第775話、意地の一撃


 ヤバイヤバイ! ――フィガは吹き出す汗を抑えられなかった。


 スティックライダーは、ファントム・アンガー艦隊に単機で突進している。こんな小さな乗り物なら気づかれないだろう、と高をくくっていた。

 だが結果、フィガは全身に多数の魔力サーチを浴びることになった。


「これ、向こうにバレてる!」


 当てが外れた。フィガの強化した視覚が、小型護衛艦の砲が狙っているのに気づく。

 回避機動。身体を傾け、左へスライド。小型艦の砲が瞬いた。次の瞬間、閃光がよぎった。


「あっぶな!」


 砲口を見ていなかったら、避けられなかった。当たったら多分死ぬ。とても速くて強力な魔法弾だ。


 ――ヤバイ、生きて帰れる気がしない!


 だが後悔したのは刹那だった。血液が沸騰して、脳が沸いていた。ハイになる。怖くない。だが心臓がフルで鼓動を繰り返し、胸の中で暴れまわっている。


 右へ左へ、上へ下へ。大きく、大げさに動く。小型艦やコルベットから光る魔法弾が連続して飛来する。ギリギリの回避。展開していた爆槍の一つが光に飲まれて蒸発した。


 まずい。ちょっと遠いが、ここで爆槍を無くすのは惜しい。


「当たれぇぇぇぇー!」


 爆槍、投射。魔力誘導――目標は、四隻ある箱型艦の一番手前。


 と、視界の中に、敵の飛行体――戦闘機の姿を捉える。速い。そしてスティックライダーよりも倍以上も大きい。


 光が連続した。するとフィガは、自身の身体に何かが衝突したような違和感に襲われた。


 ――あれ、なに? 身体が変……。


 頭と身体が分離したような。他の感覚もなくなって、何が自分の身に起きたかわからないまま、フィガはその生涯を閉じた。


 ストームダガーの二〇ミリ機関砲が、彼女とスティックライダーを貫き、粉砕したのだ。

 だが、フィガの置き土産は、主を失っても目標に飛び続けた。


 爆弾槍は、ゴーレムエスコートの対空砲により一発を撃墜。目標だった軽空母からの対空砲でさらに一発が撃ち落とされた。だが最後の一発が軽空母『ビンディケーター』の駐機甲板と格納庫の間に命中。爆発の華を咲かせたのだった。



  ・  ・  ・



 ミッドウェーか……。


 俺は自然と口元を引き締めた。


 旗艦『リヴェンジ』から、被弾した『ビンディケーター』が薄らと煙を引いているのが見えた。

 ファントム・アンガー艦隊所属艦の、初めての被弾である。単機で仕掛けてきたのは、まさに不幸中の幸いだった。


 だがもしこれが、複数機による攻撃だったなら……まさにミッドウェー海戦の四空母被弾、壊滅の悪夢を繰り返すことになっていたかもしれない。

 ほんのわずかな隙を突いてきたような襲撃だった。


 迎撃はした。撃墜もした。だが想定していなかった未知の機種による、まったく情報のないところから現れた敵からの攻撃。


 初めてシャドウ・フリートやファントム・アンガーの航空隊に遭遇した帝国空中艦隊の乗組員たちも、初動対応できずにやられていったが、今の俺のような心境だったのだろうか?


 慢心していたというのか。しかし、帝国に、あの高度を飛行できる小型の乗り物の情報はなかった。


 いったいどこから現れたのか? たまたま、近くに魔法軍特殊開発団の魔術師がいて、こちらを見つけたので仕掛けてきたとでもいうのか?


 単機だったという点では、それらしく思える。情報の洗い出しが必要だ。SS諜報部や、俺たちが掴みきれていないルート……そこに鍵があるに違いない。


 本当に、本当に運がよかった。

 被弾が軽空母一隻だけで。その『ビンディケーター』も、格納庫に被害が出て修理は必要だが、機関にダメージはなく自力での航行が可能だ。


「司令、攻撃隊、帰投します」


 エメロードが知らせてくれた。俺は頷く。


「『ビンディケーター』は艦載機の収容が可能か?」

「全機の収容は難しいですが、出撃機の半数は駐機甲板で問題ありません。残りは他の三隻で分散収容いたします」

「頼む」

「はっ!」


 エメロードは敬礼すると、すぐに戻ってきた攻撃隊の収容作業を指揮する。その間、コルベット、ゴーレムエスコートらが、再度の敵の襲来に備えて対空警戒を行う。


 慢心……まったく、そうだ。慢心の極みだな。

 俺の中で渦巻く後悔の種。


 帝国鹵獲ろかく艦やゴーレムエスコートには、魔力展開するシールド装備を搭載していなかった。もし、『ビンディケーター』に障壁などのシールド装備を積んでいたなら、一発くらいの被弾など無効化できたかもしれない。


 テラ・フィデリティア艦には防御シールド装置が装備されている。だが俺は、鹵獲艦を甘く見ていたのではないか? どうせ敵から奪えるのだから、とシールド装備を載せなかった。人間が乗っていない無人艦だから、とも言える。もし人が乗り込む艦だったなら、俺はシールド装備を搭載させたはずだ。


 俺は大帝国軍を侮っていたのだ。どうせ、敵が我が艦隊を攻撃することなどできない。空中艦が攻撃できる位置に来る前にアウトレンジできるし、やばいと見れば速度で振り切れる、と。


 それがこのざまだ。軽空母一隻の被弾で済んだが、やはり侮るべきではないのだ。アリエス浮遊島に戻ったら、シールド未装備艦に全部、障壁装置を載せる。


 一応、必要な事態に備えて、数は揃えてあるし、そのための作業の流れもすでに計画済み。……ただ想定よりも早く、こんなことになるとは思っていなかった。


 考えにふけっている間に、各空母の艦載機収容作業は終わった。

 エメロードの報告によれば、帰投した機体は、戦闘機三十一機、艦爆十八機、艦攻三十二機の八十一機。


 出撃機体数が九十六。未帰還機は十五機だった。


 多数の航空ポッドに、魔器使いや新式魔法杖の迎撃で、それだけの損害が出たのだ。

 やられたのは艦戦と艦爆だから、おそらく敵艦やポッドへの攻撃で、敵艦に近いところまで迫った機体だろう。近づいた分、被弾しやすくなる。その証拠に、遠距離で離脱したイール艦攻には損害がまったくなかった。


 帝国輸送艦隊の迎撃作戦は成功した。紛れもない勝利だが、俺個人としては、悔いの残る一戦となった。

 まあ、俺も損害なく戦争に勝てる思うほど楽観はしていないけどね。


 なお、アーリィーが指揮する第二航空戦隊は、帝国空中艦隊の増援を全艦撃沈。ベルさん、マルカスのドラケンⅡやイール攻撃機隊の猛攻による完全勝利だった。

 二航戦も作戦終了。トラブルもなく、アリエス浮遊島に帰還した。


 大帝国空軍は、多くの艦艇を失い、さらに増援と対空砲の部品を悉く失う大損害を受けたのだった。

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