第769話、マカーンタ軍港空襲
北海の水は冷たい。
その海中を、万能巡洋艦『ヴァンガード』が潜航、大帝国のマカーンタ軍港へと接近していた。
この潜水艦としても使える万能艦は、強襲揚陸艦の能力を持っている。少数ながら航空機や戦車、魔人機などの装甲兵器が運用可能だ。
揚陸巡洋艦の『ペガサス』と比べると、航行能力、火力、装甲で勝るが、艦載機の搭載量で負けている。
この艦の艦長は、アンバル型シップコア『アンブラ』が務める。アリエス浮遊島に保管されていたシップコアに新たに能力を付加された個体だ。戦闘については、データとして記録しているものの、実戦経験はウィリディス艦隊で行動、参加したのみである。
もっとも、そんなルーキーコアであろうとも、作戦をこなしてくれれば問題ない、とリーパー中隊を預かる、リアナ・フォスターは思う。
ウィリディス軍特殊作戦部隊『リーパー中隊』。その人型兵器を運用する特務小隊が、今回の作戦に投入される。
マカーンタ軍港に停泊する帝国の海上輸送艦『プライム号』に侵入。輸送物資MMB-5を回収する。
特務小隊は、メインとなる四機の魔人機ないしパワードスーツと、二機の援護機で編成される。小隊を率いるリアナ以外は、全員シェイプシフター特務兵で構成される。
今回はメインの四機のみが参加する。
『「アンブラ」より、特務小隊へ。本艦は間もなく待機地点に到達。発進準備願います』
「こちらセイバー、了解。……セイバー1より各機、最終確認」
『セイバー2、準備完了』
『セイバー3、完了』
『セイバー4、異常なし』
無機的な女性ボイスがそれぞれ返ってくる。機械的であり、人間らしさが薄いが別に任務に不満があるわけではなく、これが『普通』なので、リアナは気にしなかった。
今回、侵入に使用されるのは、TPS-4ウンディーネ。水陸両用型パワードスーツ、その特務小隊仕様である。
本来、ウンディーネは水の魔法金属による緑系統のカラーなのだが、これを黒く塗り替えたのが特務小隊仕様だ。改良されたカモフラージュ・コートにより、さらに隠密性が高められている。
すでにライトスーツをまとい、パワードスーツに収まっている隊員たち。間もなく、水中発進のため、ウンディーネが収まった収納庫に海水が注水された。
やがて、出撃地点に到着。アンブラから『特務小隊、発進』の指示が届いた。
発進口が開き、すでに水で満たされていたから海水が流れてくることもなく、ウンディーネ各機は、武器兼水中推進機である背中のハイドロブレードから水流を噴射させ、『ヴァンガード』から発進した。
暗い海。底が見えないほどの闇は、リアナに宇宙を思い起こさせた。
――懐かしい……。
心の中で思う。この世界に召喚される前、リアナら強化人間は、少数精鋭部隊に配属され、幾多の戦場を渡り歩いた。
あの頃は、一分隊員で指揮官ではなかった。正直に言って、自分が指揮官向きではないという自覚がリアナにはあった。ただ一兵士として、機械のように敵を撃つ、それだけで十分だったのだ。
それが今では軍事顧問にして、特殊部隊を率いる立場にある。過酷な秘密作戦に従事する上で、死のリスクは高い。いつ隊員の誰が死んでも作戦をこなせるように、指揮も含めてあらゆるスキルを叩き込まれた。それがいざ自分が指揮官になった時、活かされている格好だ。
『わたしたちは機械であり、バケモノだ』
そう自嘲した隊員がいたが、リアナ自身は、それに特に思うところはなかった。軍で作られたFシリーズ・クローンの一体。フォスターという名前も、単にFの当て字に過ぎない。
強化され、戦って、そして死ぬ。わかりきった人生だ。結局、そういう生き方しか知らないし、知る気もないから、こうして戦場にいるのだ。
そして今、リアナに付き従うのは、シェイプシフター――人間ではない、姿を変えるという意味では本当のバケモノ。
下手な人間よりも同類意識がある。リアナは、これまで自分を人間にカテゴライズしたことは一度もない。戦うために作られた人の姿をした戦闘マシーン、それが彼女だ。
・ ・ ・
飛竜は小回りが利く。だが速度では断然、航空機に軍配が上がる。
ストームダガーの一撃離脱は、灰色の鱗のワイバーンを叩き落とす。だが後方から迫るストームダガーに気づいた騎兵が命令すれば、飛竜も急角度の旋回で光弾を避ける。
戦闘機には不可能なターン。しかしそれによってワイバーンもまた、運動エネルギーを失い、失速寸前の速度に落ちる。だから――。
「その手の急回避は乱発できないんだ!」
マルカスのゴースト戦闘攻撃機が、低高度を這うようにして運動エネルギーを回復させようとするワイバーンに迫り、機首のプラズマカノンを叩き込む。逃げようとすれば海面にぶつかるしかない飛竜にこれをかわす術はなく、胴を撃ち抜かれ墜落した。
海面に叩きつけられる飛竜。跳ね飛ばされた騎兵が、激しく海の上をバウンドするように跳ねた。おそらく最初の衝突で骨は折れ、ほぼ命はなかっただろう。
空を飛ぶ生き物は自由に見えて、いざ飛んでみると思うほど自由ではなくて。激しい機動には、それなりの代価が必要で。
ワイバーンライダーは搭乗している騎兵が、槍や杖といった武器から魔弾を放ってくる。だがその速射性や威力については、戦闘機を脅かすほどではない。当たれば、もしかしたら打撃を与えられるかもしれないが、まず当たらないのではどうしようもない。
複数機による連続攻撃。これがワイバーンライダーに有効だと、マルカスは確信を深める。単機では攻撃をはずした時に、敵に隙を見せる格好になるが、僚機がいる場合、その隙を埋める形で敵に攻撃するため、はずした場合のリスクを最小にしながら、敵を確実に仕留めることができる。……今後、大帝国が戦闘機を実用化してきても、それは変わらないだろう。
軍港上空を旋回しつつ、マルカスは眼下を見やる。港内では、火を吹き、船体の半分以上を沈めた帝国艦の姿が、至る所にあった。横倒しになった艦や吹き飛んだ倉庫。いくつもの黒煙が立ち上り、その視界を遮りつつある。
ワイバーンの巣である飛竜母艦も、艦全体が炎上しており、離発着機能を喪失していた。
制空権は、ウィリディス、いやシャドウ・フリートにあり。
マカーンタ軍港の西側には、新たな火花が見える。強襲揚陸艦『グローリアス』から発進したシャドウ・フリート仕様の魔人機、カリッグ改が、施設を攻撃しながら敵地上兵力の目を引きつけているのだ。
連合国戦線では赤、大帝国では黒。何とも忙しいことだ。マルカスは僚機と共に降下する。対地上用のミサイルは撃ち尽くしたが、ゴースト戦闘攻撃機には強力なプラズマカノンが一門装備されている。機関砲による掃射もできるし、空の敵がいないとはいえ、まだまだやれることはあるのだ。
ちょうど同じ頃、軍港内でも新たな動きがあった。
リーパー中隊特務小隊が、海中より侵入。行動を開始したのだ。
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