第764話、待っていた人と違う人がやっていた件について


 要塞艦を含めた陸上艦整備計画に、エマン王からのGOサインが出た。


 さっそく詳細な設計を始めた矢先、大帝国がノルテ海の向こう側、シャマリラ帝国に軍を差し向けているという報告がSS諜報部からもたらされた。

 俺は、その報告をエマン王に上げる。


「シャマリラとヴェリラルド王国は、何か協定とか結んでいたりしますか?」


 助けに行く必要があるなら、ウィリディス艦隊の出撃準備をしなくてはならない。


 が、エマン王は、シャマリラ帝国とは協定もなく、同盟国でもなければ、救援を求める要請もない、と答えた。

 そうなると、放置するしかない。ヴェリラルド王国の旗を掲げた軍隊が、無断で侵入すれば、たとえ救援のつもりでも侵略と受け取られかねないのだ。


 とはいえ、完全スルーというのも面白くない。


 要はバレなければいいわけで、大帝国軍の海軍が護衛を出して、陸軍を乗せた船団と共にノルテ海を移動しているなら、ここでひとつ、嫌がらせをしてやろうということになる。シャマリラとヴェリラルド王国は関係ないが、ヴェリラルド王国と大帝国は戦争状態にあるのだ。


 ノルテ海には、ヴェルガー伯爵の艦隊が表戦力として領海警備に当たっている。一方、フルーフ島には俺の管轄で裏艦隊が存在している。


 つまり、潜水艦隊である。


 敵の手の届かない海中から、大帝国の船を何隻か沈めておこう。

 すでにノルテ海を遊弋している無人潜水艦――ヴァール級ゴーレム潜水艦に、ノルテ海西岸への集結と、大帝国艦艇への奇襲雷撃を命じた。


 同時に、シャドウ・フリートに、大帝国本国から西方方面行きの補給ルートの攻撃と、敵輸送艦の鹵獲をするように命令した。

 そして、結果だけを言えば、ヴァール級潜水艦戦隊は、それぞれ単艦で航行し、目標を攻撃した。大帝国海軍とシャマリラ軍の交戦のどさくさに紛れて、45センチ誘導魚雷を発射。海中からの攻撃に弱い帆船は一撃で船体を裂かれ、吹き飛び、轟沈した。


 遠距離雷撃ゆえ、大帝国軍将兵には、いったい何が起きたのかさっぱりわからなかっただろう。かくて、両帝国に気取られないまま、鋼鉄のクジラたちは早々に離脱した。



  ・  ・  ・



 さて、ヴェリラルド王国東部である。

 隣国ノベルシオン国では、それまで北部で大帝国と睨み合っていた軍勢が、西部へ転進――つまり、こちらへと矛を向けつつあった。


 新たに王となったミドスは、大帝国に使われるまま、ヴェリラルド王国東部へ侵攻しようと、その準備にかかっているのだ。


 防衛力の強化をせねばならない。城壁艦と、陸上駆逐艦の設計を済ませないとね。もう最近は慣れっこになってるから、割と他の設計を流用したりして手早く組み上げる。


 ゴーレム・エスコートのようにまったく無人にするのが簡単だが、ノルテ海の海上艦のようにある程度、人間が運用できるようする。おかげで、居住区なども置きながら、艦艇の設計ができるようになっていた。これは俺自身のスキルアップといったところか。


 ところが、陸上艦、特に城壁艦に関しては、存在が危ぶまれるほどの問題点が浮上。要検討と難儀することになる。


 そうそう、ゴーレム・エスコートを拡大して、有人でも扱える航空艦型の駆逐艦を設計して、アリエス浮遊島で建造している。


 ディアマンテ、アンバル級に続く、コルベットサイズの艦艇がウィリディス艦隊にはなかったからな。ゴーレム・エスコートに居住区や人間用の通路をつけて、そのまま大きくしたスタイルだ。流用できるところはとことん流用する。今は戦時だから、ちんたら時間をかけているわけにもいかないのだ。



  ・  ・  ・



 その頃の、連合国戦線と言えば、ファントム・アンガー艦隊が猛威を振るっていた。


 アーリィーやラスィアが交代で指揮を執りつつ、着実に大帝国の戦力を削っている。


 大帝国の空中艦はめっきり前線に現れなくなったが、代わりに航空ポッドが陸軍部隊を支援していた。

 数が多く、正直、こいつらに襲われたら城だろうが砦だろうが、あっという間にその防衛力を奪われてしまう。そこに陸軍部隊が押し込めば、本来時間のかかる攻城戦も、比較的短時間にケリがついてしまうのである。

 思ったより、ヤバイ兵器だ。


 ファントム・アンガーの航空隊は、帝国陸軍部隊を叩きつつ、この航空ポッドも排除する羽目になった。……と言っても、制空隊のTF-5ストームダガーには、ちょうどいい仕事とばかりに航空ポッド退治が進み、戦局にさほどの影響はなかった。


 SS諜報部の報告では、連合国では大帝国への反撃の機運が高まりつつあると言う。それはよい報せだ。彼らが腰を上げてくれないと、俺たちも頑張っている意味がない。

 俺は、トキトモ領にいながら、軍備を整えて、来たるべき戦いに備える。


 と、ここで俺を訪ねてきたお客様が。

 ようやく、クレニエール侯爵が東部防衛の相談に来たのか、と思ったら違った。


 やってきたのは、エルフのカレン女王とその御一行様だったのだ。



  ・  ・  ・



「ようこそ、カレン女王陛下」

「お久しぶりです、ジン様」


 ウィリディスにあるポータルを使ってやってくるエルフの女王。それ自体は、珍しくはない。ウィリディス料理を食するために、彼女はちょくちょくお忍びでやってくるからだ。

 だが今回は、お忍びではあるものの、俺へと相談があると言う。

 食堂会談は、いつものテラス席。


「それでご用件とは?」

「昨今の大陸を騒がせている問題、といえばご推察願えると思います」

「大帝国ですか……」


 むしろ違うなら、そう言ってほしい。


「未来を見ました」


 エルフの女王には、先読みの力という、一種の未来視を持つ。


「大帝国の軍勢が、エルフの里に攻めてきます」

「いつかは、わからないですよね?」

「ええ、そこまでは。ただ、その未来の中で、青色の、空を飛ぶ船を見ました」

「青の艦隊ですね」


 俺が用意しているシャドウ・フリート、ファントム・アンガーに続く、南方方面展開艦隊。もちろん、目的は大帝国の動きを牽制、阻止である。


「なるほど、さほど遠くない未来ですね」

「ええ、しかし、ジン様のご助力を受けたものの、里の被害もまた大きかったように思えます」


 ただ、未来視の夢は途中で終わってしまい、その結末はわからないと言う。里を守り切れたのか、あるいは滅ぼされてしまったのか。


「あるいはわたくしが、命を落としてしまったゆえに途切れたやもしれません」

「そんな……」


 事は深刻だ。この美しき女王陛下を死なせるわけにはいかない。


「お願いというのは、他でもありません」


 カレン女王は頭を下げた。


「里を守るために、我々エルフは、その防備を強化することを決めました。ジン様には、そのための技術支援ならびに兵器の製造を依頼したいのです」

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