第804話、東領の冒険者たち


「お久しぶりにございます、トキトモ閣下」


 シャルール一等魔術師は、俺に頭を下げた。クレニエール侯爵に仕える魔術師で、アンバンサー戦役では、俺たちウィリディス軍とクレニエール侯爵軍の橋渡しとして活躍した。


「クレニエール侯爵軍の尖兵かな?」

「連絡役、でございましょうか。東領の探索のため、トキトモ閣下や冒険者たちと、我らの間の意思疎通は重要であります」


 つまり、こちらが好き勝手やらないように監視しようってことだろうな。そのあたりを察してしまう俺である。ま、東領はクレニエール侯爵の領地だからな。どこの領主だって余所の軍隊がやってくるのは嫌なものだ。……一応、お願いされてきてはいるんだがね。

 そんなわけで、俺はシャルールと、トール村補給拠点と今後の開拓ルートの打ち合わせを行う。


「街道沿いに進み、とりあえず領主町だったあたりまで進もうと思ってる」

「順当です。途中、二つほど集落があります」

「今後、冒険者たちはルート解放組と魔獣討伐に分かれる。今日はまとまって行動したが、魔獣討伐については明日以降、それぞれのパーティーごとに自由にやってもらう」

「わかりました。……今後の開拓のため、侯爵軍から部隊がこちらに来るのですが――」

「数は?」

「先遣隊として百人ほど」

「後続隊も来るわけだな――」


 などと協議を重ねる。そうこうしている間にトキトモ建設は、トール村周辺に防壁を形成し終わり、休憩所や拠点本部の設置や、水道関係の補修などを行う。

 そこへ、ヴォード氏がやってくる。


「話の途中に、失礼。ジン、魔獣狩りの連中が戻ってきた。倒した魔獣の本格処理をしたいと言っているが、ポイント・エーデに帰してもいいか?」

「せっかくの獲物ですからね。腐らせるのももったいない。もちろん、許可します」


 ポイント・エーデでは商人や後続の冒険者たちもいる。今日参加した者たちは、討伐した魔獣を早々に処理して金にしたいのだろう。装甲車が二両ほど減るだろうが、大した問題じゃない。


 ノイ・アーベントとポイント・エーデでは、定期的にタクシーとして装甲車を往復させる予定だ。明日からは、今日参加しなかった冒険者も新たに加わるだろう。前線と後方の行き来が激しくなるだろうが、ポイント・エーデ、ノイ・アーベントとも冒険者ギルドは忙しくなる。



  ・  ・  ・



 翌日以降、東領西側の魔獣討伐が活発化した。予想通り、ノイ・アーベントに立ち寄った冒険者たちが、滞在中の仕事として東領へと繰り出す。


 デゼルト装甲車、ウルペースⅡ浮遊バイクの有料レンタルを開始すれば、初日に参加した冒険者は全員、多少のレンタル料を出しても乗り物を利用した。中には本格的な購入の申し出もあったらしい。……どうしようねぇ、これ。

 装甲車があれば、行動範囲が広がるのはもちろん、倒した魔獣を現地で解体、それをほぼ全てポイント・エーデに持ち帰れた。


 冒険者たちが魔獣素材を売って得る金も倍以上に増えた。そしてギルドが引き取った魔獣素材は、商人たちが購入していく。

 なお回収された素材に魔獣肉が増えたのだが、それらのある程度はポイント・エーデで肉を扱う屋台に並び、味付けされて冒険者や訪れた商人たちの腹に収まった。


 基本的にトキトモ領からクレニエール東領に無条件で入れるのは東領の開拓関係のクエストを受けた冒険者のみ。なので商人たちは商売の前線拠点としてポイント・エーデを使う。


 もっとも、クレニエール領にお金を出して正規の許可を取れば、商人でも東領に入って商売できる。だから一部の商人は許可をとって、物がないトール村などにやってきた。


 が、装甲車で行き来できる冒険者は、そうしてやってきた商人のぼったくり商品を敬遠し、ポイント・エーデに戻って物資や食料を補充したりした。結果、やってきた商人たちも良心的価格で商品を売買するようになった。


 こうなると、装甲車やそれを扱うトキトモ領を逆恨みしそうではあるが、商人らも装甲車タクシーを利用して移動できることで、そうした不満は激減した。やはり安全に早く移動できるという魅力にはかなわないのだ。


 トール村拠点に、クレニエール侯爵軍の先遣隊が到着。東領を東進する準備にかかる中、冒険者たちの魔獣討伐は順調に進んだ。……もっとも凶暴な魔獣との戦いは命がけであり、重傷を負ったり、命を落とした者も少なからず出た。

 ただ、ヴォード氏曰く、この手の開拓、魔獣討伐の仕事の割に、死亡率はかなり低いらしい。


「装甲車やバイクがあるからな。重傷者が拠点に辿り着いて、治療を受けられる確率が高い分、命拾いする者も少なくない」


 大怪我した冒険者がパーティーメンバーに運ばれるにしても、これまでは大半が徒歩。初期に治癒魔法やポーションなど、応急手当てを受けても、本格的治療を前に死亡してしまうことが多かったのだ。

 うちのシェイプシフター兵を冒険者登録して、浮遊バイクを使った救急搬送分隊を編成したのも、成果をあげていた。


 そしてトール村拠点には治療所があって、エリサ他シェイプシフター衛生兵が待機していた。ハーフサキュバスの魔女も、ここでは白衣の天使。例によって、治療を受けた冒険者たちが女神のように彼女を崇め、また婚約を申し込んだりとか……以下略。何気に彼女、いるだけで魅了を発散してたりするんだろうか……?


 俺は、東領とトキトモ領を行き来し、その様子を気にかけながら、傍らで戦争したり準備したりしていた。


 連合国と対峙する大帝国東方方面軍の動きは停滞しているとはいえ、後方から陸路を使ったちまちまとした補給がやってきたりしていた。いずれまた本格的に動き出すだろう。例のMMB-5もいくつか運び込まれたらしいから、その動向も現在追跡中。


 とか言っている間に、クレニエール侯爵から依頼のあったデゼルト型装甲車Mk-Ⅱモデルをそちらに三十両納入。使い方指導も含め、アルトゥル君とシェイプシフター兵をクレニエール本領に送った。


 一方で、東領クエストに参加する冒険者は増加傾向にあり、装甲車レンタルがすべて出払い希望者の順番待ちが発生した。


 はい、そんな気がしてました。というか、想定された事態のひとつだよね。ということで、ノイ・アーベント冒険者ギルドは、レンタル車両に新商品を追加した。


 小型四輪駆動車である。いわゆる一昔前の軍用ジープのようなものだ。デゼルトMk-Ⅱモデルは頑丈ではあるが、小規模パーティーが使うには大きすぎた。


 これまでは複数パーティーで一台を使うということもあったが、やはり自分のところのパーティーメンバーだけで気軽に乗りたいという要望が、冒険者ギルドに寄せられていた。


 という話を聞けば、俺はさっそく要望に応えたのである。ウィリディスで少数生産された移動用の四輪駆動車『シープ』をベースに、冒険者用に改造を加えて、ウィリディスの工場で量産したのだ。


 ノイ・アーベント冒険者ギルドに『シープMk-Ⅱモデル』を配備したら、冒険者たちに大好評で受け入れられた。おかげでデゼルト装甲車がタクシー業に専念できるようになったが……。

 パルツィ氏とラスィアが悲鳴を上げることになる。


『シープの購入希望が殺到しているのですが!』


 デゼルトより安い、作り易い。浮遊バイクより高いが、東領クエストで金回りがよくなった冒険者や、裕福な商人が一家に一台感覚で持ちたいらしい。……そりゃ装甲車で味をしめた冒険者たちにとったら、自家用車として欲しいのはわかるけどさ。


 燃料の魔力が尽きたら動けなくなるよ、わかってる? 


 その魔力燃料を売ればさらに儲けられますね、と、パルツィ氏が言った。ガソリンスタンドならぬ燃料スタンドはないぞ、まったく。


 売るにしても、取り扱う側にもクリアしてもらう問題はある。デゼルト型装甲車は、シェイプシフタードライバーが運転していたが、個人がシープを使うとなると、車の扱い、その仕組み、交通マナー的な心得など覚えてもらうことも多い。間違っても、盗賊とかが使うようなことがあったら困るんだけどねぇ……。


 しばらくはレンタル契約でお茶を濁している間に、きちんとガイドラインを取り決めよう。

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