第783話、ギルマス要請と装甲タクシー


 トキトモ領で冒険者ギルドのマスターをやりませんか?

 そう俺が言ったら、ヴォード氏の答えは――


「嫌だ。ただの冒険者としてなら喜んで行くが、もうギルドで椅子を温めるのはごめんだ」


 この答えに、現在、王都冒険者ギルドのマスターの椅子を温めているクローガは苦い笑いを浮かべた。


「最近、王都周りは静かでな。少々退屈していたところだ。トキトモ領とその隣のクレニエール領で魔獣討伐もいいだろう。だがマスターはもういい」

「じゃあ、前線でクエストを果たしていいと言ったら、マスターを引き受けてくれます?」


 ギルドで事務仕事が嫌だと言うなら、他の冒険者たちと共に前線で活躍するマスターというのはどう?


「……前線で戦うマスター」


 クローガが少々驚いた顔をしたが、そんな意外でもないと思う。だってヴォード氏はSランクの冒険者としてエンシェントドラゴン討伐やシャッハの反乱事件でも率先して先頭に立った。


「事務仕事はラスィアやスタッフに任せて、重要な決定や、俺との会議で話し合ってくれれば、あとは前線でいいです、と言ったら?」

「……そういうことなら、悪くないが」


 ヴォード氏は顎に手を当てた。


「しかし、前線にいながら、できるのか?」

「通信機がありますから、非常時でも、野外でも、ギルドと交信できます」


 できるようにする。浮游石搭載の監視ポッドに通信のリレー機能を持たせて、お空に浮かべておけばいいだろう。


「なぁーるほど。わかった、そういうことなら、ギルマスの件、承知した! クローガ、オレはトキトモ領へ行くぞ!」

「はいはい、いってらっしゃい」


 半分諦めにも似た表情で、現王都冒険者ギルドのマスターは頷いた。


 ということで、ヴォード氏のトキトモ領冒険者ギルドのマスター就任が決まった。俺は現在のトキトモ領の冒険者ギルド――ノイ・アーベントとポイント・エーデの話をし、その両者を繋ぐ街道を利用した冒険者タクシーの構想を打ち明けた。


 何せ、主なお客さんが冒険者と行商人をターゲットにしているからね。ギルドにも問い合わせが来るだろうから、そこでマスターが知らないというのは問題だ。


「なあ、ジン。その装甲タクシーというのは、エーデまでなのか?」


 ヴォード氏が聞いてきた。クレニエール東領も装甲車で移動できたら、探索や討伐の効率化を図れるのでは、ということらしい。……確かに。


「その化け物騒動で、東領は壊滅して、無人となっているのだろう? そうなるとトキトモ領を出たら、もう安心して休める場所がない。そういう時、装甲車で移動できたら、どれだけ心強いことか」


 スピードアップも図れるな。その通りだが、これは俺の一存では決められないな。


「クレニエール侯爵に相談します。あの人がいいと言えば、ヴォードさんの案も採用できます」

「ぜひ説き伏せてくれ」


 ヴォード氏に熱く言われた。……装甲車に乗って冒険したいんだな、この人は。わかってる。


「装甲車か……いいなぁ」


 クローガがポツリと呟いた。


「王都ギルドでもあればいいなって思って」

「レーヴェがあるじゃないか」


 一台、以前ヴォード氏がギルマスだった頃に頼まれて作った魔法軽装甲車が、王都冒険者ギルドにはあるのだ。


「ええ、まあ、ありますけど……」


 それっきり黙り込んでしまうクローガ。


 準備すると言い残し、ヴォード氏は退出した。俺は、一度ウィリディスに戻り、シェイプシフター兵にヴォード氏が来るのを待ち、来たら連絡するようにと王都冒険者ギルドに伝令役を派遣した。

 そしてノイ・アーベントに戻り、通信機でクレニエール領に戻った侯爵と電話会談を行った。


 ヴォード氏のギルマス就任と、彼の提案に対する、現地の領主であるクレニエール侯爵の判断を聞く。

 会談の結果、装甲車を使った東領への冒険者たちの移動については、許可証を発行した冒険者のみ可とする、となった。要するに、魔獣討伐と再開発のための調査以外の目的の冒険者や、その他はお断りということだ。


 クレニエール侯爵としては、本格導入前に装甲車の性能を冒険者たちで試したいのかもしれないな。


 これとは別に、俺のところのトキトモ建設に、旧トレーム領集落のあった地点の補給拠点作りの依頼があった。先のヴォード氏の懸念にあった、東領に休息拠点がないという問題。そして本格的に復興する際の拠点として活用したい、ということだった。


 正式な依頼できちんとお金が出るのなら、それは構わない。建築コアは、人工コアやディーシーとは別だから、こちらの兵器開発に影響はしないし。


 俺からは、冒険者を使う手前、彼らが倒した魔獣やそれに関係する作業で手に入れたものの取得についてを念を押させてもらった。つまり、冒険者の権利の保障である。彼らを使うなら、冒険者ルール『拾った物は拾った人間のもの』の徹底である。


 ……もちろん、拾ったものに正当な持ち主がいて、それを証明できる場合は、冒険者は返却しなくてはならないんだけどね。大体は金銭と交換という形になるが。


 細かな打ち合わせは後日として、会談は終了。戻ってきたヴォード氏に、その結果を知らせると、手を叩いて喜んだ。


「よし! 楽しくなってきたぞ」


 早く冒険したい気満々というやつだろう。そこでヴォード氏は、ノイ・アーベントに移動した後の、住居の相談を持ちかけた。


「実は、娘やパーティーの面々も、こっちへ連れてきたいんだが……」

「ルティさん」


 Bランク冒険者の娘さん。そして彼女のパーティーといえば、ルングたちがいたんじゃなかったかな? あいつらも元気にしているかな。何だかとても懐かしい。


「ええ、ヴォードさんはこちらからお願いしたんですから、住居は用意しますよ。一軒家がいいですか? それとも、仲間も一緒なら集合住宅がいいですか?」


 侯爵の権限をフルに使って、便宜を図ろう。



  ・  ・  ・



 トキトモ領冒険者ギルドが順調に動き出そうとしたところに、SS諜報部からの報告が俺に届いた。


 大帝国の魔法軍特殊開発団に所属する馬東サイエンを追った結果、その秘密拠点を発見したのだ。異形研究所で、再生異形のスカーほか、強力な異形生物が開発されているとのことだった。

 当然ながら、一刻も早く潰さねばならない施設だ。


 SS諜報部からの内部情報を元に、シャドウ・フリートに出撃準備をかける。

 ただ情報を検討していくと、これが非常に厄介なのが明らかになっていった。

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