第777話、掴んだ手掛かり


 アリエス浮遊島軍港。俺は、帰還したファントム・アンガー、そしてシャドウ・フリート全艦艇に、防御シールド装備の設置工事を実施させた。


 大帝国軍は本国と前線で、物資のやりとりをしないと艦の改装もできずに苦労しているが、ポータルゲートで即座に母港へ戻れる我が艦隊は、その改装作業も迅速に実行できる。

 ディアマンテら人工コアたちとシェイプシフター作業員らによる艦艇の改装は順次行われた。シールド装備の他、光線機銃の増設も並行する。

 これを見ていたベルさんは、渋い顔で俺を見た。


「そんなに一発喰らったのが気に入らないのかね」

「ああ、まったく気に入らないね」


 むしろ、これを重く受け止めないといけない。たった一発、されど一発。この一撃を甘くみて、致命的なミスを引き起こすようなことは避けねばならない。


「これが反省する、ってことだよ」


 次に活かすとはそういうことだ。

 損傷した軽空母『ビンディケーター』は修理に回すとして、ファントム・アンガーは軽空母三隻で活動してもらうことになる。


 そんな中、SS諜報部から連絡が入った。

 大帝国魔法軍の重要人物の一人、馬東サイエンが西方方面軍司令部に現れたと言う。さらにMMB-5が西方方面軍に密かに運び込まれ、また東方方面軍にも輸送されたらしいという報告も。


 SS諜報部の諜報網をかいくぐって現れた馬東博士。しかし、潜入しているシェイプシフター工作員の前に、姿を現したのは迂闊うかつだったな!


 俺は、ただちにSS諜報部に馬東博士の追跡を命じた。彼が活動する秘密ルートの解明と、隠れている魔法軍特殊開発団の拠点発見に大きな進展が見込める。これを逃す機会はない!


 気掛かりなのは、前線に配備されたMMB-5の存在だ。西方方面軍のシェード将軍は、これをどこでどう使うつもりなのか? 去年のようにヴェリラルド王国侵攻に用いられる可能性は高く、その動向には注意を払わなくてはいけない。


 SS諜報部には頑張ってもらい、こちらはせっせと兵器作りと、防衛体制の強化に励む。

 そんな中、トキトモ領のお隣、クレニエール領からクレニエール侯爵がやってきた。



  ・  ・  ・



 ノイ・アーベントの領主屋敷。その執務室で、俺は訪れた侯爵を迎えた。


「ようこそ、ノイ・アーベントへ、クレニエール侯爵」

「うむ。元気そうでなによりだ、トキトモ候」


 四十代後半、恰幅のよい侯爵は俺との握手の後、来客用のソファーに座った。


「ノイ・アーベントの復興は目覚ましいものがあるな。王都ほどとは言わんが、東部領で一番の都市になっているのではないかな?」

「恐縮です。正直、私もこうも大きくなるとは思っていませんでした」


 すっかり大都市のようになっているノイ・アーベント。ちょっと目を離した隙に、どんどん変わっていくものだから、俺自身も驚いている。

 人が集まり、建物が建ち、外壁も拡張を繰り返している。都市を管理している人工コア、ガーネットが余裕でサポートしているが、代表代理のパルツィ氏に、補佐役のアルトゥル君は連日大忙しだという。


「……息子は元気にやっておるかね?」

「アルトゥル君は、よく働いてくれていますよ」


 俺は、預かっているクレニエール侯爵のご子息を褒める。


「彼は真面目で頭がいいですから。クレニエール候が、フレッサー領の代理領主とした経験も生きているのでしょう。このまま経験を積めば、将来、いい領主になるでしょうね」

「トキトモ候のもとで、色々学んでほしい。王国は大きく変わる。時代の流れに取り残されないように、な」


 大きく変わる。時代の流れ。クレニエール侯爵は、しっかりと未来を見据えて、先手を打っている。そういうところは、俺も学ばないといけない。


「……この紅茶は、どこの紅茶かね?」


 クレニエール侯爵が、俺の出したお茶に興味を示した。……そういえば、侯爵の家は紅茶を愛飲しているんだったな。アルトゥル君からそう聞いた気がするし、彼の姉であるエクリーンさんも紅茶党だった。


「カランという銘柄ですね。エルフの里産の」

「エルフの!」


 侯爵の青い目が光った。


「なるほど、それは貴重だ。これを土産にいくらかもらえないかね、トキトモ候。もちろん、即金で買わせてもらう」


 紅茶党め……。俺は苦笑しながら、彼の要望に応える。

 先日のエルフの軍備拡張交渉で、エルフの里からの品が輸入されるようになった。そもそも人間と大きな取引をしないエルフだから、そこから入ってくるものは大体が貴重。希少価値から高価なものが多かった。


「後で、時間があれば都市を案内してもらえるかな、トキトモ候。君の作った町は、私としても大いに参考にしたい」

「わかりました」


 時間があれば。となれば、早々に本題に入らないといけないだろう。


「クレニエール候、今日こちらに来られたのは――」

「うむ。トキトモ候も知っているだろうが、ノベルシオンが帝国側についた」


 東部領防衛の話である。先のアンバンサー戦役の後、領地を拡大したクレニエール侯爵だが、その一角、旧トレーム領はノベルシオン国と隣接しているのである。復興を後回しにした結果、無人の領地だけが転がっている状態だ。


 よくもまあ、敵対的な隣国の前で無防備にしたものだと思う。しかしクレニエール侯爵は、ノベルシオンが攻めてこないという確信があったのだろう。


 大帝国の脅威。かの国が北方の守りを固めて、旧トレーム領に隣接する地域の戦力を最低限にしているのを知っていたのだ。

 が、それもノベルシオンが大帝国側についたことで状況が変わったわけだ。


「このまま、ここを攻められると、我がクレニエール本領、そして君のトキトモ領にノベルシオンの軍が押し寄せてくることになる」


 俺は頷いた。そのために、領の各砦の防衛力を強化し、東部領での戦闘にも備えている。


「東部国境の防衛、ですね」

「旧トレーム領……という言い方もあれなので、東領ひがしりょうと呼称するが、ここでノベルシオンと一戦は避けられないと私は思っている。ついては、トキトモ候、ノベルシオン侵攻の際は共同戦線を張ってもらいたい」


 つまり、我がウィリディス軍にも防衛に参加してもらいたい、ということだ。

 案外、無防備にしていたのは、こちらの戦力を引き出したいからではないか。敢えて守りを手薄にした、である。抜け目ないクレニエール侯爵が、何の考えもなく防備を怠るとは思えない。アンバンサー戦役の傷跡は深く、色々勘案してこうなったのだろう。


 とはいえ、俺としてはこう言うしかない。


「もちろんです。事は王国東部領全体の話、協力は惜しみません」

「話が早くて助かる」


 正直、他人事ではないのだ。トキトモ領を戦火に巻き込むことなく、戦いをクレニエール東領内で済ませられれば、こちらとしても助かる。

 実際、東領が落ちれば、敵はこっちへ来るかもしれない。どうせ戦うなら、他所の土地で済ませたい。


「では、具体的にどうするかを話し合いましょうか」

「うむ、だがその前に、トキトモ候。君は、クレニエール東領内の詳細な地図を持っているね? 私もそれを後で買いたいのだが、とりあえず、ここで見せてはくれないか?」


 地図を見ながら、作戦会議というやつをご所望だろう。が、俺が王国各所の詳しい地図を持っているとよくご存じだ。まあ、文句を言われるよりマシだ。買うというなら手配もしましょう。

 俺がシェイプシフターメイドに用意させていると、クレニエール侯爵は言った。


「今、東領は人がいない。その分、危険な獣が跋扈ばっこする土地となっている」

「魔獣ですか」


 人がいなくなって、他の生き物が活発になる。旧トレーム領に、魔獣が発生しやすい土地とかあったかな……?


「そこで、まず現地調査を兼ねた大規模な魔獣討伐を行いたい。やがては人が入り、集落も形成されるだろうが、開拓のためにも危険な魔獣は排除しておきたい」


 ついては――クレニエール侯爵は俺を見つめた。


「トキトモ領と東領の境の近くに、補給拠点ともいうべき集落を作ってもらいたい」

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