第770話、ソニックセイバーズ


 マカーンタ軍港は大混乱に陥っていた。軍港にいた帝国の兵たちは、初の空襲に衝撃を受け、命令や指示が錯綜さくそうした。


 停泊している艦船は、避難しようと出航の準備にかかるが、動き出す前にシャドウ・フリートの航空隊の攻撃を受け、次々に大破炎上、もしくは船体断裂による浸水で着底したりしていた。


 輸送艦『プライム号』もまた、緊急出航の準備にかかった。現在、大帝国海軍の輸送艦の中でも、レシプロ機関を搭載した最新型で、従来の帆船型に比べ、大きく、また積載量も増している。


 だが、そんなプライム号とて、空襲の前ではひとたまりもない。何故なら、東方遠征艦隊で、共に行くはずだった同型艦がすでに炎上していたからだ。


 攻撃を受けなかったのはたまたまだ。神のご加護があったのだろう。プライム号の乗員たちは思った。あるいは、近場で燃えている船の煙が、敵からプライム号を隠したのかもしれない。


 だが彼らはすぐに、加護など存在しなかったことを思い知ることになる。


 海中から突如、人型の大鎧――いや、魔人機を小型にしたようなモノが飛び出し、甲板に着地したのだ。曲線が多用されたシルエットのそれは、手にした武器――マギアカービンライフルを発砲。船員たちを、次々に肉片へと変えていったのである。


 パワードスーツ『ウンディーネ』――水の精霊の名を冠した漆黒の戦闘機械は、たちまち甲板を制圧。胴体に仕込まれた小型拡散マギアカノーネをプライム号の艦橋に叩き込み吹き飛ばした。

 リアナは、ウンディーネの開閉スイッチを押し、パワードスーツから降りる態勢をとる。


「3、4は輸送艦の外を警戒。2、わたしと来い」

『了解、リーダー』


 僚機のパワードスーツから、漆黒のライトスーツをまとう女性型シェイプシフター兵が降りる。フルフェイス型ヘルメットを被っているので素顔は見えないが、シェイプシフターなのだから影響はない。


 リアナは愛機をゴーレムコアに任せて、サプレッサー付きハンドガンを手に、輸送艦の内部へと侵入した。セイバー2のコードが与えられている僚機、個体名ライザが、リアナのバックアップに付く。


 ちなみに彼女たちが表に置いてきたウンディーネは、ゴーレムコアが制御し、船の甲板から周囲を警戒、退路を確保している。


 ドタドタと足音が聞こえる。外は沈黙させたが、船の中にいた者は別だ。だがこの手の潜入工作に慣れているリアナは足音を忍ばせながら通路を進む。SS諜報部が仕入れたプライム号の船内図は、頭の中に叩き込んである。


 敵兵がその視界に入った次の瞬間には、リアナの放った銃弾が脳天を貫き、倒している。


 そして船倉の入り口に到着。戦地への物資が山ほど詰まれている中、作業員がそれぞれ手を動かしていた。外の戦闘を受けて、固定されていない物資の固定と確認作業だろう。下士官と思われる兵士が、作業を急げと怒鳴っているのが聞こえた。


「ライザ」


 リアナは、ハンドシグナルで、左の敵から撃てと合図する。彼女は特殊仕様のTM-2カービンライフルを携帯している。当然の如く、消音器付きだ。リアナは、ハンドガンの弾倉を入れ替えると、船倉に突入した。


 ライトスーツが身につけている者の身体能力を強化する。さらにリーパー中隊用に足音防止の消音機能までついているとなると、どうなるか? 答えは簡単。音もなく弾丸のように駆けたリアナは、バイブロナイフとハンドガンで、船員や兵士たちに肉薄して、殺害して回った。


 悲鳴を上げる間もなく、倒れた音のみが船倉に響くが、外から聞こえる爆発音や衝撃音、何より作業に注力していた者たちは、それに気づけなかった。よしんば気づいて振り返ったところで、見える範囲にいたはずの者がいないと認識した次の瞬間には影のように人型が眼前に迫り、それが最期の景色となった。


「クリア」

『クリア』


 リアナに続き、ライザも受け持ち分の敵兵を抹殺し終えた。後は、目的のブツ――MMB-5を回収するだけだ。ブリーフィングでSS諜報部から説明されたMMB-5の収納されたケースを思い出し、船倉内を進む。


『リーダー、ありました』


 ライザが報告を寄越す。そちらに向かえば、魔法軍特殊開発団の紋章が刻印された金属製の箱があった。高さ一メートル、縦横もほぼ同寸法。それが五個。

 この手のコンテナは船内の通路を通れないので、搬入は船倉の天井を開いて、そこから出し入れする。


「セイバー1よりディーネ1、目標を発見。船倉の搬入口を開いて」


 魔力通信機で、甲板上で警戒しているウンディーネを呼び出す。パワードスーツのゴーレムコアが『了解』と応じ、間もなく天井が開いた。暗かった船倉が外からの光を浴びる。

 ウンディーネが一機、船倉に降りてきた。そのままリアナとライザが見張っているコンテナに歩み寄ると、そのうちの一つに接着魔法付きの取っ手を設置する。残りは後でまとめて処分する。


 ここからは力技。確保した一つをパワードスーツで運ぶ。ライトスーツでも一応二人掛かりなら持てるのだが、それでは戦闘に巻き込まれたらおしまいだ。


 リアナは愛機であるディーネ1に搭乗する。取っ手を保持し、コンテナに接着しているのを確認。ブースターを噴かし、ウンディーネは甲板へと飛び上がる。


 その間、ライザは船倉に留まり、隊長機を援護。船外に出たのを確認すると、ライトスーツの跳躍機能を使って、天井の搬入口へ大ジャンプ。自身も脱出した。


「オールユニット、こちらセイバー1。目標を確保。繰り返す、目標を確保。これより軍港より退避する」


 リアナは、マカーンタ軍港の空襲に参加した各部隊、全員への報告を入れる。これにより、敵を攻撃し、その注意を引きつけている航空隊や魔人機部隊は、リアナたち特務小隊の離脱を援護したり、自分たちの退却行動へと移行する。


「セイバー3、4。報告」

『セイバー3。輸送艦に近づく敵兵を排除。魔術師と思われる数名、改造魔獣を確認。損害なし』

『セイバー4。同じく改造兵を排除。黒鉄型ゴーレム撃破』


 セイバー3、リサ。セイバー4、リリーからの報告。リアナは、この世界に召喚される前に戻ったような感覚をおぼえ、胸の奥がチクリと痛んだ。自分でもどうして痛みを感じたのかわからなかったが。


「セイバー各機、撤収する」

『了解!』


 コンテナを確保したリアナのウンディーネは、プライム号の甲板からそっと飛び降りる。中の物資に衝撃を与えないようにするためだ。

 一応、起動には特殊な魔法式が必要という説明を受けているが、何か弾みで動き出したり、壊れてはたまらない。

 セイバー2と4が、プライム号に爆弾を仕掛けて、積み荷もろとも吹き飛ばす。


 リアナ機は、コンテナを持ち、浅い海面をハイドロブレードによる水流噴進で港外へと移動する。三機のウンディーネが警戒と護衛。このまま、母艦である『ヴァンガード』まで帰還する。



  ・  ・  ・



 リーパー中隊特務小隊こと、ソニックセイバーズは任務を果たした。

 シャドウ・フリートの旗艦『キアルヴァル』で報告を受けた俺は、シップコア『エスメラルダ』に告げた。


「作戦終了、全機に帰投命令。艦載機を収容後、擬装煙を展開しつつ、戦域より離脱する」


 エスメラルダが復唱、指示を飛ばす中、俺は司令官席に身体を預ける。

 さすが、リアナ。きっちり任務をこなしてくれた。航空隊も艦隊も、地上部隊も問題なく作戦を遂行。俺の出る幕はなかった。……まあ、俺が出張る時は、大抵ヤバイ時なんだけどな。


 後は、皆が無事に帰ってくればいい。前線で戦っている者たちが戦死するかもしれない、という恐怖は、旗艦の艦上にあっても拭えないのだから。

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