第786話、シュメルツ
グアラン研究所内、魔獣収容区画は、異形製作のための実験材料となる魔獣を捕らえておく場所だ。
キメラ・ウェポンにおける捕虜収容区画の魔獣版といったところか。
俺とベルさんが駆けつけると、魔獣はSS兵らに仕留められつつあった。だがスカーが抑えられない。
ドリルスピアは、どうも上手くいかなかったようで、SS兵がスカーの腕に吹き飛ばされていた。
俺はすかさず、スカーの一体にシャドウバインドの魔法を使う。影から伸びる無数の腕がスカーを絡め取る。しかし、魔法にも耐性があるスカーには、数秒ともたない。
が、その数秒で充分だった。グンと加速した漆黒の戦士――いつもの騎士姿ではない――ベルさんが刹那の加速で踏み込む。
「ぬんっ!」
デスブリンガーでスカーの腰よりやや上を一刀両断にする。普通なら分断されても死なないスカーだが、コアを砕かれればその限りではない。
「お見事」
さっそく一体撃破。だがまだ他に三体ほどのスカーの姿がある。
「こりゃ囮じゃなくて、博士の護衛か?」
「どうかな。そのマトウの姿はねえ」
ベルさんが次のスカーへと動き出す。俺は標的となった敵の動きを止める。前衛と後衛の教科書通りの連携である。
・ ・ ・
アーリィーは、サキリス、エリサと研究所内を移動していた。先行するSS兵に続き、実験場へ。
「……闘技場みたいだね」
円形の大部屋は、およそ三十メートルほど。床が砂になっていて壁に囲まれていた。そのさらに上には客席のようになっていて、まさに闘技場。おそらく異形兵器の実戦テストの会場として使われていたのではないか。
エリサは気に入らないと顔をしかめる。
「昔いた施設で、こういう実験場があったわ」
サキュバスのキメラウェポンだったエリサである。魔法軍特殊開発団の実験体だった頃のことを思い出したのだろう。
「想像はつくでしょうけど、まったく楽しくはなかった……。何、サキリス?」
「……別に」
サキリスはランス型の魔法武器を手に、警戒するように視線を飛ばしている。
「何かあった?」
「……その、不謹慎なことをいいますわ」
サキリスは客席部分を見上げる。
「こういう場所に立つと、背筋がゾクゾクしてきますの」
「ほほー、相変わらず今日も絶好調ね、サキリス」
察したエリサが茶化した。サキリスにMの毛があるのは、アーリィーもエリサも知っている。こういう注目を浴びるような場所で、妙な高揚感にさらされることも。
「いい気分になるのはいいけど、仕事の手は抜かないでね」
やんわりと指摘するアーリィー。と、実験場の奥への扉をSS兵らが開く。ここも敵はいなかった。そう思った時だった。開かれた扉の向こうにガッチリした人影。
「!?」
次の瞬間、二名のSS兵が吹き飛ばされた。
アーリィーたちも身構える。異形兵――いや、それは人間か。あるいは亜人かもしれない。灰色の肌の大男。背丈は二メートルには届かないが、堂々たる戦士の体躯。手には二メートルほどの棍棒があった。
その大男は、実験場へと侵入した。アーリィーたちの元へ突進してくる。
「敵……!」
サキリスが動いた。魔法槍に魔力を収束。――当たれば必殺の刺突!
だが大男はひらりと、サキリスの突きを跳んでかわした。あまりに身軽な動きに、アーリィーとエリサも息を呑む。空中でひねりながら、大男は棍棒でサキリスの背部に一撃を叩き込んだ。
一瞬、サキリスのライトスーツから漆黒の壁――シェイプシフターが自動防御に移ったが、それにも関わらず凄まじい強打が炸裂し、サキリスが弾き飛ばされた。
「よくも――!」
エリサが炎魔法を詠唱する。紅蓮の槍が、大男へ殺到する。だが大男は棍棒をブンブンと振り回し炎の魔弾をすべて消してしまう。
「魔法が……!?」
目を見開くエリサに、大男が迫る。だがそうはさせないとばかりにアーリィーが割り込む。ディフェンダーブレードが大男の素早い打撃を弾く。
――っ! 重いっ。
手に痺れが走るアーリィー。大男の棍棒の一撃は、金属をも砕きそうな威力を感じさせる。
魔法金属製の剣でなければ防げなかった。アーリィーは瞬時にそれを悟り、唇を歪めた。強い奴だ。ゾクリと背筋が凍り、冷や汗が吹き出す。
――ベルさんほどではないけど、凄く、危ない奴だ、こいつ。
「……ほう、シュメルツの打撃を防ぐ女性がいようとは」
男の声が降りかかった。目の前の大男ではなく、年配の声。
客席に青いローブ姿の人物が立っていた。五十代半ば、熟練の魔術師を思わす風貌の持ち主は、シャドウ・フリートが探していた馬東サイエン、その人であった。
「いやはや、反乱者がここにまで踏み込んでくるとは。……ですがまあ、私の作品とどこまでやり合えるか、とくと見させてもらうとしましょうか」
ゆったり客席に座る馬東。余裕綽々。自らが狙われていることなど微塵も感じていないような態度。
だがそこへシェイプシフター兵が迫る。ライトニングバレットの銃口が馬東に向く。捕獲用のスタンショット。
しかし馬東は、大して関心がないような顔で指を振った。SS兵は撃った。だが発射の寸前、その銃身があらぬ方向へねじ曲げられた。当然、射線から外れた馬東に弾は当たらなかった。
「
馬東の短詠唱。シェイプシフター兵に電撃が走り、その身体が発火した。瞬く間に敵を退けた馬東は、まったくもって涼しい顔を崩さなかった。
「せっかくの観測なので、邪魔しないでいただきたいですな」
視線を戻す馬東。彼がシュメルツと呼んだ大男と、アーリィーの攻防が続いている。
素早さなら負けないアーリィーは防戦を強いられた。あまりにも打撃が強いシュメルツに、防いでいるのに身体に痛みを感じていた。腕は痺れ、関節にかすかな痛みのようなものを感じる。踏ん張るのもつらくなってくる。
そこへ一度は弾かれたサキリスが復帰する。シュメルツの側面を突いた攻撃。背後からだと、かわされた時にアーリィーに攻撃が当たってしまうかもしれないからだ。
だがシュメルツは、右手でアーリィーの剣に打撃を与えつつ、左手でサキリスの槍を掴んだ。
「なっ――!?」
驚愕。魔力をまとい、素手で触ることさえ危険な魔法槍を掴むという所業。ただ触っただけではない、刺されば貫く槍を止めてしまったのだ。
シュメルツは片手で槍ごとサキリスを振り回した。得物を離さないように掴んでいたサキリスだったが、それが裏目に出た。振り回された先にはアーリィーがいて、彼女と衝突してしまったからだ。
何たる剛腕。エリサは、二人の少女戦士をあしらうシュメルツに、怖じ気づいてしまう。
まるで獣。シュメルツという男に浮かぶ表情は、どこまでも凶暴。殺意の視線は、悪魔の魔眼のごとく人の心を鷲掴みにした。
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