第757話、王城陥落


 ノベルシオン国の王サンタールは、大帝国の将軍を前に驚きを隠せなかった。


 王都クルナートの王城、その王の間に、漆黒の甲冑をまとう、帝国の将軍マクティーラ・シェードがいた。彼に付き従う黒い兵たちは、瞬く間に王の親衛隊を殴殺した。


 どうしてこうなった?


 サンタールは玉座に腰掛けたまま、顔をしかめ歯ぎしりする。


 北方の守り、王都までの要衝をすべてすっとばしてきた帝国軍。種は簡単だ。シェードは、自分の艦である高速クルーザーに乗って、直接、王城にやってきたのだ。


 空の守りのないノベルシオン国の領空を堂々と横断し、王城上空に到着。届きもしない矢を放つ守備隊の弓兵どもに、砲弾を叩き込んで黙らせると、そのまま兵と共に城に乗り込んだのだ。


「さて、サンタール王よ」


 シェードは、高い位置に陣取る国王を見上げながら言った。


「貴殿がとるべき道は二つに一つだ。我が軍門に下るか、ここで死ぬかだ」

「……ぐぬ」


 サンタール王は顔を真っ赤にしながらも、その憤怒を必死に抑え込む。

 ノベルシオンの軍はまだ一度も戦っていない。帝国と交戦した、という知らせもなく、北部に展開する軍はおそらく健在。


 にもかかわらず、いきなり使者の如くやってきた帝国の軍人に、降伏か死かの二択を迫られているという屈辱。

 圧倒的な力の差を見せられ、軍が壊滅しようものならまだ諦めもつく。だがこれは……軍がほぼ無傷のまま、降伏などできようものか? サンタール自身、納得できないが、それは軍人も民も誰ひとり納得できないだろう。


「答えを聞こうか、王よ」

「……」


 王の間にいる大臣や、第二王子のミドスが、サンタールを見つめる。彼らは無力だった。抵抗した第一王子と兵どもは、すでに血だまりに沈んでいるのだから。


「……どうやらサンタール王は正常な判断ができないらしい」


 シェードは呟く。次の瞬間、光が走り、サンタール王の頭部が激しく玉座の背もたれに激突。反動で跳ね返った王はガックリと前のめりに倒れ込んだ。


 シェードの後ろに控えていた黒ローブの女魔術師が、ライトニングの魔法を放ち、王を討ったのだ。


 ノベルシオン国の家臣団は声を失い、ミドス王子も「ひいっ」と情けない声を漏らした。


「サンタール王は亡くなられた」


 帝国の将軍の、感情のこもらない声が王の間に虚しく響いた。


「では、次の王である人物に判断してもらおう。第一王子……はすでに息をしていないな。父より先に逝くとは何と親不孝なことだ。すると、次は第二王子か」


 すっと、冷徹な目が第二王子ミドスを貫いた。その眼光に、ミドスは腰を抜かしてしまう。二十になったばかりながら、すでに腹回りは一人前以上に育っている王子のその姿は哀れですらあった。


「おや、ミドス王子、どうしたのだね? 手を貸そうか?」


 穏やかな口調だが、逆にそれが周囲に恐れを抱かせる。ミドスは、さながら蛇に睨まれたカエルだった。


「我が大帝国を受け入れよ。そうすれば貴殿は、この国の支配者のまま。その身は、帝国が保証しよう」


 シェードは、物言わぬ骸と貸した王を一瞥する。


「前の国王は浅はかであった。新たな王は、そこまで愚かではないと思いたいが――如何かな? ミドス王よ」



  ・  ・  ・



 シェード将軍が、高速クルーザー『リギン』に戻ると、西方方面軍参謀長であるオノール大佐が迎えた。


「閣下、お見事でございます! まさか、この手勢でノベルシオン国を平伏させてしまうとは……」

「まだ城を押さえただけだ」


 シェードは事実だけを告げるように言った。


「後続部隊は?」

「はっ、輸送艦による兵員輸送で2000名。夕刻前には到着予定です」

「結構」


 執務室へと向かうシェードに、オノールも続く。


「三日、かかりませんでしたな」

「……そうだな」


 実質二日。シェードは、ノベルシオン国の中枢を制圧。その王族をディグラートル大帝国に従属させたのだ。


「頭は押さえた。あとはミドスが帝国の手足となって働く」


 公には、ノベルシオン国は大帝国と同盟を結んだ、ということになっている。新たに王になったミドスは、しかし大帝国の傀儡かいらい。彼の行動は、大帝国の意思。だがノベルシオンの民は、それに気づいていない。


 ミドスが裏切る? そうならないように保険はかけた。あの臆病者は、大帝国に逆らえない。


 知らず知らずのうちに、大帝国――すなわち西方方面軍司令官シェードの駒として使われる運命にある。そしてシェードの意思とは、自身に課せられた命令、西方諸国征服だ。


 ノベルシオン国は帝国と戦うことはなくなったが、代わりに近隣国と戦うこととなったのだ。


「失っても痛くない駒、ですな」


 オノールはしたり顔になる。


「連中が西方諸国に勝てば、それだけ我々の目的は果たされ、負けて戦力を失えば、その弱体化したノベルシオン国を、帝国が楽々に占領。どちらに転んでも、我が軍に利しかありません。脱帽いたしました、閣下」

「西方方面軍はまだ再編成段階だからな」


 執務室についたシェードは席へと移動する。オノールのさらに後ろにいた黒ローブの女魔術師が、シェードのマントを受け取り、控えていた従者たちが、我らが将軍の甲冑をはずしにかかった。


「ヴェリラルド王国の東にある国は手に入れた」

「次は如何なさいますか?」

「ノルテ海を渡った向こう側がいいだろう」


 シェードは机の上の西方諸国地図を見やる。


「シェーヴィルにいる西方方面軍の主力でも、それくらいは制圧できるだろう」

「主力を……ですか」

「不服かね?」


 鎧を脱ぎ終わり、改めて席につくシェード。オノールは首を横に振った。


「いえ、今回のノベルシオン制圧があまりに鮮やかでありましたから」

「敵の中枢へ飛んで、頭だけ叩く、か? オノール君、今回はまったくの奇襲だ。毎度毎度同じ手は通用せんよ」


 たとえば、ヴェリラルド王国の王都に同じことを仕掛けたら、おそらくたどり着くことなく撃沈されてしまうだろう。第五空中艦隊が全滅したように。


「前任者がヴェリラルド王国の攻略に失敗したことで、西方諸国の中に我が大帝国を侮る者どもが出ているだろうからな。我が軍の精強さを世に知らしめる必要がある。……それもできるだけ早くな」

「は……。しかし懸念はあります」

「言ってみたまえ」

「シェーヴィルから主力を動かしますと、かのヴェリラルド王国軍がシェーヴィルに侵攻してきた場合、対抗できなくなりますが……」

「あの国は動かないよ」


 シェードは断言した。


「理由か? もし攻める気があるなら、もうとっくにそうしている。日を置けば増援が来るとわかっているにもかかわらず、動かないのだ。つまり、彼らにその意思がないということだ」

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