第772話、スルペルサ空域航空戦


「東に行ったり、西に行ったり司令も大変ですね」


 ファントム・アンガー艦隊の旗艦シップコア『エメロード』は、穏やかな調子で俺に言った。


「大丈夫ですか? 今日は表情がいつもより怖いですよ?」

「そうかな?」


 シップコアから表情の指摘が入るのは、意外というか違和感だが。……まあ、旗艦コアのディアマンテもそうなのだが、人型になるとこうも人間らしく見えてくるのだから不思議なものだ。


「まあ、今回の帝国軍がね……」

「明らかに私たちを警戒していますからね」


 エメロードは心中を察したようなことを言う。作戦の説明は済んでいて、彼我の戦力についても承知しているからだが。


「ファントム・アンガーは、基本、航空艦隊ですからねぇ」


 緑髪の女性軍人型シップコアは、呑気な調子で告げた。

 今回、二隻の軽空母が合流したことで、ファントム・アンガー艦隊の空母は四隻となった。護衛艦艇は、ズィーゲン平原会戦で回収した帝国の改装艦を含め、Ⅰ型クルーザー二隻、揚陸型コルベット三隻、ゴーレムエスコート六隻の陣容だ。


 他に、遊撃航空戦隊として、中型空母三隻、ゴーレムエスコート四隻が作戦空域の近くを遊弋中。こちらはアーリィーが指揮官となり、近くにある大帝国の空中艦隊拠点スルペルサ軍港からの増援を見張っている。


 現在、俺が指揮するファントム・アンガー艦隊本隊は、旧連合国プロヴィア上空を航行中だった。大帝国本国からの輸送艦隊が目指している大軍港スルペルサの近くで、同艦隊を待ち伏せしているのである。


 現在の天候は曇り。もっとも空からだと太陽がはっきり見えるので晴れ、という印象が強い。

 分厚い雲が所々にあるが、西日に照らされて、まばゆく雲が輝いて見えた。大地に目をやれば、なだらかな緑色の丘陵がどこまでも続いていて、雲の陰と太陽の光のコントラストがよりはっきりと見えた。


「司令、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「何故、艦隊を分けられたのでしょうか? 遊撃航空戦隊と合同すれば、空母は七隻となります。今回の輸送艦隊に、その航空戦力をすべて向ければ、敵はひとたまりもありません」

「軽空母四隻の艦載機では不足していると?」

「そうは申しませんが。……ですが、敵には多数の航空ポッドがございます。これらがまとめて迎撃に出てきた場合、航空隊にも損害が出ると思われます」

「何せ三百機近い、航空ポッドを運んでいるからな……」


 俺の表情が怖い、と指摘されたのは、おそらくそれが顔に出たからだろう。


 敵輸送艦隊の陣容は、戦艦一隻、クルーザー六隻、コルベット十二隻を護衛に、輸送艦が十二隻となっている。

 これら輸送艦は物資を満載している他、うち六隻が特設の駐機甲板を輸送区画の上に張り、航空ポッドを搭載してきたのだ。一隻あたり四十八機、六隻で二八八機。他にも護衛の戦艦も航空ポッドを積んでいるので、ほぼ三百もの航空ポッドが敵にはあった。


 空戦能力はさほど高くないが、艦隊直掩に徹して対空砲代わりとなったら、その数と相まって厄介な存在になる。……まあ、敵さんにミサイルがあれば、であるが。


 帝国の航空ポッドの射程の外からミサイル攻撃をかける分には、さほど面倒はない。仮に、帝国がこちらのミサイルを撃墜できる能力があって、またミサイルで武装していたら、こっちもかなりの損害……どころか数によっては航空隊壊滅もあり得ただろうな。

 だが、今はその段階ではない。


「遊撃航空戦隊は、スルペルサ軍港からの増援に備えさせる」


 俺はきっぱりと告げた。


「輸送艦隊が攻撃を受けても、艦隊を送ってこないと確定した場合は、こちらに合流させるが、それまでは使わない」


 そう口にして、ふと、元の世界での戦史、ミッドウェー海戦を思い出した。

 日本海軍空母機動部隊と米海軍空母部隊の戦いは、日本機動部隊が戦力に勝りながら、不幸な偶然が重なった結果、奇跡の大敗を喫して、歴史にその名を残してしまった海戦だ。


 ミッドウェー島を叩くか、敵空母に備えるか。索敵の不運も手伝って、兵装の転換に手間取り、致命的な隙を見せてしまい、まさかの空母四隻の喪失。

 敵空母をミッドウェー島に誘い出すための作戦だった連合艦隊と、ミッドウェー島を占領して警戒拠点を確保しようという作戦の軍令部――現場の連合艦隊の思惑と、本土の軍令部の思惑の不一致が、二兎を追う者は一兎をも得ずの結果をもたらしたとも言える戦いだった。


 まあ、その連合艦隊も、囮攻撃と称して空母二隻を別方面に派遣したりと、戦力の集中に反した行いをしていたりするのだが。


 それを考えると、俺も戦力の分散をやらかしているか? いや、目的を徹底させているなら、問題はないはずだ。先のミッドウェーの例を言うなら、ひとつの艦隊が二兎を追ったのが原因だ。それぞれが目的を確実にこなすなら問題はないはずだ。


「司令?」


 エメロードが怪訝な目を向けてきた。俺が黙り込んでしまったからだろう。……作戦前に、不吉な想像をしてしまったものだ。


『索敵機より入電。敵輸送艦隊、作戦空域に侵入。輸送艦十二、戦艦一、巡洋艦六――』


 TR-3ドラゴンフライ偵察機からの報告が届く。いよいよ、作戦開始だ。

 ドラゴンフライ艦上偵察機は、傭兵航空団ほか、空母や航空巡洋艦用の偵察機である。尻尾のような形状の索敵用センサーを搭載し、どことなくマンタのような形をしている。なお狭い空母への格納を考慮し、主翼と索敵尾は折りたためるように作られている。


「エメロード、第一次攻撃隊、発艦だ」

「畏まりました」


 第一次攻撃隊、発艦――シップコアの指令は、ただちに軽空母四隻に伝わった。横列に展開した四隻から、TS-5ストームダガー、TA-2タロン、TH-2イール攻撃機が次々に飛び立った。


 敵航空ポッドの数が多いから、こちらも戦闘機を多めに積んできた。第一次攻撃隊は戦闘機四〇機、艦爆二十四機、艦攻三十二機で編成される。


 さて、帝国さんは、どう出るか。奴らも今回ばかりは一方的にやられるだけではなく、一矢を報いてくるだろう。

 どの程度の損害を与えてくるのか――俺は、シェイプシフターパイロットたちの犠牲を前提に、大帝国の能力を見定めようとしていた。



  ・  ・  ・



 第一次攻撃隊は、偵察機の誘導を受けて、敵輸送艦隊を捕捉した。

 だが大帝国軍も、幾度も俺たちに煮え湯を飲まされてきただけあって、その反応は素早かった。


 優秀な魔術師の魔力サーチの結果か、敵はこちらの攻撃隊の接近を早期に掴み、輸送艦三隻から約百四十機の航空ポッドを出して、母艦の周囲に展開させた。


 これが迎撃に向かってきたなら、攻撃隊にとっては厄介なのだが、空中機動では航空機に劣るポッドでは、待ち受けるのが基本戦術となる。

 その結果、ファントム・アンガー航空隊の先制攻撃を受けることになる。


 制空隊であるストームダガーが、空対空ミサイルを航空ポッドの遥か彼方から発射。ミサイル警報装置などない航空ポッドは、急接近するミサイルを避ける間もなく爆発四散。初弾の一撃で四〇機が破壊され、続いて放たれた二弾目で、さらに三十六機が撃破された。


 十秒と経たずに半数が撃墜され、残ったポッド群にストームダガー隊はプラズマ砲を撃ちまくりながら突撃した。

 また、イール攻撃機隊も、抱えてきたASM-3大型対艦ミサイルを、帝国艦へと発射した。

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