第800話、北方軍の傷跡
城塞艦『ヴィクトリアス』で、俺はジャルジーと会談。今回の大帝国軍のちょっかいに関する
陸上艦隊の大戦果の裏で、王国北方軍の被害は無視できないものとなった。
兵員の死傷者数は、規模に対して多くない。しかしケーニゲン軍の主力である戦車大隊、航空隊が壊滅的打撃を受け、訓練された乗員を失った。
つまり、現状の北方軍は、魔人機中隊と少数の野砲を除けば、この世界における一般的な歩兵主体の軍になってしまったのである。
大帝国が、戦車やゴーレムを多数注ぎ込んできたら、大損害必至の戦力ということだ。
戦車もだが、ジャルジーにとっては練成した航空隊が大した働きをする間もなくやられたことがショックだったようだ。今回は相手が悪かったと考えるしかあるまい。
戦場監視のドラゴン・アイ偵察機が撮影した記録によると、敵空中艦の旗艦と思しき、高速クルーザーから、光のシャワーのようなものが放射され、ドラケンの編隊を撃墜した。
敵の新型の対空砲。ただし、SS諜報部の掴んでいないその兵器は、おそらく試作か、あるいは魔器などの特殊武器だと思われる。……そうでなければ、今頃、大帝国空中艦隊は、この兵器を装備しようと躍起になっているはずだから。
「兄貴から事前に聞いていたのにな……」
ジャルジーは消沈していた。戦車や航空機など、ウィリディスから供給された兵器があれば対抗できると言ったが、結果がこれではな。こちらも充分な試験もできずに陸上艦を引っ張り出すことになったのだが。
「失った戦力は、再度補充しないといけない」
俺が言えば、ジャルジーは頷いた。
「ケーニゲン領の工場で、戦車の部品は作れる」
「必要な部品は、ウィリディスの工場で生産して、そちらに回す」
王国軍のVT-1戦車や、各種航空機の部品の多くは、王国側で生産体制が整っているが、ゴーレムコアや精密機器は、ウィリディスでしか生産できないのだ。それについては廉価兵器製造計画を進めて、より生産効率を上げたものが用意できるのでさほど負担はない。
……何せ、他に回す兵器の生産のほうが、今のところ大事業であるわけだから。
「ドラケンも早急に生産して、うちのパイロットで、失った分は埋める」
「恩に着る、兄貴」
「ちゃんと出すものは出してくれよ、兄弟」
俺は苦笑した。ケーニゲン領で、戦車乗員、航空機パイロットの育成など、またやり直しである。
「あと、『ヴィクトリアス』と駆逐艦は、北方の守りで置いていく。ぶっつけ本番で出てきたから調整も残っているが、これがあれば、当面は大帝国も攻めてはこないだろう」
「ありがたい。兵たちも安心するだろう」
戦車大隊がやられ、頼みの戦力を失った北方軍だからな。敵を退けた城塞艦があれば、士気の低下は最低限に抑えられるだろう。
「使い方は教える。エマン王も、城塞艦を北方守備に置くお考えだ。将来的には『ヴィクトリアス』か、それ以外の艦になるかはわからないいが、上手く使ってくれよ」
「承った。兄貴の作った無敵要塞だ。負けはせんよ」
「過信はしてくれるな。実際、使ってみて魔力消費が大きかった。守るのはともかく、攻めるのは研究が必要だ」
無敵だからって、調子こいてると動けなくなるぞ。……と、釘を刺しておく。
とりあえず、ジャルジーの目に活力が戻ったようだ。ズィーゲン平原会戦で、騎兵部隊を失い、今回もまた大事にしていた戦力を失った。しょげている場合ではないぞ。
使えない奴にはとことん冷たいが、優秀な部下はとことん大事にする男である。反動もまた大きいだろうが、やがては王となる男。頑張ってもらいたい。
・ ・ ・
第二次ズィーゲン平原会戦の結果は、エマン王へ直接報告した。ドラゴン・アイ偵察機や『ヴィクトリアス』からの記録映像を見せながらの説明である。
城塞艦の活躍にエマン王は膝を打って喜んだが、魔獣集団に戦車を、空中艦に航空隊がやられたことに深い懸念を示した。
「反撃すべきではないか?」
王は、敵が幾度も攻めてくれば、いずれはジリ貧となってしまうことを恐れたようだった。
確かに、王国が単独で大帝国と戦うのなら、王の指摘は正しい。局地戦を何度勝利したところで、戦力をすり減らして、最後に負けては意味がない。
「まだ、その『時』ではありません」
俺は、大陸東方の連合国の反攻が行われるまで、攻撃は自重すべきと主張する。いま西方方面軍を削っても、本国から戦力を回されてしまう。
逆に連合国戦線が軌道に乗れば、大帝国の本国戦力は東へ流れるので、こちらの負担が減る。エマン王の言う反撃で、こちらが失うだろう戦力の損耗を抑えられるだろう。
「連合国の反攻はいつ行われるのだ?」
「準備は着々と進行中です」
東で活動するファントム・アンガーを雇う、という流れができつつあり、傭兵として帝国と戦いつつ、連合国でジョン・クロワドゥ製兵器の理解を深めてもらう。
「……連合国にも航空戦力や機械兵器を与える」
厳しい表情のエマン王に、俺は頷いた。
「いくらこちらが帝国を瀕死に追い詰めても、現状の連合国の軍備ではどうにもなりません」
新たな兵器、その技術が他国に渡ること。それをエマン王が快く思っていないのは、エルフとの交渉を見ればわかる。
いや、為政者なら誰しも思う。俺が王だったなら、やはり独自の兵器を流出させるのは嫌だ。別に国王陛下がドケチなわけではない。
「テラ・フィデリティアの兵器――プラズマカノン、高性能インフィニー機関などの技術は出しません」
俺もそこまでお人好しではない。エルフには自衛のためにある程度の技術は認めたが、連合国に対しては、戦うというポーズをとってもらえればそれでいい。
「大帝国がすでに使っている技術――これらは戦っていけば戦利品として獲得できるもの。これらは連合国に与えずとも、どうせ遅かれ早かれ得てしまうものです。それなら、こちらから先行して渡しても問題ありません」
ゴーレム、人型歩行兵器、戦車、空中艦などなど。
しかし――と、エマン王は眉を潜めた。
「連合国に、やる気を出させるほどの武器を用意することができるのか?」
現状、大帝国を除けば、ウィリディス――俺のところでしか作れないものばかりだ。
用意できるか――。
その問いは、テラ・フィデリティア技術の塊であるアリエス浮遊島がなければ、成し遂げられないが、可か不可かと聞かれれば『可』だ。
「そのための、『廉価兵器製造計画』です」
作りますよ。戦車や簡易魔人機はもちろん、必要なら戦艦や空母だってね。
ただ、問題もないわけではない。
作るのは、魔力をふんだんに投じた魔力生成で短時間での製造が可能だ。が、その材料である膨大な魔力、魔石の調達が重要。これが確保できなければ、いかにテラ・フィデリティアの超スピード建造や開発を持ってしても、生産が滞ってしまう。
ま、ウィリディスのプチ世界樹もあるし、大陸の十数カ所にすでに採集拠点を作ってあるんだけどね。
……伊達に戦争前に、連合国や帝国支配国その他にシェイプシフター諜報員を送ってはいないんだよ。
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