第763話、シャマリラ帝国


 ノルテ海の西方海岸に位置するは、シャマリラという名の帝国である。


 広い平原が過半を占め、南部に高原と険しい山岳地帯、西部に砂丘地帯がある。平原が多い地形ゆえ、帝国の主力は騎兵だ。

 南部に横たわる山脈が、隣国との間の壁となり、またノルテ海がなければ、大陸西方諸国の勢力圏はまた違ったものになっていただろう、というのが古今の歴史家たちの評価である。


 そんなシャマリラに、ディグラートル大帝国西方方面軍が侵攻した。

 大帝国ノルテ海艦隊に護衛された船団が、西方方面軍将兵を輸送。スファンニ海岸にその戦力を上陸させた。


 強力な戦車、ゴーレム群を前面に押し立て、また空中艦隊――クルーザー五隻、コルベット八隻の援護を受け、陸軍部隊はシャマリラの防衛線を突破した。


 戦車を中心とする大帝国機甲軍は、一点突破を図り、そのまま一路、帝都へ進撃。


 対するシャマリラ帝国も遅ればせながら迎撃に出る。


 だが、戦闘帆船艦隊は、大帝国海軍の海上艦隊によって撃破。大帝国陸軍に襲いかかったシャマリラ軍騎兵もまた、大帝国の空中ポッド部隊によって陣形を崩されたところに大帝国騎兵によって各個に粉砕された。


 とくに、戦車などの機甲兵力が軍の中心にあって、脇役へと押しやられる傾向にあった大帝国騎兵たちの戦意は凄まじく、騎兵強国と言われたシャマリラ騎兵を完膚なきまでに打ち砕き、その溜飲を下げた。


 上陸から五日後には、西方方面軍空中艦隊は、帝都ヴェグダ上空にあって、シャマリラに降伏勧告を突きつけていた。


 独立旗艦である高速クルーザー『リギン』の艦橋、その司令官席に収まっていたシェード将軍は、降伏勧告に対する回答期限を確認すると、静かに命じた。


「回答なしと認む。全艦、帝都を砲撃せよ」


 十三隻の空中艦は、帝都の要衝を攻撃。重厚な城壁に囲まれた皇帝の居城を、徹底的に砲撃し破壊した。

 参謀長のオノールは、シェードに声をかける。


「はじめから、降伏させる気などなかったのではありませんか?」

「回答期限は設けた。君も見ていただろう?」


 淡々と、シェードは言うのである。オノール参謀長は口元を引きつらせた。


「こちらから一方的に呼びかけたのは見ております」

「では、そういうことだ」

「……見せしめ、でありますか」


 オノールは、以前、シェードが『大帝国を侮る者たちに、帝国の精強さを知らしめなければならない』と言っていたのを覚えている。これがそれなのだ。


「不満かね?」

「いえ。大帝国軍の力を見せつけねばなりません」


 背筋を伸ばして、オノール参謀長は答えた。シェードはひじ掛けに手をつき、くつろいだ姿勢をとる。


「シャマリラは、ヴェリラルド王国からは遠い。ノルテ海の反対側だからな。それなりに海上戦力が充実していれば話は別だったが、海軍とも呼べない程度では役に立たない」


 西方方面軍にとって宿敵という位置にあるヴェリラルド王国。やがて攻略せねばならない国だが、そのために使える駒とそうでない駒がある。

 シャマリラ帝国は、シェード将軍にとって、使えない駒ということなのだろう。


「まったく使えないということもないが」


 そう言うシェードは小さく笑った。


「かの国の隣国リヴィエルには、賢い選択をしてもらわなくてはならない。ノベルシオン国か、シャマリラ帝国か――」


 従属か、滅亡か。ヴェリラルド王国の西に位置するリヴィエル王国。開戦前では戦車などがなければ、ヴェリラルド王国と同等の戦力を持つと言われた国である。将軍は、その戦力をあわよくば利用しようと考えているのだ、とオノールは察した。


「将軍閣下」


 柔らかな女性の声がした。見れば黒いフード付きのローブをまとう魔術師が、我らが指揮官の後ろにいた。


「各部隊からの報告をお持ちしました」


 セラスという名の女魔術師である。フードのせいで目元が見えないが、おそらく美人なのだろう、とオノールは思っている。シェードの副官のように庶務をこなす一方、強力な魔法の使い手でもあった。


「ご苦労」


 さっそく報告書に目を通すシェード。艦の外では、帝都への砲撃が続いているが、ろくな反撃手段もない敵守備隊は、すでに将軍の眼中になかった。


「……ふむ」


 シェードの表情が曇ったのに、オノールは気づく。


「如何なさいましたか?」

「……海軍の損害がな」


 どうも将軍の予想していたものより大きかったらしい。先ほど彼は、シャマリラ帝国の海上戦力は海軍とも呼べない規模と言っていたのだが。


「どういう経緯で沈められたのか気になるな。……セラス、海軍に詳細な報告を上げさせろ」

「かしこまりました、将軍閣下」


 すっと腰を折り頭を下げると、女魔術師は下がった。それを見送った後、オノールは指揮官に向き直る。


「不審な点でも?」

「どうにも私の知らない兵器が使われた形跡がある。そうでなければ、この損害は説明がつかない」


 シャマリラ帝国海上戦力と戦った大帝国海軍艦隊からの報告に、オノールも目を通す。


 主力帆船(クルーザー)三隻沈没、護衛帆船(エスコート)二隻沈没、二隻大破……。


「クルーザーが三隻も……?」

「そう。格下相手にこれだ」


 シェードは思案顔になる。


「私の勘では、エスコート二隻大破というのが、シャマリラの連中からの被害だろう」

「……! では、沈められた五隻は……!」

「私の知らない『何か』の攻撃だ」


 西方方面軍司令官は、嘲笑するような笑みを浮かべた。


「これがシャマリラの新兵器だったのか、あるいは別の存在による攻撃なのか」


 別の、何か――


「海獣でしょうか?」


 海の魔物による襲撃を受けたとか。先月まで、ノルテ海のヴェリラルド王国領海にクラーケンが出没したという報告は受けている。そういう巨大な魔物が海軍の艦艇を攻撃した可能性はないか。


「オノール君、君は実に冴えているな」


 シェードは席に深々ともたれ、天井を見上げた。


「そうだ。海の魔物だ――」


 今の言葉をそのまま受け取っていいのかどうか、オノールは迷った。どこか比喩ひゆのようであり、二重の意味があったように感じたのだ。


 少なくとも、シェード将軍は、自分たちとは違う何かを感じ取ったのだ、とオノールは思った。

 その後、大帝国西方方面軍主力は、シャマリラの帝都を陥落。一週間で同国全土を掌握した。

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