第754話、王国西部ジェマ平原


 ウーラムゴリサ王国、王都アルモニア。連合国の盟主たる同王国にあって、西部軍を除く上級貴族が集まっていた。


 会議場の面々が取り上げる議題は、もちろん大帝国の侵攻に対する防衛策だ。戦端を切られて半月。初週は帝国軍に為す術なく蹂躙を許していた王国軍だが、ここ最近、前線では新たな動きがあった。


「ファントム・アンガー……」


 クレマユー大侯爵が顎髭を撫でながら椅子にもたれかかれば、やせ型の伯爵が口を開いた。


「いったい何者なのでしょうか?」

「聞いたことのない名前だ」


 大侯爵の言葉に、報告を読み上げていた王国軍騎士が続けた。


「現在、王国の前線ならびに、連合国各戦線に、『ファントム・アンガー』と名乗る武装傭兵集団が現れ、空を飛ぶ機械や、帝国の魔人機を用いて、敵に打撃を与えております!」

「傭兵集団……」


 貴族たちがざわめく。一人の侯爵が挙手した。


「その傭兵どもは、何故帝国と戦う?」

「……ファントム・アンガーの構成員と接触した者からの報告によると、彼らは復讐者であり、帝国によって失ったものを取り戻すために戦っているとのことです」


 復讐者。


「プロヴィアやクーカペンテ――かつての連合国の有志たちが、占領下の故国を取り返すために立ち上がったのか……?」

「その可能性もありますな」

「だから、我々の苦境を見て取り、駆けつけたのでは……?」

「おお……!」


 貴族らが口々に言葉を吐き出す中、クレマユー大侯爵は眉間のしわをより一層深めた。


「旧連合国の有志なら、もっと積極的に我々と接触してくるはずだ」


 しん、と大侯爵の発言に場が静まる。


「そのほうが連携も取れる。だがそれがないのは何故だ? 元連合国なら一致団結して帝国と当たるほうがよいと子供にでもわかること!」

「では、大侯爵閣下。ファントム・アンガーなる傭兵たちは、あくまで傭兵に過ぎない、と……?」

「少なくとも、国を背負う王族や貴族ではないだろうな」


 しかし――


「純粋に傭兵なのかも怪しい。そもそも、傭兵なら報酬を要求して自ら売り込みに来てもよさそうなものだが……」

「もうすでに誰かが雇っている、とか?」

「わからん」


 貴族らは唸る。その反応は、この場にいる誰もがその接点を持っていないことを意味していた。

 だが――と、クレマユーは口を開いた。


「連中が何者であろうとも、大帝国を叩いてくれるのならば、我々にも希望はある」

「むしろ、敵が弱体化するならば、我が王国軍でも敵を国境外に追い出すことも可能やもしれません」


 貴族たちは頷いた。そこへ一人の伯爵が言った。


「しかし、気になりますな。大帝国の機械兵器軍団と対等以上に撃退する兵器を有しているというのは」

「左様。しかもどこからともなく現れ、帝国を叩いている。それはまるで――」


 恰幅のよい伯爵は頷いた。


「かつての英雄魔術師、ジン・アミウールのようだ」


 おおっ、と大きなうねりのようなざわめきが起きた。だがクレマユー大侯爵の顔は険しいままだった。


「ジン・アミウールはいない。彼は死んだのだ」

「……」


 現実に引き戻されたように、貴族たちの表情に影がさす。大帝国打倒をあと一歩のところまで進めた英雄ジン・アミウールは、すでにこの世にいない。それが連合国にどれだけ大きな痛手だったか、知らぬ者はいない。


「ともかく、傭兵と言うなら、彼らを雇うことはできませんかね……?」


 若い伯爵が言えば、八の字ひげの侯爵が頷いた。


「ファントム・アンガーなる者たちが使う武器を、こちらでも使うことができれば、我らでも反撃できるのでは――」


 活気を取り戻した会議場。そこへ伝令が駆け込んだ。


「会議中、失礼いたします! ジェマ平原のオルディル将軍の軍勢より伝令であります!」


 ジェマ平原――貴族たちに緊張が走る。ウーラムゴリサ王国西部における最終防衛線。ここを抜かれると、王都を含めた中央部への侵攻を許すことになってしまう。


『西部軍は帝国の侵攻を受け、大きな被害を受けるも、ファントム・アンガーなる傭兵軍の援護を受け、敵侵攻軍を撃退せり!』

「おおっ!」


 三度目のどよめきが会議場に巻き起こった。



  ・  ・  ・



 手短に言ってしまえば、ウーラムゴリサ王国西部軍は、数こそ揃えたが大帝国の精鋭たる第一軍団の前では敵となりえなかった。


 周辺領主の寄せ集めと中央からの援軍を加えた1万の兵力は、第一軍団主力の2万の兵と、騎兵、戦車、ゴーレム、魔人機をバランスよく備えた帝国軍に太刀打ちなどできるはずがなかったのだ。


 予想通り、ウーラムゴリサ王国西部軍は、大帝国の圧倒的火力の前に手も足も出ないまま大損害を被る。唯一、機械兵器に対抗可能な精鋭魔術師部隊が僅かなら抵抗したが、焼け石に水であった。


 だが戦いは、そのまま決着とはならなかった。

 ウィリディス軍東方派遣艦隊こと、ファントム・アンガーが現れたのだ。


「赤いカリッグ、だと……!?」


 大帝国魔人機カリッグのパイロットは、自機の前に現れた色違いの機体に目を剥いた。


 湾曲した二本の角を持つ、上半身がマッシブな鋼鉄の巨人。茶褐色の大帝国機と異なる赤い塗装。それが森を進む大帝国魔人機部隊に襲いかかってきたのだ。


「くそっ、こいつらが例の亡霊どもか!?」


 敵王国軍の退路を断つべく、森を迂回していた大帝国部隊は、完全に奇襲を許す格好だった。


 赤いカリッグが槍型や金棒型の武器で、茶褐色のカリッグへ一撃を見舞う。

 槍型で突かれた機体は、次の瞬間、その部位を吹き飛ばされ、その分厚い装甲を貫通。当たり所によっては腕や足が吹き飛んだ。また金棒を頭から叩き込まれ、頭部を潰された機体は、続く胴体への殴打に跳ね飛ばされた。


 だが大帝国軍もやられっぱなしではない。初撃を逃れた帝国軍カリッグは背中のファイアボール砲を向けたり、手に持つ灼熱刃のハンドアックスを振るう。


「人様のものを使いやがって!」


 こちとら魔人機部隊創設時から、機体と向き合っているベテランパイロットだ。奪われた機体を操る敵パイロットよりも、訓練期間も経験も違うという自負があった。


 重々しく突進する鋼鉄の巨人が、渾身の一撃を叩き込めば、鋼のゴーレムすら両断する。

 だが、赤いカリッグの動きは軽やかだった。というよりも速い。スッと滑るように前進や後退を行い、大帝国製カリッグより動きがよかった。おかげで斧の射程外にあっさり逃げられてしまう。


 攻撃が空振った。そこを赤いカリッグは見逃さず、あっという間に踏み込まれる。その右腕が光り、固めた拳を叩き込まれる。


 サンダーナックル――大帝国パイロットが、カリッグの武装に思い至った次の瞬間、コクピットを貫かれ、意識が刈り取られた。

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