第758話、ノルテ海艦隊、集結
電光石火の早業。シェーヴィルに本拠を置く大帝国西方方面軍は、新司令官着任の翌日、ヴェリラルド王国の隣国、ノベルシオン国の支配権を手中に収めた。
俺はSS諜報部からの報告を受け、ウィリディスの主な面々、そしてエマン王にこの件を報せた。
皆、一様に驚いていた。特にこの国とノベルシオン国の因縁を知るエマン王やアーリィー、地元の者たちは。
俺? 俺はベルさん同様、さほど。
そもそも、少数で敵の中枢へ乗り込んで制圧するという戦法は、俺たちも散々やったし。連合国での英雄魔術師時代もそうだが、最近だと、ジャルジーのクロディス城に囚われたアーリィーを助けに行った時もそれだ。
大帝国には空中艦もある。俺も航空艦を使った空挺作戦の一環で考えていたから、むしろ先を越されたな、と思うくらいだった。
エマン王、そして北方のジャルジーには、空中艦を使った電撃戦的な襲撃に備え、空中監視の強化を提案。ウィリディス偵察機の増産と配備、地上からの魔力レーダー監視網の増強を打ち出すことで、賛意を得た。
一応、これまでも空中警戒はしてきた。だが、大帝国軍が今回のことに味をしめて再度仕掛けてきたり、どこぞの冒険野郎があり得ないルートを通ってやってきたりしたら面倒だからな。
さて、俺とベルさん、アーリィーは、王国北西部、ノルテ海に面するノルト・ハーウェンにいた。
クラーケン軍港――ダンジョンコアの力で、わずか一ヶ月で完成した大軍港で、領主であるヴェルガー伯爵と会談したのだ。
ただの入り江だった場所が、今や桟橋やドック、無数の建物が立ち並ぶ、ひとつの街のようになっている様は壮観である。大まかに手入れしたのは俺で、それほど日にちも経っていないのだが、どこか懐かしさをおぼえた。
ちなみに西の水平線には、わずかにフルーフ島が見えている。実は、このクラーケン軍港はノルト・ハーウェンから、近い位置にあったりする。
「いよいよ、ですな」
立派な口髭をお持ちのヴェルガー伯爵が、俺の隣に立って港を見つめる。背筋がピンと伸びたその姿は、着ている上等な服と相まってスマートである。
俺は頷いた。
「ええ、お約束した艦艇をようやく引き渡せる」
ノルテ海防衛計画に基づき、キャスリング基地工廠で建造された水上艦艇群である。内陸の地下基地から、この海までどう運ぶかと言えば……すでに見当はつくだろう。大ポータルである。
「はじめてくれ」
俺の指示はすぐさま魔力ケーブルを通して、ポータルの向こう側に待機している艦艇群へと伝わる。
まず姿を現したのは細長い船体に、単装の主砲を背負い式に搭載した艦艇。艦橋や艦構造物の並ぶ中央を抜け、後部には単装主砲が一門。全長は85メートル。ラヴィーネ級駆逐艦『ラヴィーネ(雪崩)』である。
「お、おお……!」
水上艦が海面よりわずかに浮遊する姿に、ヴェルガー伯爵とその部下たちが驚く。
駆逐艦の側面に張り付いているのはタグボートならぬ浮遊ボート。これが一〇〇〇トン級の艦艇を浮遊させているのだ。浮遊ボートが高度を下げれば、駆逐艦『ラヴィーネ』が海へと滑り込むように着水した。
そのまま駆逐艦が移動する中、ポータルを経由して小型艇が現れる。
全長35メートル。排水量二〇〇トンの哨戒艇。魔力機関搭載により37ノットの快速を持つネーベル級哨戒艇である。
しかし哨戒艇と名乗る一方、艦首には76ミリ単装プラズマカノンを一門搭載し、この世界の標準的帆船を一撃で粉砕する火力を持っている。さらに後部にミサイルランチャー、対水中生物用小型の対潜ロケットランチャーで武装する。
一番艇『ネーベル』に続き、二番艇『ヴィント』、三番艇『シュネー』が浮遊ボートに引かれ、海面に飛沫を上げた。
次に現れたのは、今回の目玉、ヴィントホーゼ級巡洋艦『ヴィントホーゼ』である。
竜巻の名を与えられた巡洋艦、その全長は152メートル。基準排水量五二〇〇トン。その艦容は、武装の配置も含めてラヴィーネ級駆逐艦に似ていて、一回り大きくした印象だ。だが大型の艦橋のせいか、駆逐艦よりも遙かにどっしりとした安定感と迫力があった。
主砲は、アンバル級航空巡洋艦と同じ15.2センチ砲を単装三基。機銃、機関砲を備え、四連装垂直ミサイル発射管、45センチ三連装誘導魚雷発射管、多連装対潜ロケットを搭載している。
いずれも現時点で世界最高の火力を持つ戦闘水上艦艇だ。元の世界の巡洋艦や駆逐艦に比べるとサイズは小ぶりなのだが、この世界の戦闘帆船の倍以上の大きさに、伯爵を除く面々は驚愕していた。
……まあ、テラ・フィデリティアの航空艦を見飽きているアーリィーや、異世界転生者であるヴェルガー伯爵は、さほど驚かなかったが。むしろ、伯爵は懐かしさがこみ上げてきているようで、わずかに目元を潤ませていた。
「これがあれば、大帝国海軍が大挙して現れようとも、返り討ちにできますな」
ヴェルガー伯爵は巡洋艦と駆逐艦、三隻の哨戒艇を頼もしげに見つめる。俺も視線を戻す。
「人員は当面こちらで出しますが、そちらの水兵たちが十分に慣れてきたら、順次引き継いでもらいます」
「はい、お世話になります」
「駆逐艦を簡素にした練習艦を配備します。軽武装ですが、プラズマカノン装備なので、戦力としても十分使えますが」
「ありがとうございます、トキトモ侯爵」
姿勢を正して、伯爵が頭を下げる。異世界人で同じく日本人。されど年上の人とわかっているので、何だかこちらも自然と頭を下げてしまう。エマン王とかで慣れてきたと思ったんだけどなぁ……。
「とりあえず、これで『表』の戦力は整いましたな」
「ええ。『裏』戦力は、フルーフ島軍港ですからね」
俺とヴェルガー伯爵は、揃って水平線にわずかに見える王国領フルーフ島を見やる。
こちらも、クラーケン軍港建設と並行して、軍港設備の拡張が行われていた。
なお、フルーフ島の地上軍港には、これまでノルト・ハーウェンを守ってきた帆船艦隊が駐留。さらに山城が築かれ、夜になると二つの塔が灯台よろしく明かりを灯していた。
また航空機を運用する滑走路が置かれ、TH-3シーホーク汎用ヘリとTA-3シーファング攻撃機が海賊退治や海難救助に活躍していた。
「航空機配備の件、ありがとうございました」
改めて、ヴェルガー伯爵は言った。ノルト・ハーウェン防衛のために航空機を、というのが最初の願いだったのだ。
「
飛ぶ隼、か。それっぽくていいね。
「――伯爵、大帝国が動いています」
「はい」
「王国軍は、北方で西方方面軍を叩きましたが、彼らは戦力の再編中ながら、東で動いた。そしてこのノルテ海でも動きを見せつつある」
「二面作戦、ですか? ……トキトモ領は王国東部でしたね」
「東部が忙しくなり、ノルテ海も騒がしくなる。そうなると……」
「個々で対応するしかない、と。トキトモ侯爵が用意してくださった戦力、無駄にはしません」
ヴェルガー伯爵は相好を崩した。
「ノルテ海の守りはお任せください。身命を賭して、我が役割を果たす所存です!」
「いや、命は大事にしてください」
思わず苦笑する。覚悟の話なのはわかるけれども。
この人、前世が軍人さんなのだが、どうも勇猛さがにじみ出ているというか……。確か、前世はニシムラという名前だったと聞いたが。西村……まさかね。
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