第795話、装甲タクシー、走る
ノイ・アーベント冒険者ギルド。ラスィアを中心に開業準備にかかっているが、噂を聞きつけたのか、この街に来ている冒険者たちがぼちぼち訪れていた。
まだ正式にスタートしていないが、当面の予定である『クレニエール東領の調査・魔獣討伐』依頼については、掲示板に大々的に張り出されていた。何人かがすでに参加するつもりで、どういう依頼なのか説明を聞いてきたという。
ギルドフロアに武具のショップ、解体場と、まだ清潔なギルド建物に、強い関心を持っている者も少なくなかった。
ラスィアに聞いたところでは、『ノイ・アーベントは食事がうまいから、ここで活動したい』と漏らしていた冒険者もいたそうな。
俺は、ギルド裏手の駐車場でヴォード氏らと合流した。ルティ、ルング、ラティーユ、フレシャ、そしてフィアトの六人パーティー。パーティー名は『クラージュ』だそうだ。
さっそく、冒険者たちは、駐車してあるデゼルト型装甲車Mk-Ⅱモデルに釘付けだった。
「王都のレーヴェよりデカイっスね」
率直な感想をくれるルング。
Mk-Ⅱモデルは、廉価兵器製造計画の一環で作られたもののひとつだ。ベースになったものより、安いコスト、パーツ点数を抑えつつ、組み立ても簡素化し製作やメンテナンス作業の効率化を図る。
カプリコーンやアリエス軍港の生産設備を使えば、三十分程度で一台が組み上がるこの装甲車は、車体の中央から後部上部を換装することで、様々な派生型を生む。
今回冒険者向けの装甲タクシーとなるこちらは、換装部分を排除したオープントップタイプ。装備も何もない基本型のさらなる軽量型である。兵員輸送型であり、後部に重装備の騎士でも最大十人はそのまま乗れるようになっている。
「あと、異空間収納ポケットもつけた」
後部の兵員搭乗区と運転席の間のスペースに、収納庫がある。俺の持っているストレージと違って、普通に時間経過するから生ものを長い間入れれば腐るが、その容量はかなりのものであり、装甲車の見た目に反してそれなりの物資輸送が可能だ。
「なんだよ、ジンさん! 異空間収納って、普通に古代文明遺産レベルの品じゃないか!」
「普通に欲しいですよね、これ」
ルティが驚き、ラティーユも同意する。フィアトとフレシャが目を回す。
「すごい……そんな高レベルな魔法具が、こんなところにあるなんて」
「まあ、ジンさんが絡むとねー。やれやれ」
「……ちなみに、ここに並んでる車には、全部同じもの乗せてあるからな」
ヴォード氏以外が絶句する。
「いやまあ、ジンだからな。お前ら、これが魔術師系Sランク冒険者だ。よく覚えておけ」
などと戦士系Sランク冒険者のおっさんは言うのである。黒猫姿のベルさんはニヤニヤしている。
ヴォード氏が適当に席につき、俺もSSドライバーに指示を出して、装甲車を走らせる準備をさせる。ほらほら、皆、席について。
着席を確認し、デゼルトMk-Ⅱはゆっくりと駐車場から動き出した。車未経験者たちが声を発する中、運転手は徐行しながらノイ・アーベントのメインストリートに出る。
本日も賑わう町並み。浮遊バイクなど珍しいものが通ることもあるノイ・アーベントだが、初めて見る装甲車に注目する者たちが多かった。屋根がないので、俺の姿が見えたらしい住民から『侯爵様ー!』と手を振られたので俺もお返し。
「慕われてるな、ジン」
隣の席に座るヴォード氏が得意気な顔になる。
「悪く言われるよりはいいですよね」
ルングは田舎者丸出しでキョロキョロと町中を見回している。少しは大人びたかと思ったが、そうしているとやっぱりどこぞの悪ガキみたいだな。なお猫人であるフレシャ、犬人であるフィアトもまた、物珍しさに目を輝かせている。
メインストリートは商人の馬車も通るので、装甲車も自然と人が避けて通れるようになる。
町を囲む外壁がそびえ、南門が見えてくる。ウィリディス軍が検問をしているのだが、行列のできる北門と違い、住民か、クレニエール領からしか来る者しかいない南門は実に閑散としたものだった。
SS運転手がトキトモ領発行の通行証を見せれば、特に検査もなく通される。まあ、これはSS運転手とSS兵というシェイプシフター同士がやりとりをするというところに意味がある。
彼らは言葉を発さずとも、身体の一部を接触させれば互いの意思疎通が可能。何か非常事態があって、敵が搭乗していて口で説明することができない場合でも、指の接触ひとつで通報が可能なのだ。
デゼルトMk-Ⅱは速度を上げ、街道に出る。ポイント・エーデまでわずか十分程度の道のりである。徒歩なら軽く四、五時間はかかる道中だ。
装甲車に乗った経験のあるヴォード氏が、前に乗ったデゼルトとの違いを上げたので、Mk-Ⅱモデルのバリエーションについて軽く説明しておいた。
機銃搭載の歩兵装甲車や、軽戦車砲を搭載した軽戦車型、輸送トラックとして使える後部荷台型、怪我人を搬送する救急型などなど。
「戦車と言うと、王国が配備していた鉄の車だな。王都でのパレードは見た。こいつにもその武器が載せられるのか」
大型魔獣狩りがはかどるのでは、とヴォード氏は相好を崩した。
「聞けば聞くほど、一パーティーに一台は欲しいな、このデゼルトは。ギルドで貸し出すが、強奪されないか心配だ」
「盗みは犯罪ですから。冒険者資格を剥奪して罰金刑か労働刑といったところですね。もし悪質な行為に使ったなら……」
「死刑もあり得る、だな。それくらいしないと、盗み出そうとする奴も出るだろうな」
「でも――」
ルングが口を挟んだ。
「こいつを盗まれたら、取り戻せますかね? こいつ足が速そうだし、装甲もあるし」
「まあ、燃料となる魔力が尽きれば走れなくなるし、どこぞへ運ぼうとしても、追跡装置があるから、トキトモ領やこれから行く東領では逃げ隠れもできないよ」
そのために監視ポッドを空に浮かべているのだ。常に車両の移動を追い、冒険者たちに緊急事態が発生すれば救助や回収に向かえるようになっている。運転席には魔力通信機も載せているから、ドライバーが通報も可能だ。
ベルさんが顔を上げた。
「おう、ポイント・エーデに到着だぞ」
「もう!?」
ルングが席を立ち、運転席のある前部の向こうに視線をやった。
外壁に囲まれたトキトモ領最南端の補給拠点、ポイント・エーデが見えてきた。
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