第784話、サイエンの研究所
グアラン研究所。それが魔法軍特殊開発団の秘密拠点の名前だった。
召喚された異世界人である馬東サイエン博士が、『異形』と呼ばれる魔獣だか改造生物だかの研究を行っている施設である。
アリエス浮遊島で遭遇した黒い異形スカーなどが作られているとなれば、早々に殲滅しておかねばならない。あれ一体だけで、並の歩兵中隊は全滅させられるほどの脅威だ。
「できれば、まともに戦いたくない相手だね」
アーリィーが言えば、サキリスも同意した。普通の物理攻撃や魔法攻撃では歯がたたず、ベルさんのグラトニーハンドや、俺の異空間収納くらいしか効かない……と皆が思っている。
「実は、あの後、スカーに対してこちらも研究した」
異空間収納に閉じ込めた一体のスカーを使い、どうやったら倒せるかの研究を、俺とベルさんで行ったのだ。
「その結果、奴の胴体中央、腰より少し上あたりかな、そこに心臓ともいうべきコアがあることがわかった。それを壊せば、あの化け物は倒せる」
おおっ、と近衛隊長のオリビアや、ギャラリーが声をあげた。スカーとの戦いでは、シェイプシフター兵も対抗できず、近衛にも死者が出ている。
「だが――」
ベルさんが深刻な顔で言った。
「問題なのは、そのコアに攻撃を届かせる方法だ。オレ様のパワーで何とか貫けたが、奴の身体を構成している物質は、並の物理攻撃や魔法では通用しない」
「ダメージは与えている」
俺はベルさんの言葉を補足した。
「ただ再生力が早すぎて、あたかも不死身のように見える」
弱点がわかっても、そこを攻撃できる手段については相変わらず。ゴールは見えたのに、そのゴールへの行き方がわからない、というやつだな。
サキリスが俺を見た。
「いっそ、施設を艦砲射撃などで破壊してしまったほうがよろしいのでは?」
「それでスカーがくたばるかはわからないけどな。ただ、残念なことに、グアラン研究所には艦砲射撃が通じない。……ディアマンテ」
俺が頷けば、銀髪の女性軍人型の旗艦コアは、目標拠点のマップを表示させた。
「研究所は台地の地下に存在していて、空からでは直接見ることができない。厚い地面が天然の防壁となっているんだ。よって、ここを叩くには、内部に乗り込むしかない」
馬東を追尾し、研究所を突き止めたシェイプシフター兵は、施設の地図情報もこちらへと送ってくれた。
地上から地下へ通じる出入り口は一つ。ただし秘密の抜け道がある可能性は否定できず、出入り口を潰して閉じ込めるという案が通用するかはわからない。中は異形の研究室が広くとられていて、スタッフの居住区ほか生活に必要な施設類、実験異形の管理房、実験場などがある。
「俺たちの目的は、これまで魔法軍特殊開発団のアジトを潰したのと同じだ。施設の破壊、魔法軍関連の情報の収集。そして可能なら、馬東サイエン他、要人の確保ないし抹殺だ」
異世界人であり、ある意味彼もこの世界に召喚された犠牲者である。だが、大帝国に協力し大陸制覇の野望に手を貸している時点で、残念ながら排除も視野にいれなければならない。
酷いとは思わないでくれよ。帝国からすれば、俺だって抹殺対象なんだから。お互い様というやつだ。
「研究所の制圧と破壊には内部に入らなければいけないが、正面から考えなしに突っ込むのは危険過ぎる」
一つしかない以上、敵もそこに防衛設備や兵を置いている。何せ秘密研究所なのだ。侵入者を警戒していて当然だ。
「近くには大帝国の拠点があり、襲撃ともなればそこから部隊が出てくる。防衛の要がそちらにある以上、研究所の防衛設備は、正面入り口フロアのみとなる」
後は施設要所にいる警備兵くらいだ。本格的な攻撃を受ければ、研究されている異形やスカーも迎撃として差し向けられるだろうが。
「そこで、奇襲で一挙に研究所に浸透する。敵が本格的な迎撃に移る前に、どんどん奥へと入り込む」
研究所の所員が俺たちに気づいた時には、ほぼ施設内の制圧に王手がかかっているのが理想だ。
「できるかな?」
アーリィーが小首を傾げる。俺は微笑した。
「気づかれたら、そのまま力押しで制圧するさ。ま、十中八九、戦闘になるだろうな」
特にスカーとは。
「一応、対スカー用にいくつか対策と装備を製作してある。万難を排し、グアラン研究所を制圧する」
俺は、一同に作戦を説明した。
・ ・ ・
シャドウ・フリートは大帝国領へ移動した。もっとも、今回は、艦隊の出番はおそらくないだろう。
ただ近くにある大帝国の駐屯地は、航空隊と魔人機部隊を投じて破壊しておく。
まずは、グアラン研究所がある場所へ、リーパー中隊のシェイプシフター兵を先行して降下させる。彼らには携帯型ポータルリングを持たせ、密かに台地とその付近へ接近させる。
形を自在に変えるシェイプシフターは、リングを持った上で最小の形、大きさになりながら、敵の見張りをかわしていく。
そして目的地である台地地下への入り口付近に到達すると、予定通り、後続部隊をポータルリングで呼び出した。
リアナらリーパー中隊の本隊と、俺、ベルさん、アーリィー、サキリス、エリサ、近衛の選抜隊員がその後続部隊だ。
ポータルを出てくれば、そこはあいにくの曇り空。少々、薄暗く、台地のまわりが植物も少ない荒れ地だったせいで、ひどく寒々しい。
シャドウ・フリート陸戦隊員用の黒の
工作兵たちは、睡眠薬を噴出する手榴弾型の道具を使い、通り道にそれぞれ放り、または仕掛ける。ちなみに噴射装置は、俺とテラ・フィデリティア技術の合作だが、睡眠薬はエリサが作成した。
「……今更ですけれど、エリサ」
メイド服ではなくシャドウ・フリートのバトルスーツをまとうサキリスが、同じく黒ずくめの魔女さんに問うた。
「あの睡眠薬、ちゃんと効きますの?」
「スリープグラスの眠り粉をたっぷり使ったやつよ。少量でもすぐに効く即効性が売りね」
顔を隠すように被う兜のおかげで表情はわからないが、声は明るい。
「もし不眠症に困っていたらいいなさいな。あたしが用意してあげるわ。すぐ効くから、少ししか吸わなくて済む分、後遺症の心配もほぼないから」
彼女たちがおしゃべりしている間、俺は先行した工作兵の報告を待っているリアナを注視する。
本日は特務小隊の四精鋭のほか、熟練特殊シェイプシフター隊員たちも同行している。
そのリアナが、特殊シェイプシフター兵らに突入のハンドサインを送った。武装した精強なSS兵が静かに、研究所内へなだれ込んだ。それらの兵士の中には、俺が製作した対スカー用武装を持った者たちもいる。
動きを見守るベルさんが俺に言った。
「あれ、ちゃんと効くのか?」
「ベルさんは知らないみたいだけど、あれ、戦車の一番厚い装甲も貫通したからね。たぶん大丈夫」
「でも実際に試してないんだろ?」
「そりゃ、捕獲したのは一体だけで、その一体はベルさんが仕留めたからね。その後じゃ、試しようもないさ」
リアナが、俺に『突入します』と合図を寄越し、入り口へと消えた。よし、俺たちも研究所に乗り込むぞ。
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