第798話、ヴィクトリアス
それは見る者に異質な印象を与えた。
広大なる平原を這う巨大なバケモノのようであり、その脇を固めるのは、正面から見れば巨大な壁のように見えただろう。
現れたのは三つの巨大移動物体。
陸上艦――城塞艦『ヴィクトリアス』、陸上駆逐艦『ジャガノート』『ルーラー』の三隻である。
キャスリング地下基地工廠から出来たての新鋭艦艇群である。
旗艦『ヴィクトリアス』の艦橋に俺はいた。超巨大な列車、その先頭車両を思わせる艦体。最上甲板は駐機甲板ながら、艦首上部に艦橋があり、流線形のラインを構成している。大帝国製輸送艦を改装しながら、他の強襲揚陸艦とは似てない。艦の両側面には、分離可能な城壁ユニットが接続してある。
「ようし、正面に敵集団を捉えつつ、艦、停止」
俺が命じれば、アンバル型シップコア『セプティモ』が、全長百五十メートルの城塞艦を停止させた。他に艦橋には、ベルさん、ディーシー、ドワーフのノークがいて、艦橋の各席にはシェイプシフター兵が配置についていた。
「通信士、ケーニゲン軍に、我が艦隊の後方へ待避するように命令」
『了解』
「セプティモ、城壁ユニット展開、スーパーウォール・モード」
『承知しました』
『ヴィクトリアス』の左右に接舷している城壁型の構造物。これは独自に陸上推進用の浮遊装置を搭載している。
『地形コア、テリトリー展開。城壁艦、展開用意!』
『展開範囲内、テリトリー化完了。障害地形に干渉……城壁艦、可動範囲クリア!』
『スーパーウォール、展開!』
セプティモとSS兵のやりとりの後、『ヴィクトリアス』両舷の城壁艦――より列車に似たフォルムの壁艦が、艦尾側から艦首側へと開きながら進む。
艦橋にいても開閉音が響いてくる。ベルさんは口を曲げた。
「ほんとに上手くいくのかねぇ……?」
いくら平原とはいえ、こんな動き方をすれば地形や大岩に引っかかったりする可能性がある。
だが『ヴィクトリアス』に搭載された地形コア――建設コアの改良型が、ダンジョンテリトリーを展開して地形を浸食。硬い地面の斜面や出っ張りを砂へと変換する。
「大丈夫さ、問題ない」
「失敗するに金貨一枚」
「なら、成功するほうに金貨一枚」
敵前で失敗とか勘弁だな。俺とベルさんが軽口を叩いている間に、城壁艦は、砂と化した障害を押しのけ、見事にそれぞれ九十度の展開を完了させた。
この地形に引っかかる、壁として展開するに当たっての致命的とも言える欠点を克服したことで、城塞艦は日の目を見ることができた。……そうでなければ、ただの浮遊艦になるところだった。
「見たか、この偉容!」
「へいへい。今日は奢れよ」
敵さんはさぞ、驚異の目で見ているだろう……と思ったら、魔獣どもにそんな考えはないらしく、平然と進撃中。無粋な奴らだ。
『敵集団、プラズマカノンの有効射程内にあり』
シェイプシフター砲術長が報告した。さて、友軍が待避するまで、敵の目をこちらに引きつけるとしよう。
「各砲、自由射撃。敵集団を攻撃せよ」
俺が命じれば、砲術長はただちに、展開し長大な壁と化している城壁艦に装備されたプラズマカノン砲塔に砲撃命令を発した。
この城壁艦、高さは三十メートルほどもあり、その頂上には76ミリ単装プラズマカノンが四門、二艦で八門。さらに壁面に57ミリプラズマカノンを八門ずつ仕込まれていた。これらは城壁に迫る敵や睨み合う敵陣を排除する。
口径こそ戦車のそれと変わらないものの、威力は段違いのプラズマ砲が立て続けに火を噴いた。
圧倒的速射力! 敵四足の魔獣の身体をいとも容易く撃ち抜き、蒸発させる光弾を雨あられと撃ち込む。
さらに『ヴィクトリアス』の左右に配置されている陸上駆逐艦『ジャガーノート』『ルーラー』も、艦首のプラズマカノン四基を連射、大きく広がるように動く敵を吹き飛ばし、展開を許さない。
一方的な砲撃である。敵に射撃武器がなければ反撃すら許さない猛攻だ。
これが一般的な軍隊なら、かなわないと見て全面壊走していることだろう。しかし、魔獣たちは、どれだけ味方がやられようとも前進をやめなかった。
ベルさんが呆れも露わにした。
「ああいう集団ってのが怖いんだ。アンデッドとか虫ってやつは嫌いだ」
狂える魔獣ども。ただ与えられた攻撃衝動のみに従う。
「懐に潜り込まれると厄介だぞ」
「連中にこの壁は超えられないよ」
そもそも三十メートル級の城壁だって、そうそうない高さなんだから。
「だが迂回されるのは面白くないよな。ここらでスーパーウォールの真髄というものを披露してやるとしよう。……ウォール・プレッシャー、用意!」
『了解』
セプティモが応じ、SS兵らが操作盤にかかる。
『地形改変設定、正面八百メートル範囲』
『テリトリー浸食、前方八百メートルに展開』
『壁面プラズマブレード、作動』
『「ヴィクトリアス」、機関異常なし。前進準備、完了!』
『了解。……閣下、ウォール・プレッシャー、いつでもいけます』
セプティモが完了を報告した。俺は頷く。
「ウォール・プレッシャー、発動!」
発動――『ヴィクトリアス』が震動と共に動き出した。城壁艦を左右に繋げ、横の長さは三百メートルに達する巨大なる城壁が、ゆっくりと進む。
まさに、城が動いているかのような光景だ。返す返す、敵が無感動な魔獣であることを惜しく思う。普通だったら、前方から城壁が迫ってきたら混乱し、集団は崩壊するものだ。潰されてしまうのを恐れて。
地形を変えた結果、些細な障害物はそのまま押しのける。さらに地面にほど近い壁面にプラズマのカッターを展開、壁にぶつかる敵魔獣をそのまま溶かしていく。壁に触れた途端、消滅していく四足魔獣。
『ジャガーノート』『ルーラー』が『ヴィクトリアス』の左右にあって砲撃。敵集団を正面から逃さない。
かくて、王国北方軍陸上部隊を恐怖のどん底に突き落とした魔獣の大集団は、スコップで丸ごと取り除かれたように、この地上から姿を消した。
『敵集団、完全に消滅! 反応なし!』
観測員の報告に、一連の行動を見守っていたノークが安堵する、ディーシーは「大したものだな」と自慢げに胸を張っていた。
「終わったかな?」
ベルさんが首を傾げる。俺は通信士に呼びかけた。
「航空隊はどうだ?」
「当艦発艦の偵察機、攻撃機から、いずれも敵後衛集団発見の報告はありません」
戦場到着前に、『ヴィクトリアス』から艦載機を放っていた。おそらくMMB-5を使った攻撃だと思ったが、元を絶たねば魔獣はどんどん増える。
だから、MMB-5を叩こうとしたのだが……、どうやら敵さんは魔獣を出すだけ出して後退したらしい。
……こりゃ、ひょっとしてやられたかな。
俺は、敵の意図について思いをはせ、ちょっと後悔に似た感情が込み上げる。迅速かつ被害が拡大しないうちの完全な火消しには成功した。だが、敵さんに『ヴィクトリアス』と陸上艦の能力を見せすぎたかもしれない。
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