第767話、移送物MMB-5


 大帝国本国ブロシワ空中艦用軍港から、西方方面軍行きの輸送船団が飛び立つ。


 輸送艦五隻、コルベット五隻の艦隊だ。


 ここ二カ月、帝国本国と前線へと向かう輸送艦が行方不明となる事件がすでに十件ほど発生している。

 先月の開戦以後、より活発に活動し始めた反乱者勢力による襲撃だと認知されるようになったのは、実はつい最近だったりする。


 大帝国軍の保有する施設や拠点に対する奇襲攻撃。輸送艦行方不明事件や哨戒部隊の壊滅事件も、その反乱者たちが使用する艦艇が、大帝国の艦艇の改造であることが目撃者の報告でわかったからだ。


 行方不明になった艦艇は、反乱者たちによって奪われて使われている――大帝国本国軍はそう判断した。

 彼らが何故か、航空機を運用し、さらに奪った艦艇を、元の艦より強化しているのが謎であったが、参謀本部は異世界から召喚した者で脱走した者が反乱者に協力しているのではないか、という説を立てた。


 本当のところはわからないことだらけだが、大帝国でも反乱者撃滅のために行動し、その敵の兵器に対する研究などが行われている。


 しかし、それは一朝一夕にできるものでもない。しかし何もしないわけにもいかない。

 だから輸送艦を使った輸送も、単艦ではなく複数で、さらに護衛をつけて送り出すという方式を採った。

 ちっぽけな反乱組織であれば、手が出せなくなる――はずなのだが、残念ながら反乱者艦隊――シャドウ・フリートを相手にするには、不十分であった。


『警報! 正体不明の飛行物体、多数接近!』


 見張員の報告に、護衛コルベット隊の司令は怒鳴った。


「全艦、戦闘配置ーっ!」


 それを言い終わらないうちに、激しい爆発音が窓の外に響いた。

 雨雲が立ちこめる空は暗く、本来の日の入りより早く闇が訪れるだろう。その薄暗さを切り裂くような瞬きは、僚艦の爆発。


「くそっ! もう攻撃を受けているではないかっ! 見張りは何をしていた!?」


 コルベット艦長が窓へと張り付いたその時、真っ直ぐ飛翔する点が見えた。そしてそれが艦長の見た最期の光景となる。

 飛び込んだミサイルが艦橋を粉砕し、艦長もろとも艦橋のクルーを跡形もなく吹き飛ばしたのだ。


 司令塔を失い、コルベットは項垂れるように高度を落としていく。

 輸送艦は、個々に艦首を振り、高度を下げたり、引き返そうとする。護衛艦が対飛竜用速射砲で応戦するが、飛行物体――シャドウ・フリートのTF-4ゴースト戦闘攻撃機には、かすりもしない。


 ゴーストはミサイルや機首のプラズマカノンをコルベットに撃ち込み、その抵抗力を奪っていく。


 やがて、護衛のコルベットを排除した航空隊は、次に逃走する輸送艦に矛を向ける。

 ヴァイパー揚陸艇が、抱えていたポータルポッドを輸送艦にぶち当てる。中からシェイプシフター強襲兵が飛び出し、たちまち輸送艦の内部を制圧していく。


 さながら毒に全身を蝕まれるが如く、帝国輸送艦はシェイプシフターたちによって制圧、拿捕されるのだった。



  ・  ・  ・



 シャドウ・フリートが鹵獲した帝国輸送艦が、ポータルゲートを通って、アリエス浮遊島へとやってきた。


 戦果は上々。俺もご機嫌である。要塞艦や、エルフ向け軽空母の素材を確保である。ついでに輸送中の物資も手に入った。帝国製の武器や装備、補充用の戦車、ゴーレム、魔人機などなど。……まさに大収穫である。


 一方、これらの品の届け先である西方方面軍は、シャマリラ制圧で消耗した物資の補充が大幅に遅れ、以後の行動にも少なからず影響が出るだろう。特に機械兵器類は、本国からの補給がすべてだからな。


 さて、鹵獲艦の改装工事を、ディアマンテ以下、コア群とディーシーにお願いし、作業に移ってもらう中、俺はSS諜報部からの定例報告を受けていた。


「連合国戦線では、現在ウーラムゴリサ、ネーヴォアドリスの大帝国軍は集結を図っており、態勢を整えつつあります」


 シェイプシフターの杖にして、漆黒の魔女の姿をとるスフェラが報告した。


「ニーヴァランカの大帝国軍は、ファントム・アンガー艦隊の作戦により壊滅的損害を被り、以後、本国からの増援がなければ攻勢に出るのは不可能です」


 ベルさんが口を開いた。


「先日、オレ様たちがその主力を叩いてやったからな」


 俺がトキトモ領の防備強化に飛び回っていた時の作戦だな。陸空同時攻撃によって、連合国北方に展開する大帝国軍は、もはや風前の灯火である。


「これで、ニーヴァランカ軍が進撃してくれれば、万々歳なんだがな」

「潜入中のSS工作員が、すでにニーヴァランカの前線展開している軍に、帝国軍の弱体化を報せています。彼らに国土防衛の意思があるならば、必ずや行動するでしょう」

「そう願いたいね」


 スフェラは手元の資料に目を落とす。


「大帝国の空中艦隊、第一、第二艦隊は、旧連合国プロヴィアに後退中。対空砲の部品が到着するのを待っているようです」

「本国に帰らないんだな」


 俺が言えば、航空戦隊司令を務めることが多いアーリィーが挙手した。


「その対空砲の部品って、いつ頃、プロヴィアに届くのかな?」

「現在、その第一陣を乗せた船団を準備している段階です。対空砲の準備は彼らにとっては最重要事項となっており、その輸送は地上ではなく空で運びます」

「当然、俺たちが、その輸送船団を襲撃して、部品の到着を阻む」


 そうすれば、プロヴィアに待機中の帝国艦隊は前線に出ることもなく、無駄な時間を過ごすことになる。現地で対空砲の部品を生産できるようになれば話は変わってくるが。


「帝国も、こちらの妨害を予想し、船団の護衛を強化しております。対空砲はありませんが、増産された航空ポッドを満載し、こちらの航空機に備えています」

「かなり熱を入れているな」


 俺は苦笑する。


「しかし、対空砲とは言うが、重要なのは射撃システムだ。いかに速射性能、追従性を上げても、当たらなければ意味がない」

「現在のところ、まだ射手による直接照準が主ですね。ただ、射撃管制装置は開発が急ピッチで進んでおり、それらが合わせれば脅威となるでしょう」

「そうなると、厄介だな」


 頷く俺に、アーリィーも同意するように首肯した。


「でもしばらくは、大丈夫かな?」

「はい。……それと大帝国軍の新たな作戦を掴みました。スタンピード・プラン――作戦の詳細は調査中ですが、その作戦の要として『MMB-5』と呼称する物資が前線へと運ばれる予定です」

「スタンピード?」


 ベルさんが鼻で笑った。


「またぞろ、あれじゃないか? モンスターを無限湧きさせる箱みたいなやつ」


 昨年、ケーニゲン領に押し寄せた蟻亜人の大群。さらにアリエス浮遊島を奪回する際に帝国が置き土産とばかりに出現させた異形魔獣……。まるでダンジョン・スタンピードのように大量のモンスターを吐き出す。


「名前で推測できちゃったな」


 まあ、それが正しいかどうかは、調べてみるまではわからないが。


「そのMMB-5は奪取できるものかな?」

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