第771話、次の作戦までに


 MMB-5は、例のモンスター生成器だった。内蔵された魔石の魔力が尽きるまで、登録された魔獣を吐き出し続ける魔法具であり、一度起動させると止まらない。


 ……と、説明書には書いてあった。前線に配備された時に使用の際の注意としてコンテナに同梱されていた。

 起動させると壊すか、魔力が切れるまで止まらない、とは、面倒だな。

 俺は、ベルさんと顔を見合わせた。


「去年の蟻亜人どもは二十一万いたんだろ? いったい何個この箱があったんだ?」

「規模から察するに十箱以上はあったんじゃないかな」


 それでも数千体も吐き出したことになる。消費魔力は生成するモンスターの大きさや能力にも影響するが、数千の時点で、疑似ダンジョンスタンピード発生器とはよく言ったものだ。


 マカーンタ軍港の空襲はシャドウ・フリートの勝利に終わり、帝国海軍第一艦隊の母港は壊滅。東方遠征艦隊として集結していた艦隊ももれなく撃沈破。ニーヴァランカへの援軍配備計画は、白紙となった。


「だが、予想はしていたが、MMB-5……恐ろしい兵器だ。これがもし連合国戦線や西方戦線で使われたら――」

「せっかく大人しくなってきた帝国野郎どもが息を吹き返すな、くそめ」


 ベルさんが汚い言葉を吐いた。ファントム・アンガー、シャドウ・フリートは、大帝国の前線部隊や拠点に打撃を与えてきたが、それをまた一からやり直しにするような事態になりつつあるのだ。


「やる気を出し始めた連合国がまた引っ込むのは勘弁してほしい」


 それこそ、これまでの行動が無意味なものになってしまう。


「海上ルートは潰した。次は空中輸送ルートか」

「大帝国の連中、次は是が非でも成功させようとするだろうな」


 ベルさんの言葉に、俺も頷いた。

 空中艦隊には対空砲の部品、陸軍にはMMB-5。これらが前線に届けば、大帝国軍東方方面軍は息を吹き返す。我々がそれを断固阻止したいように、向こうは絶対に輸送作戦を成し遂げるつもりだろう。


「第一段階成功のための、正念場というやつだな」


 ファントム・アンガー艦隊に加え、遊撃航空戦隊である第二航空戦隊の中型空母三隻と、その護衛のゴーレムエスコートも増援として参加させる。


 SS諜報部は情報収集に余念がなく、大帝国はこちらの襲撃を警戒して、護衛戦力を増強しているのを確認した。


 また、射程の伸びた新式魔弾杖を装備した魔術師部隊も、対空要員として派遣するという。新式杖は、先日のマカーンタ軍港空襲で迎撃に出てきたワイバーンライダー用の武装として作られていたらしいが、それを転用したらしい。

 なりふり構わず、と言ったところだな。さらに帝国の誇る魔器使いもくるらしい。


 ……こりゃ、航空機も油断するとやられるな。


 魔術師にしろ魔器にしろ、数が限られているから倒せば相応のダメージを与えることはできる。誰でも使える対空砲の部品もろとも、沈めてやろう。


 大帝国本国から輸送艦隊が出て、東方戦線に到着するまでまだ数日の余裕がある。そのあいだに準備を整えよう。ポータルゲートが使えるこちらは、先回りするために部隊を急いで動かす必要がない。後出しジャンケンで十分対応できるのだ。



  ・  ・  ・



 アリエス浮遊島、キャスリング基地工廠はフル稼働中だった。

 鹵獲ろかくした帝国輸送艦の軽空母への改装。ファントム・アンガー艦隊へ回す都合上、リヴェンジ級同様、最低限の改装で実戦配備を目指す。

 本音をいえば、船体を大延長したレントゥス級中型空母並みの艦艇が欲しかったんだけどね。


 これと並行して、エルフの里からの注文を受けていたエルフ艦艇の設計、建造も行う。南方配備予定だった青の艦隊用空母を、今回のファントム・アンガー艦隊の作戦に回す都合上、エルフの里が襲われた場合、援軍戦力に乏しいので自力である程度凌げるよう、早期の配備を目指すのだ。


 SS諜報部によると、大帝国軍の南方方面軍に活発な動きは見られないという。しかし、エルフのカレン女王が未来視を見たのだ。それは必ず起きる。であるなら、敵の動きの兆候を掴んでからでは遅い。


 そのエルフ艦艇だが、エルフたちの求める優雅さを盛り込んだデザインとしなければならない。エルフ的優雅さって何だ? まあ、無骨一辺倒では駄目ということなんだろうな。俺ってどっちかっていうと道具はシンプルなほうがいいと思ってるから、案外相性はよくないかもしれないな。

 あれだ、それっぽく飾り立てればいいだろう。


 エルフの浮遊船は帆船スタイルなのだが、浮遊翼が翼のようで、中々ファンタジーなスタイルなんだよね……。


 ノルテ海用の水上艦艇の設計と建造で、一から魔力生成で軍艦を作るノウハウは習得済。これがノルテ海艦隊より先にきていたら、四苦八苦していただろうなぁ……。


 大丈夫、全長二百メートル超えの戦艦だって、今なら作れちゃうよ! 内部はかなり簡略化しているし、魔力資源も相当消費するけどな!


 とはいえ、エルフに戦艦を作ってあげる約束はしていないし、言われてもないので比較的小型――それでも帝国のコルベットやクルーザーに対抗できる艦を建造する。

 侵略軍ではなく、防衛軍であるエルフである。


 主力となるコルベット、もといフリゲートは、エルフの浮遊船の船体をベースにする。

 全長六十メートル。三本のマストを持っているこの浮遊船であるが、前部のマストを撤去し、そこにプラズマカノン砲塔を上下に二基搭載。中央マストの部分に航空艦型の艦橋を設置し、中央マストは見張塔、魔力式通信、索敵機器を乗せる。後部のマストも通信や信号灯を乗せ、帆船の特徴たる帆は完全に撤去される形だ。


 ……船体こそ元の浮遊船だが、近代軍艦のような主砲や艦橋に変えると、まったく印象が変わるんだな。どうあっても無骨。俺としては、結構好みではあるんだが……。


 ということで、王族的美的感覚に頼り、アーリィー先生に細かな装飾的意匠をご教授いただいた。


「でも意外だな。ジンがカレン女王に見せていた魔人機なんて、聖騎士っぽく描けていたのに」


 アーリィーに不思議がられた。いや、元の世界じゃ、ファンタジー騎士っぽいロボットとかメカ画があったから、俺はそれを思い出して描いただけだからね。

 ただ近代軍艦だと、そういう見た目のものってほぼないからさ。


 その代わり、旧海軍の戦艦とかなら描けるぞ。大和や武蔵、第二次大戦に参戦した戦艦十二隻とか。最近だと扶桑型とか――


 さて、アーリィーに細かな外観の修正をお願いしつつ、エルフ小型艦を設計。フリゲートより小さいのでこちらをコルベットとする。


 エルフのアエウボートより大きく、ノルテ海艦隊のネーベル級哨戒艇からシズネ級ミサイル艇くらいまでの範囲の大きさにしよう。小型快速で、フリゲートの支援ができるやつだ。

 こちらはアエウボートをより扱いやすく、戦闘向きの改装するような形でいいだろう。視界の妨げになる帆は撤去。操縦する艦橋は艦首につけてやる。主砲はテラ・フィデリティアのプラズマカノンでは一番小さい57ミリ砲を積んで――


 とかエルフ用の艦を用意しつつ、ヴェリラルド王国配備の陸上駆逐艦や城壁艦も作っているのだから、そりゃ工廠も大忙しである。

 大体決めたら、あとはディアマンテ・コアやアグアマリナ・コアにお任せだ。


 さて、そうこうしているうちに、ファントム・アンガーに新たに軽空母『ビンディケーター』、『イントルーダー』が間に合い、魔力生成による艦載機とシェイプシフターパイロットを補充して艦隊に合流。

 アリエス浮遊島から出撃したファントム・アンガー艦隊は、大帝国本国を出た輸送艦隊に対する襲撃作戦を実行に移すのだった。

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