第759話、トキトモ領の防衛問題
ノルテ海に艦隊を配備したことで、ひとまずヴェルガー伯爵にお任せすることができた。
俺は当面、対帝国戦と、新たに浮上した問題――ヴェリラルド王国東部の防備についての課題に取り組む。
連合国を支援しているファントム・アンガー艦隊は、帝国東方方面軍を叩き、その進撃速度を鈍らせている。
帝国空中艦隊が後退し、代わりに浮遊ポッド部隊が陸軍を支援するようになったが、ファントム・アンガー航空隊の前では、焼け石に水だった。
現状、対帝国戦における第一段階、『連合国に攻め入った帝国軍を撃滅する』は順調だ。連中の足が止まり、後退の
その時に備えて、そろそろ連合国側に接触しておく必要があるな。帝国さえ追い出したらおしまい、ではかなわないのだ。
仮に自国の安寧に固執して旧連合国領さえ見捨てるようなら、もう二度と連合国など助けてやろうとは思わないだろう。
……と、一度裏切られているから、ネガティブな方向へ思考がねじれてしまったな。反省っと。
目下、急を要するのは、ヴェリラルド王国東部国境線の防備である。まさか、隣国であるノベルシオン国が、あっさりと大帝国の軍門に降るとは思いもしなかった。
俺は、キャスリング基地の作戦室で、今後について考える。アーリィーにベルさんの他、副官のラスィア、王国民のダスカ氏、地元出身のサキリス、クレニエール領のアルトゥル君が集まった。
進行役のラスィアが、表示されている地図を前に言った。
「地形状況から見ると、トキトモ領をはじめとしたフレッサー領、クレニエール領が、ノベルシオン国侵攻の矢面に立つ格好となります」
ホログラフ上のマップに表示される敵を示す赤。
「特に危険なのが、クレニエール領――アンバンサー戦役で壊滅した旧トレーム領です。ノベルシオン国と隣接している上に、これといって障害となる地形がないため、大軍での移動もしやすい土地となっています」
ノベルシオンが攻めてくるなら、このルートは外さない。旧トレーム領がやられれば、そのままクレニエール領を西進。そしてトキトモ領南部から、街道に沿ってノイ・アーベントに北上……。
メイド衣装をまとうサキリスが立ち上がり、地図を指し示した。
「あと、トキトモ領の北、フレッサー領もまた、敵が侵攻ルートに選ぶ可能性がありますわ」
東部を山岳地帯という壁が存在しているが、そこそこ開けた回廊のような地形があり、そこから隣国が攻めてくる――サキリスはそう地図をなぞった。
「山岳を抜けるルートによっては、トキトモ領東部に入り込んでくるかもしれません……」
つまり、トキトモ領は、北、東、南にそれぞれ敵がやってくる可能性があるということだ。ノイ・アーベントに偏重していた分、疎かになっていたこれらも見直しが必要だな。
ベルさんが首を捻った。
「その北と東と南には、一応、砦があったよな?」
「その通りですわ、ベルさん」
サキリスが頷いた。
「旧キャスリング領には、東西南北にそれぞれ砦がありました。けれど、アンバンサー戦役でこれらは壊滅。ご主人様が領主となった後、これら廃砦の調査と再生が行われました」
「そう、あくまで領境や未開地の監視用に」
俺は肩をすくめた。少数のシェイプシフター兵とゴーレムを派遣して、不法侵入を図る盗賊とか、魔獣の監視と撃退をさせていた。
アーリィーが口を開いた。
「じゃあ、この砦の強化と兵力の増強が、急務ということだね」
「そうなるな」
同意する俺だが、そこで視線を、アルトゥル君へと向けた。
「だが、事はうちの領だけの問題じゃないんだ。……君の家が管理している旧トレーム領だけど、あそこは今、ほとんど手つかずじゃなかったかな?」
「はい。アンバンサー戦役での復興と、フレッサー領への支援が優先されていて、旧トレーム領までは手が回っていない状況だと思います」
何せあの土地は、いま無人ということになっている。アンバンサーによって民は全滅。当然、人がいるところといないところでは、どちらの復興を優先させるべきか言わずもがなだ。
とはいえ、空き巣を許すわけにはいかない。ベルさんが目を回して俺を見た。
「クレニエール親爺、お前んとこに来て、防衛の協力を仰いでくるんじゃねえか?」
「十中八九、そうなるだろうな」
予感があった。この周辺でもっとも強力な戦力を持っているのは俺たちだからな。
「まあ、案は考えておく。旧トレーム領については、実際に相談があってからだな」
起きていないことより、まず自分たちの足元を固めておこう。
「大帝国との戦争がなければ、領内の再開発を進めていたんだけどな」
ノイ・アーベントだけではなく、第二、第三の都市の開発。アンバンサー戦役で真っさらになってしまったから、開拓になるのかな。
トキトモ領の東にあるギガントホルン山脈の向こうはノベルシオン国。意外と近い隣国。この巨人の角と称される山々が、両国を隔てているのだが、それにもうひとつ。
「未開地領域……アンノウン・リージョンが存在していますわ」
サキリスは地図上のそれを指した。ギガントホルン山脈の間にぽっかりとその領域が存在する。
周囲を山と、巨大クレバスに囲まれたその地は、黒い魔力の霧が発生している密林。こういう場所には得てして古代のダンジョンや遺跡があるとされる。だから足を踏み入れる冒険者や探検家はいたのだが、そのほとんどが帰ってこず、戻れたものも比較的早く引き返したために、中心になにがあるのかわかっていない。
なお、地図作成の都合上、空から撮影や観測を行ったのだが、黒い魔力の霧のおかげで、やはりよくわからなかった。
「近くに拠点の集落でも作れば、探索も捗るんだろうなぁ」
「好奇心は刺激されるよね」
アーリィーが未知の領域を思い、顔をほころばせた。このお姫様、けっこう冒険譚とか好きな人なのだ。それはさておき、俺はサキリスに問う。
「東部の砦は……ギガントホルン山脈の手前だっけか」
「はい。一応、ギガントホルン山脈の一部はキャスリング領に含まれていましたから、ここもトキトモ領になりますわ。ただ比較的危険な魔獣が多く、集落もありませんでした」
山から降りてきた魔獣がいれば退治する、というのが東の砦の役割だったらしい。
そうなると、先ほどフレッサー領側からの山岳ルートに関して、こちらの防備がほとんどないことになる。山の魔獣が天然の障害となっているが、無警戒というのはよろしくない。
ノベルシオン国はともかく、大帝国が空中艦を使って山を超える可能性はある。いくら空中哨戒機が常時見張っているとはいえ、迎撃の初手がキャスリング基地になるのは如何なものか。
「山岳要塞でも作るか」
思わず出た言葉に、一同の視線が俺に集まった。
「山に要塞、ですか?」
「そう。ギガントホルン山脈で軍が通行できそうな位置に睨みを効かせる前線拠点。ダンジョンコアの力を借りれば、ダンジョン型地下拠点もさほど時間がかからずに作れるからな」
ついでに航空隊の地下基地も置けば、ギガントホルン山脈周辺全体をカバーできる。うん、地下秘密基地って、ロマン心をくすぐるよなぁ。昔の特撮モノを思い出す。
「あとは、北と南の砦の強化だな」
敵がフレッサー領か旧トレーム領に攻めてくれば、トキトモ領防衛の最前線となる場所だ。
ラスィアが、それぞれ砦の記録映像を表示させる。どちらもこの世界ではありふれた、城壁に守られた拠点といったところで、兵を収容し、敵を監視したり睨みを利かせるものとなっている。ある程度の存在価値は認めるが、現代兵器を運用するウィリディス軍向きの拠点ではないな。
比較的平坦な地形にあるから、むしろ砦を囮にして機動防御をするほうが有効だろう。
かくて、トキトモ領の防衛、前線となる砦の強化と防備について、話し合われた。
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