第803話、冒険者、東領へ出発


 本日は、ノイ・アーベントの冒険者ギルドが本格始動する日。まあ、今のところ、主なクエストは、クレニエール東領の調査開拓と魔獣討伐だけどな。


 集まった冒険者が、ほぼその依頼を受けるので、出発式もどきの集会が開かれた。ギルマスであるヴォード氏が、皆の前で檄を飛ばした。


「自然というのは、恐ろしい。人がいなくなった土地の獣は凶暴にして攻撃的だ。だが我々には頼もしきトキトモ侯爵の助力と、装甲車がある。これまでとは違う、新しい狩りが我々を待っている! 力を示せ! そして稼げ、冒険者ども!」

「オオーッ!」


 ノリがいいなぁ、こいつら。俺は苦笑する。

 俺もトキトモ領の領主として、集会に出席。クレニエール東領での行動について、注意事項を説明……は簡単に済ませた。


 血の気の多い冒険者連中は、すぐにでも狩場に行きたそうな顔をしているし、校長先生の長話に付き合うようなお行儀のいい連中ばかりではないのだ。場が白けてもしょうがないので、さっさと出発してもらおう。


 トキトモ領で用意したデゼルト型装甲車Mk-Ⅱモデルを実際に披露すると、冒険者たちは園児のように車に群がった。

 ラスィアやギルドスタッフから事前に説明を受けていたとはいえ、実車を前に興奮を隠せないようだった。ノイ・アーベントでは浮遊バイクを販売し、装甲車の噂も出回っていたから無理もない。


 だが契約は守ってもらう。装甲車や浮遊バイク、備品盗難には最悪除名も含めた重罰を科す!


「では出発する! 事前のグループ分けに従い、デゼルトに搭乗!」


 ヴォード氏の号令に従い、冒険者たちが装甲車の後部に乗り込む。馬車とは違う乗り物に乗って、わいわいと賑やかだった。極力パーティーメンバーは同じ車に、人数によっては相乗り。


 今回、参加する人数は、俺たちを含めて五十八人。トキトモ建設からの派遣人員の十名を除くと、全員が冒険者という扱いだ。……こちらから東領に入れるのは冒険者だけだからね。トキトモ建設は別だけど。


 ウィリディス勢を除く冒険者は、ヴォード氏含め二十六名。この中には浮遊バイクを個人で購入した冒険者が六人いる。


 俺、ベルさん、サキリス、ユナ、エリサと、トキトモ建設十名、冒険者二十六名を除いた残り十四名は、リバティ村自警団やダークエルフの戦士、シェイプシフタードライバーなどになる。こちらの面々も、ノイ・アーベント冒険者ギルドから、冒険者ランクを与えられて、冒険者という扱いだ。


 デゼルト装甲車は五台。さらに、浮遊バイクが八台。これが第一陣である

 車列は、ノイ・アーベントを南下。以前、ヴォード氏らと下見したルートを通って、ポイント・エーデを通過、クレニエール東領に進入した。


「第一目標は、旧トール村集落」


 クレニエール東領で一番西にある村だ。アンバンサー戦役後の一次調査で、無人だったのは確認済。ここを冒険者が東領関係クエストの拠点とすると共に、クレニエール侯爵軍もまた東進のための前哨拠点とする。まあ、すぐに後方拠点になるけどな、多分。


 今回は集団で行動。初めて装甲車に乗る面々に慣れてもらうという意味合いもある。今日が上手くいけば、以後は冒険者たちの好きなタイミングで好きなようにやらせる予定だ。もちろん、人数が必要な場合は、日時を指定して集めることになるだろう。


 さて、先頭車両に乗る俺は、監視ポッドの索敵映像をデータパッドで見守る。道中、近場で魔獣を確認したら、車列から冒険者を何人か出して討伐してもらう。


 俺が位置を知らせ、ヴォード氏が送る冒険者たちを適当に選ぶ。もし敵が強い場合は、車やバイクに持たせた魔力通信機で救援を呼べるようになっているが、ヴォード氏の選定は実に無駄がなかった。


 周りは俺の魔力サーチか何かの索敵魔法と思っているようだった。装甲車や浮遊バイクを使った移動速度という新たな力を得た冒険者たちの士気はとてもみなぎっていた。ガンバレー。


 ということで、粗末な街道を進み、本日の目標であるトール村へと到着した。……春になり緑が芽吹いたが、人がいなくなったゆえか、かなり緑に侵食されている様子だった。アンバンサーによって、人々は連れ去られて、放置された村だ。


 デゼルト装甲車は、オンボロ集落の入り口手前にて停車する。オープントップの車体から乗り出し、ヴォード氏が眉を潜める。


「見事に廃村だな。人の気配がない」


 ジン――ヴォード氏が俺を見た。


「一応、偵察情報では、盗賊などが住み着いた形跡などは発見されていません。ただ隠れている可能性はあるので、用心は必要ですね」

「ふむ……。フィアト、どうだ? 匂いとかわかるか?」

「……いえ、人はいないと思います。でも……」


 犬系亜人の魔術師は三角帽子のつばに指をかけた。


「魔獣の臭いがします……。こっちを警戒しているかも」

「家の中かよ?」


 ルティが愛用のバトルアックスに手をかける。ベルさんが口もとを歪めた。


「犬小屋にしちゃ、でか過ぎるな」

「とりあえず、戦闘員は降車」


 俺が車上でハンドシグナルをやれば、サキリスやユナ、ヴォード氏のパーティーの面々がデゼルトを降り、四号車のリバティ村自警団や浮遊バイク組で随伴している冒険者たちが周囲に展開した。


「サキリス」


 俺は、メイドドレスの上にSS軽甲冑をまとった彼女――黒いヴァルキリーみたいな姿のサキリスに言った。


「音響手榴弾は持ってるな? 民家のひとつひとつに放り込んで、潜んでいる魔獣をあぶり出せ」

「はい、ご主人様!」

「ユナ、エリサも、音響の魔法でそれぞれサキリスとは別の家で使え。他の冒険者たちは、出てきた魔獣を仕留めろ」


 指示に従い、それぞれ冒険者たちも動く。ヴォード氏は皮肉げに唇の端を吊り上げた。


「さすが! 指示が板についているじゃないか」

「あー、すみません、冒険者たちのリーダーはあなたでした」

「構わんよ、侯爵殿。Sランク冒険者の指示に従わない馬鹿もいないさ」


 ヴォード氏は愛剣であるドラゴンブレイカーを肩に担いだ。


「誰かの指揮下で戦うというのも久しぶりだ。いつもおれが引っ張っていたからな。誰かに引っ張ってもらうというのも楽しい。ということで指揮は任せたぞ!」


 ヴォード氏は、一冒険者として村へと入って行った。王都ギルドのマスターという重圧からの解放。冒険者魂が再燃した彼は、今が一番の楽しいのかもしれない。……この仕事は危険と隣り合わせなのだが、それであの表情は、根っからの冒険者なのだろう。

 こんな田舎とはいえギルマスにしてしまったことは、悪いことをしたかもしれない。


「で、ベルさんは行かないのかい?」

「お前だって、車で見物決め込んでるだろ?」

「見物じゃない、指揮を執っているんだよ」

「じゃあ、オレ様も高いところから周辺警戒をしてやるよ」


 ベルさんは目をつぶった。


「なあに、ここにいる魔獣は雑魚だ。油断しなきゃ、やられるような奴らじゃねぇさ」


 ドン、とくぐもった音が村から聞こえた。サキリスか、あるいはユナがやったのだろう。音響手榴弾――いわゆるスタングレネード。騒音と閃光で、一時的に効果範囲の標的の感覚を麻痺させる。ウィリディス製スタングレネードは、基本魔法文字を刻んだ魔石が核となり、複数回使用可能な代物だ。

 ともかく、そんなものが炸裂したら中に潜んでいるだろう魔獣もたまったものではない。


 ベルさんの言う通り、村の魔獣は、冒険者たちの敵ではなかった。かなり元気のいい個体もいたが、負傷者はかすり傷程度で済んだ。


 一時間ほどで村を制圧、となれば、次はトキトモ建設の出番。五号車に搭乗していた作業魔術師らが、さっそく仕事に取りかかる。

 その間、冒険者たちは村周辺の警戒と、倒した魔獣の処理に分かれる。

 そこへ、西の空から飛来するモノがあった。それを見つけたルングが叫んだ。


「人が空を飛んでるっ!?」

「あー……あれは、魔術師だな」


 クレニエール侯爵配下の一等魔術師殿が、飛行魔法でこちらにやってきたのだ。

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