第791話、サフィール将軍


 氷の塊が飛来する。橿原かしはらは後退を強いられた。

 皇帝親衛隊サフィール――そう名乗った銀髪の魔法騎士は右手に剣、左手に鞭を持つ。彼女の武器は、両方とも氷属性の魔法武器であり、氷塊を自在に操る。


 先ほどリーレが牽制し、橿原が加速からの突進を使った時、サフィールは氷の柱で壁を形成し盾を作ったが、それは目くらまし。周囲に氷の刃を具現化させ、橿原を刺し貫こうとした。

 迂闊うかつに近づけない。おかげで、橿原は得意技の半分を封じられた格好だ。


 始末が悪いのは、その半分が橿原にとっての強い威力の技ばかりだということだ。猪股流攻魔格闘術の神髄は近接戦にあり。肉薄できねば本領は発揮できない。


 では、リーレはというと、魔法には魔法。飛来する氷塊を岩礫いわつぶてを盾にして防ぎながら距離を詰める。だがサフィールも魔法の制御に優れているらしく、リーレの防御を避け、鋭く尖った氷を、彼女の身体に突き刺していた。


 だがリーレは構わず距離を詰めて、愛剣グローダイトソードを振るった。ガキンと、両者の魔法剣同士がぶつかる。リーレとサフィールは激しく睨み合う。


「我が魔剣に触れても凍らぬとはな……!」

「へっ、当てが外れたってか?」

「愚かな奴。私のもとに踏み込んだことを後悔しろ!」


 氷牙ひょうが――リーレの足元から氷のスパイクが飛び出し、あっという間に彼女を串刺しにする。


「そのまま氷柱に閉じ込めて、無様な死に様を――」

「へへ、これで、勝ったつもりかい?」


 血を流しながら、リーレは痛みを感じながらもニヤリと唇を歪めた。


「まだ、生きている、だと……!? バカなッ!」

「なんだよ……お前、アタシのこと知らねえのかよ……」


 トモミぃ! ――サフィールの動きが止まったところに、橿原は横合いから迫る。鉄をも砕く拳――それが炸裂すれば、人体など余裕で破壊できる。そもそも猪股流は、異形や化け物を倒すための技なのだ。その威力、普通の人間が耐えられるはずがない。

 猛烈なる猪の突進。橿原の拳がサフィールに突き刺さり、吹き飛ばした。



  ・  ・  ・



 航空ポッドが電撃弾を連射して、まともに撃ち返してくるのは、俺としてはちょっとした驚きだった。

 ペアを組んだストームダガーがプラズマ砲を矢継ぎ早に撃ち込んで、ポッドを撃墜する。


 高速ですれ違えば、射撃できる時間は限られる。航空ポッドは、戦闘機に比べて低速だが、その分、小回りが利く。いやこちらがどうしても大回りになってしまう、という話だが、戦闘機は攻撃を外したら、速度差を活かして敵の射程外へ離脱するしかない。


 一撃離脱戦法の徹底。格闘戦は挑むべからず。


 それにしても、操縦システムはトロヴァオンと同じとはいえ、機体の形状や重量の違いでその挙動が変わるのを俺は改めて感じていた。


 ドラケンに比べるとトロヴァオンは速いが重いという印象だったが、このドラケンⅡに乗って、さらに挙動の軽さを実感した。特に後ろ、尻まわりが軽く感じる。

 格闘戦は挑まないように、と思いつつも、この軽さはついついその誘惑に駆られる。……ほい、と、目の前をよぎった航空ポッドにプラズマ砲を数発叩き込んで撃墜。


 本日、二機目。先制のミサイルであらかた片付くと思っていたら、この改良ポッド、魔法障壁持ちだった。

 おかげでミサイルの半分は弾かれて爆発した。が、残り半分は撃墜できたので、一体両者の生死を分けたのは何だったのか気になる。同じ機体に見えてポッドは二種類あったのか。


「皇帝親衛隊ね……」


 白銀塗装の帝国Ⅱ型クルーザー。装備も最優先で、大帝国の精鋭中の精鋭。こいつらの姿が、やがて大帝国のスタンダードに落ち着くことを思えば、この戦いは小規模ながら重要だ。得られる戦訓は値千金である。


 ドラケンⅡ、そしてイール攻撃機がクルーザーに攻撃を仕掛ける。だがこの帝国Ⅱ型クルーザー、すでに対空砲を搭載していた。こちらの戦闘機の周りに信管が作動して炸裂しただろう砲弾の黒煙がぽつぽつと見えた。


「まだ射撃装置は、全然のようだがな……」


 速射性能は上がっている。だが高速で飛行するドラケンⅡにはかすりもしない。当たらなければどうということはない、とはよくいったものだ。

 そもそも現在の位置、高さ、速度を測定し、標的の未来位置を狙わないと当たらない。砲弾が空中で爆発するのは時限信管だろうが、そのタイマーの設定もきちんと敵を捕捉しなければ効果がない。


 ……現代的なものなら、その手の技術がある異世界人が滅茶苦茶頑張ればできなくはないが、あの時限信管、大帝国はどうやって作っているのだろうか?


 俺の中で魔法を用いた魔法式時限信管案がとっさに浮かんだが、まあ、そのままでは今回のように多分当たらないと思った。なので、今は考えるのをやめた。


 俺はドラケンⅡを敵艦の一隻、その下方から上昇しながら接近する。対艦ミサイルに切り替え――コアシステムナビがロックオンを告げ、俺は発射ボタンを押し込んだ。

 操縦桿を捻り、離脱。ミサイルは、前進する敵クルーザーにするすると迫り、そのエンジン部分に直撃、プロペラ基部ごとへし折ってやった。


 初めは五隻いたクルーザーも、残るは三隻。うち一隻は俺の攻撃で、速度を落とし完全に戦列から落伍しつつあった。


『ウィザード1、こちらウィザード2だ。航空ポッドの全滅を確認!』


 ベルさんが報告した。果たして、ひとりで何機撃墜したんだね魔王様?

 それはともかく、残るは敵艦のみか。揚陸艦『フォーミダブル』は地上部隊を下ろし、四脚戦車部隊、簡易魔人機ファイター部隊が敵地上部隊と戦っている。……俺もそちらに回るかね。


「ウィザード2、こちらウィザード1。俺は地上に行くが、そちらはどうする?」


 一緒に行くか、地上の敵を叩きに行くか、ベルさんはどうするんだい?


『そっちも、もう終わりそうなんだよなぁ……。敵艦の相手をするわ』

「了解、2。ウィザード1は指揮権を2に委譲する! ウィザード3も、部隊は任せたぞ」

『了解、ウィザード1。お気をつけて』


 マルカスの送りの言葉を受け、俺はドラケンⅡを地上へと向けた。 



  ・  ・  ・



「よくやったのではないか? 敵にしておくには惜しいな」


 銀髪の魔法騎士――大帝国の将軍サフィールは勝ち誇って、橿原を見下ろした。


 両手が氷漬けにされた。腕を封じられ、橿原は表情を歪める。この場の勝者はサフィールだった。

 リーレはその光景を歯噛みしながら見ることしかできない。氷のスパイクで貫かれた身体は再生中。不死身ゆえ死ぬことはないのは驚異の一言だが、多量に血を吐き出した結果、その復帰まで時間がかかる。


「誇ってもいいぞ。私も、防御魔法具がなければ、おそらく死んでいただろう。貴様の拳はそれだけ凄かった」


 そう、橿原の拳は確かにサフィールに届いた。だが帝国将軍が持っていた絶対障壁、一回だけあらゆる攻撃を無効化する使い捨て魔法具が発動して、その身を守ったのだ。

 結果、振り出しに戻った戦いは、橿原がサフィールを攻め切れず、逆に追い詰められてしまった。


 絶体絶命。しかしそうはならなかった。


「将軍、敵の襲撃により艦隊戦力が半減。敵地上部隊も展開しており、全滅も時間の問題です。撤退を進言いたします!」


 駆けてきた帝国軍の士官が、サフィールにそう報告した。


「撤退だと……?」


 サフィールの表情が曇る。


「この場を押さえたというのに……維持できないとでもいうのか。いったい外はどうなっている? 敵? そこまで戦況は悪いのか?」


 もはや、サフィールは橿原もリーレも見ていなかった。足早に、自分たちが開けた壁の大穴へと向かう。

 さっさと撤退するサフィールと帝国兵たち。橿原もリーレも呆然とそれを見送ることしかできない。


「……けっ、アタシらは眼中にないってか」


 吐き捨てたリーレが、直後、血を吐いた。再生が全然追いついてないのでは――橿原は心配になった。

 何にせよ、助かった。安堵する橿原。だが生を実感した時、身体が震えてきた。押し込めていた恐怖が出てきたのだ。


 ――それはそれとして、この腕、どうなるんだろう……?


 氷漬けの両腕を見やり、橿原は静かに座り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る