第785話、異形と人形の迎撃
グアラン研究所に侵入した特殊シェイプシフター兵。先行した工作兵がばらまいた睡眠薬が空気中に漂う中、地下通路を駆け抜ける。
後続の俺たちは、ライトスーツで睡眠薬の成分を吸引しないよう外気を遮断、ヘルメット内の酸素生成器で呼吸しながら進む。……間違っても、睡眠薬の効果が切れる約五分の間は、ヘルメットをとらないようにする。
通路を抜けたら、そこは研究フロア。三階層吹き抜け構造の部屋は、強化ガラスで覆われたカプセルや水槽があって、研究中の魔獣型異形が液体の中に浮かんでいた。
そしてその周りで、倒れている帝国の研究者たち。スリープグラスの成分は、確かに効果を発揮したようだ。
奥で物音がする。視線をやれば、特殊シェイプシフター兵が手に持った消音器付きカービンライフルを連射し、敵の黒い影のような兵――異形兵と交戦していた。
風の魔法による音消しのせいで、まったく銃声が聞こえないのだが、よくよく見れば、フロアの所々で戦闘になっている。
睡眠薬が効かないのか異形兵や、スカーと呼ばれている異形、そしてメイド服をまとう女性兵が複数、SS兵と戦って――?
「あれ人間だろ?」
思わず声に出ていた。
「メイドさんたちには睡眠薬が効かなかった……?」
「そんなはずは――」
エリサも驚いていた。アーリィーとサキリスも同様だ。ベルさんが小首をかしげた。
「ん……? あのメイド」
「――何か違和感が」
俺は、SS兵に銃弾を浴びせられて倒れるメイドさんや、盾を構えて突進するメイドさんを眺め、違和感の正体に気づいた。
「みんな、同じ顔だ!」
「人形か! そりゃ睡眠薬も効かないな」
道理で、声もあげずやたら勇敢に立ち向かうと思った。人間じゃないなら、無表情なのも納得できる。
とか見ていたら、SS兵に肉薄したメイド人形が手から剣を生やして刺突した。心臓をひと突き、しかしSS兵は、普通の人間なら即死するような攻撃も効かない。ただでさえ高い物理耐性もだが、そもそも心臓というべき急所が存在しないのだ。
カウンターとばかりにコンバットナイフが、メイド人形の側頭部を貫いた。……シェイプシフターに肉弾戦は挑んではいけない。
リアナと彼女配下の三体のソニックセイバーズ隊員が、風のように戦場に入り込む。正直、瞬きの間に、異形兵やメイド人形が首を失い倒れていくので、その動きを正確に捉えようとするなら、カメラにでも撮影してスロー再生しないと見えないかもしれない。
で、肝心の強敵、スカーだが、専用装備をもたせたSS兵が早速攻撃を仕掛けていた。
まずはスカーの動きを止める。重量アップの魔法を刻んだ特殊弾を連続して叩き込む。効果は命中した対象の重量を十倍に高めるというものだが、残念ながらスカーに対して、その効果が効くのはわずか数秒。だから連続して弾を打ち込んで、拘束時間を無理矢理延ばしたところで、胴体を穿つ兵器を叩き込む。
ドリルスピア――ロケット付きの小型投射槍である。専用の投射機で、近距離からスカーの胴体、コアのある部分にドリル付きのスピアを命中させたら、あとはロケットモーターが力尽きるまで押し込みつつ、先端のドリルがスカーの身体を抉り、コアに達すればそれで倒せるという代物だ。
コアを貫く前にロケットモーターが切れたら、おしまい。またコアに当たらなければ、やはり無意味と、結構博打な武器である。……これについては、製作期間が短く、色々検討、実験できなかったという言い訳しかでない。
そもそも命中率に自信がないから、スカーの近くまで迫らないといけないし、ドリルスピアもそこそこ大きいため携帯性が悪い――弾数も少ないと問題も多いのだ。
一応、物理耐性が高いスカーだが、腕や頭を斬れるのだから、まったく効かないわけではない。急ごしらえ感が拭えないドリルスピアは果たしてスカーに通用するか……?
しなければ、俺とベルさんで責任をもって倒そう。
緊張の一瞬。ドワーフのノークと取り組んだ新兵器の成果は――心臓がドキドキして口の中が渇いた。
「……やった……?」
スカーが咆哮したかと思うと、その場に倒れ込んだ。やったか? はフラグになるが、本当に効いた? 倒せた?
『スカー、沈黙。身体が崩壊します』
SS兵の報告。よし! 俺は心の中でガッツポーズ。やったぜ、ノーク。
「たまたまかもしれんぞ」
ベルさんがそんな風に言った。
「もう数体倒してみないことには、わからんな」
「確かに。まぐれ当たりの可能性もあるな」
『ソーサラー、こちらセイバー1』
魔力通信機からリアナの声がした。
『所長室に踏み込んだ。ターゲット、確認できず』
「馬東がいない……?」
今作戦の重要標的である、馬東博士がいない。潜入したSS諜報員の最新の報告では、研究所にいたのは確実だが……。
「ソーサラーより、オールユニット。研究所内を捜索、馬東を捜せ」
所長室にいなかっただけかもしれない。SS兵らは馬東サイエンを探して、研究所内に散る。居住区、魔獣の収容区画、試験場などなど。また研究フロアで眠っている所員をSS兵が拘束し、顔を確認していく。
『ここにはいません!』
所員を確認しおえたSS兵が報告する。分散した他の兵からも発見の報告はない。
「逃げた、か……?」
「でもジン。ここ入り口はひとつだよね?」
アーリィーが言った。
「確かに。だが入り口はSS兵が固めている。となると、非常用の逃走ルートがあるか、転移魔法で脱出した可能性もある」
「転移魔法!?」
アーリィー、そしてサキリスも驚いた。
「まさか、馬東博士にそんな魔法が……」
「短距離転移なら、転移石って魔法具がある。あるいはどこかにダンジョンにあるような転移魔法陣があるかもしれない」
どっちもかなりレアもので、簡単に扱える代物ではないが。
『ソーサラー、こちらリーパー
SS兵――第二小隊小隊長からの魔力通信。
『魔獣収容区画で、解放された魔獣と交戦中。またスカーを確認。増援求む』
「……隠れてやがったかな?」
ベルさんが小首を傾げつつ、すでに身体は魔獣収容区画へと向かっている。
「こっちの気を引く囮かもしれない。とはいえ、スカーがいるんじゃ俺たちが行くしかないよな」
「ジン」
「アーリィー、捜索の指揮をとれ」
俺は、背中のアーリィーへ指さした。
「まだ馬東は発見されていない!」
「了解」
俺はベルさんと、騒ぎの現場へと急いだ。
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