第789話、皇帝親衛隊
ディグラートル大帝国には皇帝親衛隊と呼ばれる組織が存在する。
陸海空軍、そして魔法軍にも属さず、各種兵器を持ち、皇帝の手足として独自行動が許されている。
白銀色の空中艦は、大帝国の皇帝親衛隊、サフィール将軍が指揮する部隊である。
その旗艦であるⅡ型改クルーザーの艦橋。その司令官席には、美貌の女将軍がいた。美しい銀髪、深い海の色の瞳は冷ややかで、見る者を無言のうちに威圧する。サフィール自身、魔器を有する魔法騎士である。
「先遣隊からの連絡はないのか?」
突き刺すようなサフィールの声に、通信士官は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「はっ、定時連絡もなく、こちらの呼び掛けにも応答がありません」
「先ほどと同じ答えだな」
サフィールは席を立ち上がると、窓から外を眺めた。
「あれがゲルリャ遺跡か」
深い緑に包まれた山、その中腹に石造りの神殿跡のような遺跡が見える。情報では地上に出ている部分はほんの一部で、遺跡の大半は山の中、地下にあるという。
皇帝からの命令により、古代文明の遺跡調査を行う大帝国だが、最近、それに先んじて行動し、遺跡を荒らしている者たちがいる。
「忌々しいネズミが、またも我らの邪魔をするということか」
わざわざ親衛隊が出張ってきたのも、この遺跡荒しに好き勝手させないためだ。
「私も降りる。降下艇に兵を乗せろ。航空ポッドには、先に遺跡の外を偵察させるのだ」
「はい、閣下」
副官が応じ、サフィールの命令が各艦に伝達される。
搭載された航空ポッドが投下され、ゲルリャ遺跡へと飛んでいく。さらに歩兵を乗せた浮遊上陸艇が発進、地上へと降りていった。
・ ・ ・
遺跡があるのは、ヴェリラルド王国より遥か東、大陸東方まではいかないものの、南方にほど近い場所だった。
未開拓地域も多く、人間たちの国は小規模、またその領地についても非常にあいまいだ。
アリエス浮遊島軍港で、知らせを受けた俺は、派遣する部隊の選定にあたった。
「南方か……」
エルフの里を含めた大陸南方地域での戦闘は、青の艦隊のポジションとなる。大帝国南方軍がいまだ動かないため、戦闘もなく兵力だけ準備されていた。
準レントゥス級中型空母『ノードゥス』、リヴェンジ級軽空母『レベリオン』、大破したⅠ型クルーザーを大改装して外観から別物になった改造クルーザー『デファンス』、そしてゴーレムエスコートが四隻(
これに最近、完成した強襲揚陸艦『フォーミダブル』が加わる。本当なら、先日就役したリヴェンジ級『ビンディケーター』が青の艦隊に加わるはずだったが、ファントム・アンガー艦隊に送られ、戦闘により被弾。現在ドック入りである。
まあ、帝国の空中艦が五隻ならば、充分過ぎるか。慌ただしいが、俺は旗艦である中型空母『ノードゥス』に乗り込み、艦隊に出航を命じた。
青の艦隊を担当するのはエスメラルダ型シップコア『イズムルート』である。緑髪を三つ編みにし、眼鏡を着用。もちろん伊達眼鏡であるが、姉に当たるエメロードのように穏やか系ではなく、目つきの鋭いクール系な顔立ちをしている。まあ、モデルが緑髪のエルフとしたから、致し方ない。
「艦隊、『デファンス』を先頭に単縦陣を形成。ポータルジャンプ、用意」
テキパキと号令を出すイズムルート。司令官席に座る俺に、傍らのアーリィーが、ささやく。
「初陣だからかな、緊張しているように聞こえる」
「シップコアだぞ? 緊張なんてするか?」
懐疑的になる俺である。人型はあくまで擬態。本体は球体で古代機械文明時代のシップコアだ。機械が緊張なんてするはずがない。
「うーん、どこかそう聞こえるんだよね」
「アーリィー様」
イズムルートが振り返った。
「何か、私に不手際がありましたでしょうか?」
「声が少し高いかな」
「はっ、調整します」
……うん、何となく、アーリィーの言いたいことがわかったような。
初期の音量設定が予想より違うというやつ。これを緊張とアーリィーは受け取ったが、俺に言わせれば、ただの調整不足である。
この世界の人間からすると、機械というより精霊とか妖精の仲間のように見えるのかもしれない。
青の艦隊は、ポータルゲートへ侵入。エルフの里に近いポータルを出口に救援に向かった。
・ ・ ・
橿原トモミは、ゲルリャ遺跡の最深部にいた。
古びた遺跡内。剥き出しの岩、石壁なんてどこも同じだろうと思っていたが、いざ一つ一つ巡っていくと、石の種類も質感も違えば、そこに巣くう魔獣も違って、探検している気分になる。
大帝国の軍とは出会いませんように、と毎回祈っているが、今回は先客として彼らが遺跡に入ろうとしていた。
血の気の多い相棒であるリーレは、敵が少数と見るとあっという間に攻撃を仕掛けて倒してしまった。
できれば衝突は避けたいのだが、リーレ曰く『大帝国の連中がいたから何だって言うんだ? 遺産をはいどうぞってやるのか?』である。
元の世界に帰る方法を探してはいるが、それ以外にも古代文明時代の遺産を、大陸制覇などという野望に使おうとする大帝国に渡すわけにはいかないのだ。
橿原たちは、ジンから浮游船ワンダラー号をもらったが、それに加えてスクワイア・ゴーレムのブラオとグリューン、シェイプシフターが三人、同行している。
シェイプシフターは、クリーズ、ルータ、スークと固有の名前が与えられ、今は副操縦士のクリーズをワンダラー号に残し、ルータとスークが遺跡深部に付き添っている。
「……魔法文明時代の遺跡なのは間違いないんだ」
特殊部隊員の被るベレー帽、眼帯をした女戦士であるリーレが深部にある円形の舞台のような台座の上を行ったり来たりしている。
「どこにあるんだ、制御パネルは! ……トモミぃ、そっちは何かわかったか!?」
「――いいえ」
壁に沿って刻まれている魔法文明時代の文字と思われるそれを見やり、橿原は首を横に振る。
ダスカ先生から預かった古代魔法文明時代の文字帳を見るが、類似した文字すら見つからず途方に暮れる。
ライフルを持って入り口を見張っているルータが振り返った。
「姉御、クリーズから通信です。大帝国の連中が上陸艇でこっちに降りてきます」
「……あー、そいつはさっき聞いた!」
リーレはガリガリと頭をかいた。
「時間がねえっていうのによォ。……おい、ブラオ、撮影は済んだな!?」
『間もなく終わります』
一メートル程度のスクワイア・ゴーレムが、深部内を魔力センサーとカメラで撮影をしている。これが終われば、最悪、ここから脱出した後でも何があったか再現できる。
「姉貴、短気は損気ですぜ」
スークがどこか片言口調で言えば、リーレは「うるせぇ!」と怒鳴った。だがすぐに頭を抱える。
「いけないいけない、落ち着け……落ち着けアタシ。深呼吸だ、こん畜生」
相当テンパっているな、と橿原は思う。仕方ない。大帝国が今回寄越した戦力は、こちらがどうあがいても勝ち目がないのだから。
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