第765話、技術提供の問題


 エルフのカレン女王から俺への相談とは、エルフの里防衛のための軍拡だった。


「大帝国が脅威を増す中、我らエルフも、独自に偵察や諜報活動をおこないました」


 背筋を伸ばしたカレン女王は語る。凛とした佇まいは、絹のように滑らかな金色の髪と相まって、女神の如く神々しい。


「強力なゴーレムに戦車という地上軍。さらに世界樹をも上回る高さを飛べる空中艦。里に攻めてきた場合、とても対抗できずに我らは滅ぼされてしまうでしょう」


 でしょうね。俺は沈黙で答える。エルフに乞われて遺産として発掘された空中船に手を加えたり指導をしたりしたが、大帝国の軍備には歯がたたないことはわかりきっていた。


「本来、我々エルフは、里の外への介入を好まず、また外部からの侵入を拒んでまいりました。もちろん個人レベルで外部とお付き合いをすることもございますし、小さなところでは交易もしております」


 カレン女王の瞳が俺を見つめた。


「しかし、今や我らだけの力では里を守れないところまで状況は悪化しています。ディグラートル大帝国は、亜人やその他種族の排斥主義を標榜しており、遅かれ早かれ、我らエルフも滅ぼされてしまうでしょう。そうなる前に、我々には力が必要なのです」


 座して死を待つをよしとせず、か。生物としては正しい。


「それで、私を頼って?」

「その通りです。青肌のダークエルフとの戦いで、ジン様の率いるウィリディスの方々に里は救われました。その時、貴方方が保有していた兵器――大帝国の軍事力に対抗するにはそれしかないとわたくしたちは考えます」

「なるほど」


 戦闘機、魔石銃、戦闘用ゴーレムだったかな、俺がエルフたちに見せたのは。……そうだよな。目の前の脅威に備えるため、必要なら何でもするのが、国を守る者にとって自然なことだ。


「私たちウィリディス軍は、有事の際、エルフを救援すると約束しております」

「はい。わたくしたちエルフの避難民をウィリディスで受け入れるという約束。同時にヴェリラルド王国も非常時には、我らエルフが亡命を受け入れるという、相互の保障条約ですね」

「その条約に従うなら、私はエルフの要請について前向きに考えなくていけませんね」


 まあ、それでお伺いを立てる使者を女王自ら行うというのは、俺を完全に殺しにきていると思う。女性のお願いは聞いてあげる主義である。

 仮に、それがなくても、エルフの一番偉い人がわざわざ足を運んできたのだ。無碍になどできるわけがない。


 エルフ側の要請は軍事力。すなわち、エルフ独自の軍備を、大帝国に対抗できるレベルにまで引き上げることにある。


「具体的には、何が欲しいのでしょうか?」

「里で戦う地上戦力の強化。……セイランでしたか? 戦闘用ゴーレムの製造、そして大帝国の空中艦に対抗できるエルフ空中艦隊の建造――それらを依頼したく思っております」


 エルフの空中艦隊! ……まあ、仮想敵が持っているのだ。そりゃ防衛のためにも艦隊は必要だろう。


「軍艦とゴーレムの製造、いわゆる発注ですね」

「そうですね。もちろん、我々エルフは、それらの品に対して対価を支払います」


 自国で作れないから他国にお金を払って作ってもらう。俺のいた世界でも、そういうのがあったな。かつての日本も、独自に軍艦を作るノウハウを得るまで、列強国に主力艦を発注して、それを国防に当てていた。


 これはビジネスの話だな。国を通さず、会社が他国からの注文を受けて作る、という類いの。


 女王はともかく、あのエルフが人間に兵器を売ってくれというのは、かなりの事だ。滅多にないことどころか、このレベルの外部との取引は前代未聞ではないか。それがよりにもよって俺のところとか……恐縮であります。


 とはいえ、ウィリディスの兵器について、他国への流入をヴェリラルド王国、すなわちエマン王がすんなり頷くとは思えない。エルフとは友好関係を結んではいるから、条件次第では説得もできるだろうが……。勝手にやると、ストップかかって面倒そう。


「エマン王に話を通す必要がありますね」

「……許可はいただけると思いますか、ジン様?」


 気がかりを口にするカレン女王。エルフにとって、それが一番の懸念材料だろう。


「これはビジネスの話ですから、それなりの対価をお支払いいただけるなら、王陛下もご了承いただけると思います」


 もちろん、エマン王にとっては王国防衛が第一だから、それに影響が出ない範囲で、ということになる。


「ウィリディスの建造施設をフルに活用すれば、通常よりも遥かに早く艦艇や兵器をご用意できます。ただ、それには大量の魔力が必要。エルフの里には、それら魔力を提供いただく、これが最低条件です。それ以外の条件については、エマン王を交えて、ご相談ということになりましょう」


 特に、ウィリディス側の、より正確にはテラ・フィデリティアのプラズマカノンやミサイル類の技術を、エルフ側に出していいものかどうか。

 これについては、エマン王の指示を仰ぐ必要がある。これがないと、いかにこちらで艦艇を建造しようとも、大帝国の数には対抗しきれないから、より重要な案件となる。


「……何やら、面白そうな話をしておるな」


 ふっと声がわいてきた。噂をすれば本人のご登場だ。エマン王がウィリディス食堂のテラス席に現れた。……前にもこんなことがあったような。


「女王陛下が来られていると聞いては、挨拶しないわけにもいきますまい」

「ご無沙汰しております、エマン王陛下」


 カレン女王が席を立ち優雅な一礼をとった。エマン王もそれに答えた後、再び席で非公式会談となった。

 エルフ側がウィリディス製軍備を求めていること、それを聞いたエマン王は俺を見る。


「ジン、少し話をしよう」


 カレン女王に少し席を外す、と告げたエマン王と俺は、別室にて今回の要請について確認。


 王の懸念――エルフ側の要請にウィリディスの工房は耐えられるのか? エルフはすでに空中船を持っているが、新たに軍備を提供することで問題が発生しないか? プラズマカノンを含めた古代機械文明時代の技術をエルフ側に渡していいのか? などなど。


 国を預かる者として、他が持っていない技術を出すことには神経質になる。だがこれはむしろ当たり前。それは自らの優位を手放すことにも繋がる。相手が欲しいからとホイホイ言うことを聞いて、寝首をかかれるなんてことは世の常。


 見た目は温厚でも、中身は腹黒。それが政治や外交というものだ。


「提供する技術の程度によるでしょう。大帝国に対抗できる戦力、というなら、プラズマカノンにしても小口径のもので済みます」


 仮にエルフが軍拡して、あり得ない話であるが人類やヴェリラルド王国に牙を剥いてきたとしても、ウィリディス軍が健在であるなら撃滅できる。


「アンバル級1隻で、全滅させられます」


 俺のその言葉が決め手となったようで、エマン王はエルフ側の要請に応じることにした。


「その代わり、エルフには魔石や魔力など製造資材をきっちり払ってもらいますけどね」

「無論だ。技術を提供するのだから、見返りをもらわねば」

「エルフの持つ魔法金属とか?」


 俺とエマン王は意見の一致を見た後、静かに紅茶を飲んで待っているカレン女王の元へ戻った。

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