかったというのは、つまり浮いていることの証と言える。
「浮遊装置、上昇に設定。ゆっくりやれ」
俺が指示を飛ばすと、通信係のシェイプシフターが、地下の浮遊装置を操作するシェイプシフターに伝える。変化のない数秒が経過、音もなく地面が動き出した。さながら超低速エレベーターである。
ギャラリーたちが『おおっ!?』と、突然動き出した地形に驚きの声を上げる。カレン女王とフィレイユ姫と歓談していたアーリィーも、とっさにカメラを取り出して撮影。……一応、記録係にSS兵やスクワイアゴーレムも連れてきているけどね。
ようしようし、いい調子だ。現状、地面から深さ約百五十メートル付近まで島として切り離されているわけだから……とりあえず、二百メートルほどのところで停止しよう。
俺は、浮遊しはじめた島の端へ近づき、下がっていく鉄の谷を見下ろす。ギャラリーたちとその天幕が少しずつ離れていく。
「浮いてますね」
ユナが俺の傍らに立って、同じく見下ろしている。
「ちょっと、下から見てきます」
言うや否や、彼女は、端まで行って飛び降りた。おい、もう百メートル以上あるんだぞ! と一瞬びっくりさせられたが、巨乳魔術師はエアブーツの浮遊を使って降りていった。
「えぇぇ……」
ったく、突然なんだよ、お前は! ま、そこが彼女らしいと言えばらしいのだが。ダスカ氏と顔を見合わせ苦笑。魔法にしか興味がない弟子をとると苦労しますな。
「浮上確認。中の工事を始めるか?」
「そうですね。ただ、高高度まで上がれるか、一度試してからの方がいいかもしれません」
ダスカ氏は顎に手を当てた。
「天然物ですから問題ないと思いますが、何せ我々としては初めての試みですから」
「そうしよう」
下で見ているギャラリーたちのために、高度を上げることを知らせよう。
『ジン、聞こえる?』
アーリィーからの通信だ。
『飛んでるね、浮遊島! おめでとう、成功だよ!』
彼女の後ろでギャラリーたちも興奮しているようだ。フィレイユ姫のはしゃいでいる声が聞こえる……。今度は、こっちへ来たいって言う方に100金貨。
「ありがとう。これからちょっと高度を上げて問題ないか確認する。別に逃げたりしないから、ギャラリーの皆さんによろしく」
俺はそう伝えた。まあ、鉄の谷の一部を切り取っただけで、あとはこちらの自前だから、エルフさんたちには何ら損害も与えていないんだけどね。
「せいぜい時間ドロボーなくらいじゃね?」
ベルさんが笑った。
「本当、お前さんは考えることが面白いよな」
「褒めてるんだよな、それ?」
「さあて、オレ様はそのつもりだがな。解釈は人それぞれってやつさ」
・ ・ ・
高高度への浮遊は問題なかった。サキリスたちに仕事を割り振り、浮遊島内のドックほか大型施設の内装工事に取りかかる。
「そういえば、この島、動けなくね?」
ベルさんが指摘した。上昇と下降、浮遊は浮遊石で可能。だが島自体に推進装置を搭載していないため、移動ができない。だが浮遊地点から何らかの力で固定されているらしく、流されていることもない。
「まあ、移動する必要あるかな、とも思う」
エルフの里を守る艦隊用港であるわけだし。……エマン王に話したら、「でかした!」と褒めてくれるんじゃないかな? 他国に移動要塞のように使える拠点を作らなかったから。
艦艇用の大型ドック――横幅のあるエルフ空母を収められる大きさに設定。他に小型艇用の小ドックも浮遊島の外側に作る。他に部品工場、動力を生み出す魔力発電プラント、居住区、倉庫などを設置。
このあたりは、実際に使うエルフの軍事面のお偉いさんを交えてやる。浮遊島の上面には管制や司令部建物、艦艇用ドック、小規模ながら航空基地とその離発着場。島の外周に艦艇係留用の空中桟橋などなど――
そうそう、地上と交信するのに必要な通信タワーを島の一番下部にこしらえる必要があるな。もちろん上面の司令塔にも通信設備は必要だが。
……もしこの浮遊島に大型武器を搭載するなら、やっぱり地上攻撃用に底の部分につけるんだろうな。ま、やらないけどさ。
大まかな区画作りを、建築コアの力で済ませ、細かな内装仕上げや物資などは、エルフ側に任せる。そこまで面倒を見られない、というか、エルフにはエルフのインテリアやデザインというものがあるのだ。
エルフの里と浮遊島への移動手段はおいおい構築するとして、しばらくは俺がポータルを置いた。
そのポータルでやってきたカレン女王は、宣言した。
「この浮遊島を星の港、ギルロンドと命名します」
エルフたちから拍手が上がり、女王は俺に頭を下げた。
「ジン様とウィリディスの方々の御業に特大の感謝の意を」
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