第788話、グアラン研究所の最後
馬東の足元から炎が吹き出すのと、俺の足元から電撃が弾けたのはほぼ同時だった。
そして俺も、馬東も無傷だったのもまた、同じだった。
「やれやれ、油断のならないお人だ」
「それはあなたも、だ」
お互いに魔法防御用の魔法なり魔法具で、しっかり対策をとっていた。用心深さはお互い様ということか。
「いや、あなたのことが気に入りました。……この期に及んで、お名前で呼べないのが残念でなりませんが」
客席から実験場を見下ろす馬東。
「ひとつ、質問です。あなたは、ディグラートル大帝国を打倒するつもりですか?」
「大陸支配を目論むその野望は打ち砕く」
「打ち砕けると、そうお思いですか?」
刺すような視線。冷静に物事を見極めようとする老獪なる目が向けられる。
「勝算もなく、戦いを挑んではいない」
「なるほど。あなたにとって、これまでの戦いは想定のうちでしょうか」
馬東は小さく笑った。馬鹿にするでもなく、どこか穏やかにも見える。
「正直に言えば、私はこの世界がどうなろうとしったことではない。どちらが勝とうとも、私が私であり続けられるなら、どうでもいい話です」
自分本位、ここに極まれり。
「あなたが勝ち続けるのを見守るとしましょう。あなたが有言実行を果たすなら、その時は私も帝国から身を引きましょう」
「……俺がここから逃がすとでも?」
魔力を剣に変換、三本。馬東の背後から突撃。振り返る馬東。血が飛び散り、彼の左腕が飛んだ。
『惜しかった。また、機会があればお会いしましょう……』
すっと、馬東の身体が消えた。転移魔法――あの消え方は短距離転移の希少魔法具『転移石』だろう。
タッチの差だった。奴の腕一本と引き換えか。防御魔法を貫いたが、狙いが逸れたようだ。
異世界人でなければ、さっさと始末したのだが、会話を試みた結果、取り逃がすとは。
「ソーサラーよりリーパー中隊、馬東が転移石で離脱した。まだ研究所の近辺にいると思われる。捜せ」
『了解』
研究所にいたSS兵に指示を与える。俺は、すぐにアーリィーのもとへ。彼女は静かに立ち上がった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「身体中が痛い」
アーリィーは苦笑した。
「でも、ジンの魔法具のおかげで大丈夫。また救われたよ。ありがとう」
「無事でよかった」
心から安堵する俺。アーリィーは歩き出す。
「ボクより、サキリスとエリサだよ」
視線をやれば、壁に身を預けて座り込んでいたエリサが、無事と言わんばかりに手を振った。あとは倒れているサキリスだが……まさか死んでないよな?
アーリィーがサキリスを診て「大丈夫そう。治癒魔法をかけておく」と手際よく、簡単な治療を施す。
「ジンの魔法具がなければやられていた。それだけ危険な敵だった」
ちら、と氷塊を見やるアーリィー。シュメルツと馬東が呼んでいた戦士が塊の中で氷漬けとなっている。
「……まだ生きてる?」
「動けないところを見ると、弱ってはいる。意識を失っているなら、そのまま体温が完全に奪われれば凍死するだろう」
『ソーサラー、こちらセイバー1』
リアナからの通信だ。
『研究所に爆発物の設置が完了』
「了解、セイバー1。資料を回収ののち、ここを爆破する。……敵が増援を寄越す前に撤収しないとな」
・ ・ ・
結局、馬東サイエンには逃げられた。
短距離転移といえど、範囲はそれなり。限られた時間で見つけ出すことはできなかった。
俺たちは、グアラン研究所の研究資料を押収。いつものように施設を爆破した。俺はわざわざディーシーを呼んで、台地を沈めて施設を埋めさせたので二度と復旧することはない。
撤収の最中、研究所のスカーの大半を仕留めたベルさんは、シュメルツという異形戦士の話を聞き、戦えなかったのを残念がった。
なお、研究所近くの敵駐屯地攻撃に参加していた魔人機部隊のオリビアは、アーリィーが危機だったと聞いて顔を青くした。
そして『次からは必ず近衛隊をつけてください!』と俺に抗議した。……近衛隊の立場ってものがあるからな。次からはそうする。
今回、SS兵が六体ほど失われたが、元々知識と経験を共有するシェイプシフターに影響はなく、スフェラがさっさと補充した。
エリサとサキリスが少々怪我をしたが、大事はなく、すぐに復帰した。防御魔法具が治癒魔法で解決できる程度のダメージに抑えたおかげである。
かくて、俺たちは作戦を終えて、アリエス浮遊島に帰還した。さて、一休み……しようと思ったら、俺宛てに緊急メッセージが来ていた。
ディアマンテが、簡潔に報告する。
「魔法文明遺跡を調査しているワンダラー号から、救援信号を受信しました。現在、ゲルリャ遺跡にて、大帝国の大部隊に包囲されているとのことです」
「リーレと
元の世界に帰る方法を探して調査しているふたり。大帝国もまた古代文明の遺跡を調査しているが、それとかち合ってしまったのか。……いや、大部隊と言ったか?
少々の部隊なら、余裕で撃退できるリーレと橿原だが、救援ということはかなりやばい状況だろう。
「敵の規模は?」
「空中艦五隻、兵が三百ほど。ゴーレムが十数体同行している模様です」
ディアマンテが答える。遺跡調査にしては、ちと多過ぎやしませんかね。
「わかった、すぐに救援に向かう」
それだけの敵が出てきているということは、かなり重要な遺跡ということだろう。それはそうと――
「そのゲルリャって、どこにある遺跡だ?」
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