第787話、馬東との対面
馬東を発見。アーリィーたちが敵異形と交戦、苦戦中――俺のもとにシェイプシフター兵からの通報。
くそっ。悪態がこぼれ、俺は瞬時に研究フロアへと戻った。スカーを相手にしなければいけなかったとはいえ、よもやアーリィーたちが苦戦しているとは!
最近のアーリィーは、実に頼もしい。その実力は、近衛たちではまったく歯がたたず、不死身ではないが、リーレに迫るくらいだ。
つまり、俺たちウィリディス軍の中でもトップ5以内に入る強者だ。脇を固めるサキリスやエリサも能力は高い。スカーを倒せないにしろ、足止めは充分に果たせる彼女たち。だがそれでも苦戦させるような敵とは……。忌々しい!
と、フロアの先――実験場への通路が塞がっていた。
「おい、ふざけんなよ!」
アーリィーたちは中で戦っている! なのにその道中が通行止めとか洒落にもならない!
・ ・ ・
「いやはや、シュメルツ相手にここまで奮戦してくれるとは、あなた方はぜひ研究素材として欲しいですね」
実験場に響くように、馬東サイエンの声が木霊した。
「シュメルツは、スカーの研究データを元に、その再生能力を人体に取り入れて作ったんですよ。これまでの異形研究で培った技術も投入した、現時点での最高傑作、それが彼なのです」
アーリィーのディフェンダーブレードが、シュメルツの棍棒に耐えられず弾き飛ばされた。そのまま畳み掛ける一撃が、アーリィーの腹部に命中、彼女の身体を地面に倒した。
――ジンの防御魔法具がなければやられていた!
アーリィーは地面に転がりながら思った。起き上がらなきゃ――そう思っても、身体が重い。防御魔法具があってこのザマだ。疲労の度合いが大きすぎる。相手のハイペースに無理矢理付き合わされて、息切れしているような感じだ。
サキリスはすでに意識を失い、エリサも壁に寄りかかり動くことができない状態だった。SS兵も片付けられてしまい、今動けるのはアーリィーだけだった。
「……ふむ、普通なら死んでいてもおかしくないのですがねぇ。何か仕掛けがあるのか。いいですねぇ、少し興味がわいてきました」
馬東は薄く笑った。
「シュメルツ。その娘たちは殺さず生け捕りにします。一通り調べたら――」
シュメルツがアーリィーの元へ足を向けたその時、塞がっていた実験場入り口が吹き飛んだ。
馬東サイエンは目を凝らす。
現れたのは漆黒のフルフェイス型兜で顔を隠し、魔術師風のマントをまとった男。
「シュメルツ」
馬東の声に反応し、シュメルツは棍棒を手に、新手へと突進した。
・ ・ ・
俺の元に駆けてくるのは灰色の肌の屈強なる戦士。亜人か、はたまたキメラウェポンか。
まあ、どうでもいい。
視界の中で、倒れているアーリィーやサキリスの姿が見えてしまったからな。機関車の如く突進してくる戦士。目はギラつき、歯を剥き出す姿はさながら肉食の獣。その身体を魔力の腕で包み、放り投げる!
グンっ、と戦士の巨体が弾かれたように天井へと跳ね飛んだ。そのまま天井に叩きつけてやるつもりだったが、その前に戦士の身体は落下をはじめ、地面に着地した。
魔力で押し切れなかった。なるほど、そこそこ魔力に対する耐性があるようだな。俺は、右手を相手に向けて、ライトニングを撃ち込む。
戦士は棍棒を振るい、電撃弾を弾いた。……ほう、銃弾に近い弾速の魔法を迎撃できるのか。
再びこちらへ向かってくる戦士にライトニングを連射。戦士もまた棍棒を振り回し、魔弾を避けながら、距離を縮めようとする。……棍棒が邪魔だな。
グラビティアップ。重力増大――向かってくる戦士の身体に重量負荷一〇倍。その足が止まりかけるが、しかし前進はやめない。亀のように遅いが、一歩ずつ踏み出してくる。
「氷極」
戦士の周囲の気温が急激に低下。足の先からバリバリと凍り付き、やがてその身体を飲み込むように氷が全身を覆っていく。数秒と絶たず、氷の塊に戦士は包まれ動けなくなる。
「……なんとまあ」
声が降りかかる。客席で見物決め込んでいるのは五十代ほどの魔術師――馬東サイエンか。
「シュメルツをあっという間に凍らせてしまうとは……いやはや恐ろしい魔術師だ」
「貴様が馬東サイエンだな」
「はい、私が馬東サイエンです。……私をご存じのあなたは、どちらさまでしょうか?」
「大帝国が反乱者と呼んでいる者のリーダー、とだけ名乗っておこう」
「お名前は教えていただけない、と」
「貴様が投降し、今後大帝国に手を貸さないというのであれば、教えてやる」
「ほう……、つまりあなたに降伏すれば、私は身の安全が保証されるということでしょうか」
興味深い、と馬東は顎髭に手を当てた。
「するとあなたは、私の専門をご存じのようだ」
「異世界人で、異形の研究をしている、くらいはな」
「なるほど。かなりの情報通のようだ。……ああ、失礼。何せ帝国内でも、私をただの魔術師だと思っている方が多いものでね」
すっと、席を立つ馬東。
「あなたに降伏した後、私は何をさせられるのですか? もし、これまで通り異形の研究をさせていただけるなら、鞍替えするのも
「……」
異形の研究、か。この期に及んで、俺がそんな化け物研究を認めるとでも? ふざけるな、と口にしかけ、ふと俺は思いとどまる。
異形の研究とは、そもそも何なのか。これまで戦ってきたような化け物を生み出す、それ自体、認めがたいところはある。
が、たとえばキメラウェポンの被害者から、他生物の要素を分離できるようなことがあれば、話が変わってくる。
そう、俺は異形が何なのか知らない。俺が見ているものは、真実の一面に過ぎず、別の見方によっては考え方も変わる。
ああ、そうか。俺が思いとどまった理由がわかった。こいつは、俺と同類なのかもしれないと。
平和のため、安穏とした生活のために、敵を倒す。そのための兵器を作りまくっている俺。機械か、異形か――どちらも戦いに使っている点、それを生み出してる点で、俺と馬東に違いはない。
正直、アーリィーや仲間たちが傷つけられたことは腹立たしくてしょうがない。だが同時に、戦争の中であるという冷めた認識もあって、それはお互い様だ、という思いもある。……繰り返すが、本当はぶん殴るか倒してしまいたい!
「……あなたの研究が、どのようなものか俺はすべてを把握していない」
静かに俺は告げた。
「認められないこともあるだろうし、逆に認められることもあるかもしれない。現状、解答はできない」
「……素晴らしい。お若いのに、あなたは理性的だ。味方を傷つけられて、まして戦闘の中にあって、それだけ理性を保っていられるのは敬意を表します」
馬東は、自身の胸に手を当てた。
「ですが、研究を無条件で認めてもらえる保証がないのであれば、大帝国にいたほうが自由でやらせてもらえますね――」
「では――」
俺は、馬東の足元に攻撃魔法を送り込んだ。
「交渉決裂かな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます