第776話、シェードと馬東
その日、西方方面軍司令部のあるシェーヴィルにアグラ級高速クルーザーと、輸送艦三隻が到着した。
同方面軍司令官であるマクティーラ・シェード将軍は、本国からの来客を迎えた。
魔法軍特殊開発団に所属する異世界人、
「久しぶりですね、シェード将軍」
「ご無沙汰しております、ドクター」
司令官の執務室で、二人はさっそく会談に移る。
「まずは、ドクター。よく無事にこちらへ来られましたね」
「反乱者ですか? ええ、彼らの破壊活動のおかげで空の旅も非常に危険になりましたからね」
五十代半ば、いかにも魔術師といった格好の馬東は、整えられた自身の顎髭に手を当てる。
「特に、最近では西方方面軍行きの定期便が狙われているとか」
「ええ、西方方面作戦は、ヴェリラルド王国を避けて周辺国の平定から進めてはいますが、せっかくの機動力も、補給が不足しては活かせません」
シェードが表情ひとつ変えず普段通りに言えば、馬東も頷いた。
「空中艦や戦車を動かすにも、燃料が必要ですからね。この種の機械兵器を用いるのが我が帝国しかない以上、占領地からすぐに手に入るものではありません。自然、本国からの補給のみが頼りです」
「現地でも燃料を製造、調達できるように開発は進めています。ただ、それが実際に効力を発揮するのは年単位の時間がかかる」
「つまりは、兵は元気でも、兵器が動かない、動けないということですな」
「まだしばらくは大丈夫ですが、必要分の補給を確保できないのであれば、せっかく方面軍の兵力を増強しても動かせません」
シェードは口元を引き結んだ。馬東は相好を崩す。
「そこで、我々魔法軍が、新兵器をお届けしにきたのです。機械が動かないのなら、魔物を使えばいい……」
「例のスタンピード計画の品、ですか」
「MMB-5。人工魔獣生成器……」
穏やかな風貌の男は、ニヤリと唇の端を釣り上げた。
「その量産モデル。これを五つお持ちしました。西方方面軍でも、どうかご活用ください」
「ダンジョン・スタンピード……それと同じようなことを人工的に起こす兵器だと伺っております」
渡された資料に目を通すシェード。
昨年、前の西方方面軍がヴェリラルド王国に侵攻した際、二十万に達する魔獣を用いたという作戦。あれに用いられたのが、MMB-2と呼ばれるモデルだったという。その改良型であるMMB-5を、魔法軍は本格生産を開始し、今こうして前線に届けられたというわけだ。
「近々予定されているリヴィエル崩しに活用させていただきます」
「使われる際はお気をつけを。MMB-5の魔獣どもは、敵には一切容赦はしませんが、同時に戦場にいる者の抹殺、建物などの破壊も行います。もし都市や集落で使えば、そこは占領ではなく、完全な更地になるとお考えください」
「敵の野戦軍を撃破するのが得意、というわけですね」
シェードは淡々と告げた。
「まあ、見せしめとして、城塞都市をMMB-5で落とすのも悪くはありません」
「怖いお人だ」
「それで国一つを掌握できるなら、悪い取引ではありませんよ」
シェードは、しかし、本当に怖いのは魔獣生成器などという兵器を作り出した魔法軍特殊開発団だと思う。魔器も含め、特殊開発団の開発する兵器はどれも異常だ。
――それにこの異世界人も、何を考えているのかわかったものではない。
じっと、目の前の魔術師を見やる。こう見えて、研究と称して人体を切り刻むのを平然とやってのける男なのだ。狂気を表に出さないだけで、やっていることはマッドサイエンティストなのである。
「そういえば、シェード将軍」
思い出したように、馬東が言った。
「近々、東方方面軍でもMMB-5が用いられますよ」
「輸送作戦は失敗したと聞いていますが……」
例の反乱者の艦隊が、マカーンタ軍港の海軍を襲い、ファントム・アンガーなる連中が空軍の輸送艦隊を叩いた。輸送予定だったMMB-5も、輸送艦もろとも破壊されたと思ったのだが。
「今回、将軍の元にお届けしたように、魔法軍で密かに運び込みました。敵も、我々の動きまでは察知していなかったらしく、妨害もありませんでした」
「では、東方方面にも新たな動きが?」
「ええ、空中艦隊はしばらく動けませんし、陸軍も攻勢を停滞させていましたが、MMB-5の投入で、再侵攻が可能となるでしょう」
「気掛かりなのは、ファントム・アンガーですか」
「ファントム・アンガー」
馬東は顎髭を撫でた。
「うちの飛行魔術師が、ようやく敵の艦隊を確認することができました」
「艦隊、ですか」
多数の航空機を運用する神出鬼没の傭兵軍と聞いていたが、艦隊とは初めて耳にした。
「これが驚いたことに、例の反乱者たちと同じ空中艦を使っていたんですよ。我が空軍のコルベットやクルーザーの改造型に、空母まで――まったく同じ」
「反乱者とファントム・アンガーは繋がっている?」
「繋がりがある、と言ったほうがいいかもしれません」
馬東は眉をひそめた。
「まだその反乱者の正体も、組織の全容も不明。もちろんファントム・アンガーも同様」
「兵器の開発者の噂を聞いております」
「ジョン・クロワドゥなる人物ですな」
馬東は小首を傾げる。
「その謎の人物が鍵でしょうな」
双方の艦隊が繋がっている、というより、武器を供給しているのが、クロワドゥというだけかもしれない。同じ供給源から得ているから、装備が同じになる、ということもある。
「まあ、何にせよ……」
馬東サイエンは薄く笑みを浮かべた。
「皇帝陛下が主導されている例の計画が発動すれば、反乱者も傭兵軍も、ヴェリラルド王国でさえ、圧倒できましょう」
「我々は、そのための単なる時間稼ぎに過ぎない、ですか」
シェードが感情を押し殺したような冷めた声で言えば、馬東は笑みを引っ込めた。
「大帝国軍が皇帝陛下のお手を煩わせずに済めばいいだけの話ですよ、シェード将軍。これまで通り、破竹の勢いで敵を粉砕し続け、世界最強の軍隊であり続ければ、それでね」
「……」
シェードはしばし黙する。世界最強の軍隊――その行く手を阻む者たちがいる。彼らが皇帝陛下の思惑に気づいたら?
早々に、皇帝の命を狙うだろう。――いや、それは無理か。
「どうされました、将軍?」
馬東は、シェードが小さく笑ったのを見逃さなかった。そのシェードは首を振った。
「我らが皇帝陛下を殺せる者など、この世にいないだろうと思いまして」
「ええ、まったく。あの方を殺せる存在などいやしませんよ」
馬東も同意したが、その目は笑っていなかった。
「だから……困っているんですよ」
それがこの世界の不幸とも。
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