第755話、赤の軍勢
マッド・ハンターは、魔人機アヴァルクに乗っていた。
アヴァルクは、大帝国製魔人機を連想させる曲線が多い外装をまとった機体だ。カリッグに比べてスリムで、角や突起物は少ない。
『マッド隊長、敵後衛中隊を殲滅しました!』
僚機からの報告。マッド率いる第一中隊は、連合国戦線での戦いのため、全機がアヴァルク外装を装備している。なお同時に展開している第二中隊は、赤の艦隊塗装のカリッグ改を使っている。
「損害報告」
マッドが中隊機に報告を促せば、大半は無傷、三機ほど被弾はあれど戦闘に支障なしと返ってきた。
「よし、順調だ。次の敵部隊を叩くぞ」
連合国戦線では、航空隊ばかりが活躍していたが、ウィリディス地上部隊にもお鉢が回ってきた。
搭乗員は、近衛騎士、ダークエルフ戦士、シェイプシフターパイロットの混成ではあるが、マッドの手によって鍛えられた連中は、シャドウ・フリートでの実戦を経て、すでに一人前に仕上がっている。
――こういう所は、操縦系が共通しているおかげだな。
アヴァルクを進ませながら、マッドは心の中で呟く。
大帝国から鹵獲したものからスタートしたウィリディス製魔人機である。基本形の扱いさえ覚えれば、他の外装装備でも特に問題はないようになっている。
多少、重量や装備による挙動の違いはあるが、順応しやすい仕様は、マッドはともかく、経験の少ないパイロットたちにはありがたかった。
ボスであるジンは、製作物に『使い易さ』を優先しているところがある。前線の兵にはとても助かる配慮だ。
『ハンター1、こちらポイニクス1。第二中隊が、敵魔人機部隊と交戦』
戦場上空の空中管制機のポイニクスからの魔力通信が入る。
『そのまま前進ののち、右へ進路を変更。敵部隊の側面を突け』
「こちらハンター、了解」
見通しの悪い森である。上から全容を見渡している目があるというのはありがたい。まさかこの異世界でロボット兵器に乗り、こういう戦いができるとは少し前まで考えられなかった。
――ウィリディス軍に入ってよかった。
昔を思い出す。戦争に明け暮れていたかつての世界。クソッタレな世界でも、こんな未開の世界に比べたら、まだマシと思えてしまうのは皮肉だ。ただ、ウィリディスの環境は、両者のいいとこ取りで、これならもっと早く合流しておくべきだったと思う。
迂回行動。森の中で赤と茶褐色の機体がチラチラと見えている。
「このまま側面を突くぞ。突撃!」
マッドはアヴァルクを加速させた。脚部のホバーユニットのおかげで、ウィリディス機は地上でも高速で機動が可能だ。コピーコア――ウィリディス製魔人機にも、戦闘機同様の制御コアシステムが搭載されていて、これが敵味方を識別し、茶褐色のカリッグを捕捉する。
まずは一発。強化マギアライフルを構え、トリガーを引く。森の木々の間を抜けた光弾は敵機の胴を穿った。
崩れるように倒れるようなカリッグを見てたらしい部下の声が、マッドの耳に届く。
『さすが隊長! 見事な腕前です』
まあ、これくらいはな――マッドは視線を正面に向けたまま突き進む。
伊達に戦争ばかりの世界から来たわけではない。マッドはさらに機体を加速させる。僚機がやられ、こちらに気づいたカリッグに肉薄、左手にプラズマブレードを展開させ、すれ違いざまに切り裂いた。
・ ・ ・
タロン艦爆が、帝国戦車にマギアカノーネを撃ち込み、イール艦上攻撃機が、抱えてきた爆弾ポッドから対歩兵用の小型爆弾をばらまく。
ファントム・アンガー航空隊による地上爆撃は、大帝国軍地上部隊を痛撃。もはや崩壊寸前だった王国西部軍は、目の前で起きていることが信じられず、逃げることも忘れて傍観していた。
王国軍の将軍をはじめ、ファントム・アンガーの存在は耳にしていた。だが誰も実際にそれを見たことがなかったから、眉唾モノとして信じていなかったと言ってよい。
しかし、目の当たりにしてしまえば、そうもいかない。彼ら王国軍が、ファントム・アンガー航空隊による帝国軍攻撃を眺めているのも、それが原因と言える。
ジェマ平原上空、ファントム・アンガー艦隊が展開している。軽空母『リヴェンジ』『マローダー』の二隻に護衛艦艇。
だが今回は、それだけではない。
輸送艦改造の強襲揚陸艦『フューリアス』が魔人機部隊を輸送。さらに就役したばかりの同輸送艦改造の中型空母三隻による航空戦隊が連合国戦線に駆けつけた。
ファントム・アンガーカラーの空母群は、ウィリディス艦隊第二航空戦隊が本来の配置だが、各戦線への支援を目的とした遊撃戦隊でもある。
『レントゥス(不屈)』『フォルトゥス(勇敢)』『リーベルタース(自由)』――三隻からなる二航戦から、各航空隊が発進。ファントム・アンガー艦隊と共同で帝国軍を爆撃していた。入れ替わり立ち替わり襲来する航空機は、大帝国軍将兵にとって悪夢以外の何物でもないだろう。
空からだけに留まらず、地上部隊も牙を剥いた。
王国軍後方に迂回を試みていた大帝国魔人機連隊を、こちらの魔人機が撃破したのだ。
航空隊が攻撃しにくい森の中を進む大帝国軍を、アヴァルク、カリッグ改が襲撃。森の中で二個大隊を各個撃破。王国軍の背後に出た残る一個大隊の、さらに後ろから襲いかかったのだ。
アヴァルク中隊がマギアライフルやロケットランチャーで射撃。赤いカリッグ部隊はホバーユニットで平原を一気に駆け抜け、回り込みながらロケットランチャーや30ミリマシンガンを叩き込んだ。
鋼鉄兵器同士の陸戦。だがその動きは大きな違いがあって、まるで暴風のようにファントム・アンガーの魔人機部隊は暴れ回ったのである。
のちに、連合国兵は、赤いカリッグを戦場を駆ける赤い猛牛と呼ぶようになる。
かくて、大帝国陸軍第一軍団は壊滅した。空中艦隊の支援がなかった戦いとはいえ、大帝国軍としてもこれほどの被害は予想外だった。
結果、ウーラムゴリサ王国侵攻は一時見合わせ、戦線は停滞する形となった。
・ ・ ・
戦勝報告というのは、嬉しいものだ。
俺は、アリエス浮遊島軍港にいて、第二航空戦隊を指揮していたアーリィー、そして今回のファントム・アンガー艦隊の司令官を務めたラスィアから、ウーラムゴリサ王国西部ジェマ平原会戦の報告を受けた。
ディアマンテ、そしてベルさんと浮遊島のブリーフィングルームで報告を受けた俺は、ラスィアに聞いた。
「どうだった? 初司令官は?」
「皆がよくやってくださった結果ですね。私は何もしていません」
ダークエルフの副官は苦笑するのである。本来、副官は秘書のようなもので、たとえ指揮官不在でも代理で指揮を執るものではない。
が、俺はラスィアの能力を一秘書で済ませるつもりはなかった。そもそも、指揮する人間が不足しているからね。ディアマンテや人工コアたちを除けば、艦隊を仕切れる人間は、俺、アーリィー、ダスカ氏くらいしかいない。マルカスやマッド、リアナは一部隊くらいのリーダーが適性だし。
「オレ様だって、やれと言われたらやるぜ?」
猫姿のベルさんは言った。
「まあ、面倒くさいから、他がいるなら譲るがな」
元魔王様である。その気になれば艦隊くらい仕切れるだろう。
「現状の帝国軍なら、俺が不在でも何とかなると思う」
こちらの兵器が敵を凌駕しているし、シップコアたちが補佐してくれる。今のうちにウィリディス軍の将兵には実戦経験を積み重ねておいてもらいたい。
「もちろん、重要度の高い戦いには出るが、色々やることがあってね。皆には苦労をかけると思う」
「それを支えるのがボクたちの役目だよ」
アーリィーが笑みを浮かべれば、ラスィアも頷いた。
「ジン様のお力になれるならば、ここにいる意味があると考えます」
「ありがとう」
頼りになる仲間たちだ。できれば俺がいなくても回るようになってほしいところだが……中々難しいかな、それは。
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