第778話、クレニエール東領開拓計画


 トキトモ領の端に、補給拠点を作ってほしい、というのがクレニエール侯爵の第一の要請だった。


「魔獣討伐には、冒険者たちの力も借りようと思っている。彼らは魔獣のスペシャリストだ。……ああ、これはSランク冒険者であるトキトモ候には言うまでもなかったな」


 苦笑するクレニエール侯爵に、俺も苦笑で返した。


「まあ、冒険者といっても、得意不得意はありますが」

「幸い、いま冒険者たちはノイ・アーベントに集まりつつある」


 お詳しいですね、と俺は心の中で呟く。ノイ・アーベントの町で販売している武具や魔法具、薬などを求めて、商人、冒険者、貴族の遣いなど、まあ色々な人がやってきている。……このあたりは、アルトゥル君から聞いたのかな。


「あの、何と言ったか……浮遊バイクなる乗り物。アレを購入する冒険者が増えているとか」

「ええ。アレがあれば活動範囲が圧倒的に伸びますからね。徒歩で目的地へ行くより断然速く移動できますから、時間も節約できる」


 なるほど――俺は合点がいった。


「浮遊バイク持ちの冒険者たちが、東領の魔獣討伐に参加すれば、その討伐のための速度も速くなる」

「バイクの購入で、財政が苦しくなった冒険者もいるだろう。借金をしてでも購入して今後の活動に繋げたい者もいたはずだ。そういう冒険者が、東領の魔獣討伐の報酬を聞けば――」

「近場ですし、よく働くでしょうね」


 いやはや、さすがというべきか。クレニエール侯爵の読みの深さには敬服する。


「そんな冒険者たちの補給拠点を、東領に近い私の領に置く」

「……ノイ・アーベントで繁盛している品を扱っている店も出せば、そこに人が集まり、金も物も回るだろう。君にとっても悪い話ではないはずだ。冒険者たちの補給拠点のみならず、商人も集まり、トキトモ領の第二の町として発展も見込める」

「いずれは第二、第三の町を作ろうとは思ってしましたが、今がその時なのかもしれませんね」


 せっかくの機会だ。これを利用しない手はないだろう。……まったく、クレニエール侯爵に動かされているのだが、こちらにも充分メリットがある話である。機会を用意してくれた彼には感謝するべきだろうな。


 その後、クレニエール侯爵と東領の地図を見ながら、今後の復興、いや再開発について話し合う。建築速度に圧倒的に早さを誇るトキトモ領直属のトキトモ建設にも、依頼を頼みたいなどなど……。


「――で、開拓も重要なのだが、ノベルシオンに対する備えも必要だ。クレニエール領としても、ウィリディス軍と共同歩調が取れるように、同様の兵器を導入したい」


 この人、言い方が上手いよなぁ、ほんと。

 実際、共同戦線といったところで、現状だとクレニエール領の軍勢はお荷物にしかならない。それを改善したい、という申し出は自身も積極的に防衛に貢献したいとアピールしつつ、ちゃっかり最新兵器を自軍に導入するわけだから。


 まあ、この人が東領を自力で防衛できれば済む話でもあるが。

 とはいえ、そもそも一領主が隣国の攻勢すべてを防げるはずもない。開戦となればどうせ近隣の領全部にお声がかかるので、共同戦線云々関係なくどの道、こちらも参戦不可避なのである。


 こちらとしては、王国軍ですでに配備されている戦闘機、戦車、魔人機であるなら、生産のための対価さえもらえるなら用意することができる。さすがにタダではないよ。


 最近、ジョン・クロワドゥを騙り、兵器をばらまきつつある情勢ゆえ、生産しやすい廉価版を揃えつつある。低コスト、低資材のそれらを充てれば、クレニエール領の軍備強化も、先方の兵士の訓練を除けば割と時間はかからない。


 いやはや、大帝国に敵対する勢力に兵器をばらまくとか、これでは死の商人だな。実際、そちらの面でとても儲かっているから始末が悪い。


 予定していた工廠拡張も、さっさと始めないといかないな。資材は向こう持ちとはいえ、需要に供給が追いつかなくなるのはよろしくない。



  ・  ・  ・



 会談の後、食事を挟み、クレニエール侯爵を連れたノイ・アーベント視察をした。パルツィ氏とアルトゥル君もそれに同行した。……今の町のことは、俺よりも詳しい。

 町は非常に賑やかで、商人や旅人、冒険者の姿も多かった。俺が通ると、初期の住民が「領主様!」と声をかけてきた。


「元気そうだね。最近どう?」

「おかげさまで! 皆、元気にやっております!」


 大変結構。笑顔が見られるのはいいことだ。

 新しい入植者の中には、俺の顔を知らない者も増えてきた。まあ、初期に比べて、住民の数がすでに四倍に膨れ上がっているのだから無理もない。


 冒険者や旅人用に作ったフードコート――食事屋台の集合した建物も大盛況。時々、荒くれ者が騒ぎを起こすのだが、各所に配置されたシェイプシフター警備員がすぐさま駆けつけるために、治安も悪くなかった。


 昼食を済ませていたが、クレニエール侯爵も軽いものをつまんでいた。ノイ・アーベントでの料理は、ウィリディスでのそれと同じなので侯爵も大変気に入ってくれた。


 現在、ノイ・アーベント近郊で農業にも力を入れているから、いずれは魔力生成以外でも食材が確保できるようになる。こちらも色々試しているが、それで従来より収穫量が高まれば、その方法を他の領にも伝えることができるだろう。クレニエール侯爵は「それは楽しみだ」と言った。


 なお、本日はクレニエール侯爵とその一行は、ノイ・アーベントにあるホテル・プラティナに宿泊することになっていた。


 お貴族様の来訪があるということで、そうしたVIP用の高級ホテルを用意してあるのだ。……いや正直に白状すると、王族御一行様がノイ・アーベントに宿泊される時に備えて、建てさせたものだったりする。そんなわけで時々、フィレイユ姫やサーレ姫様が御滞在することもある。


 さらにおまけで、ホテル・プラティナを気に入って貴族のご令嬢が、やはり宿泊され、食堂のデザートに舌鼓を打ったりしている。……この人たちはウィリディスに来れないからね。


 俺はホテルまでクレニエール侯爵を送ったが、中には入らなかった。だって、宿泊している大商人やら貴族やらに見つかると、お近づきになろうと声をかけられるから。

 平時であれば、ほどほどお付き合いもしておいたほうがいいんだろうけど、今は多忙だからね。


 アルトゥル君に父親のことは任せ、領主屋敷に戻った俺は、パルツィ氏とラスィアを呼んで、クレニエール侯爵の提案した補給拠点としての集落の話をした。


「つまりは、その拠点に冒険者ギルドを作るというわけですか?」


 ラスィアは、元王都冒険者ギルドのサブマスをしていた。


「そうなるのかな。冒険者たちをうまく誘導するためにも、あったほうがいいかもしれない」


 ただ闇雲に魔獣を狩れ、というのも何だし、ギルドがあれば冒険者たちも情報が共有できる。こちらとしてもある程度の誘導ができる。冒険者たちの補給拠点であるなら、ギルドを作るのは自然なのかもしれない。

 パルツィ氏が口を開いた。


「ギルドがあれば、冒険者たちが持ち寄った素材なども一カ所に集まりますから、商人の買い取りもやりやすくなりますね」


 個別で売買とか、商人と伝手がない冒険者だと大変だしな。商人たちも、欲しい素材があれば、依頼をしてくるだろうし、それを冒険者たちがこなしていけばお互いに損もない。


「そうなると、ギルドマスターが必要だな」

「あなたがやりますか、Sランクの冒険者である侯爵閣下」


 パルツィ氏が笑顔で言う。冗談、俺は忙しい。美貌のダークエルフにして、サブマス経験者のラスィア君。君はどうかね?


「適任者がいますよ」


 そのラスィアが答えた。


「最近、王都冒険者ギルドのギルマスを勇退して、暇になっているあの人とか」

「ヴォードさんか!」


 Sランク冒険者にしてドラゴンスレイヤー。なるほどね、ギルドマスター経験者がいたー!

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