第753話、ファントム・アンガー


 改装軽空母『リヴェンジ』のサイドゲートから、TF-5ストームダガー戦闘機、そしてTA-2タロン艦上爆撃機が飛び立つ。


 連合国ネーヴォアドリス北部ヴィルジェン地方、高度1万。赤と灰色に塗装された航空機部隊が翼を広げ、降下していく。


『――現在、帝国陸軍の装甲部隊がネプトゥノ城へ進撃中。ネーヴォアドリス軍が、大帝国軍を伏撃しているが、突破されるのは時間の問題と思われる。攻撃隊は、敵装甲兵器を優先して撃破せよ』


 シップコア『エメロード』からの命令を受けたSSパイロットたちは、機体をさらに加速させた。



  ・  ・  ・



 鋼鉄の化け物――大帝国軍の誇るⅡ型砲戦車。57ミリ砲を備え、遠方から砲撃を加えてくる厄介な相手だ。


 ネプトゥノ城を守るコブレ騎士団のクルエル騎士隊長は、通過する帝国戦車の列を眺めていた。周りには帝国歩兵が列を形成して歩いているが、所詮は行軍隊形。騎兵突撃をかければ、蹴散らせる。


 自然と荒くなる呼吸。鋼鉄の戦車を目の前にした恐怖? それともこれから自分たちがあの戦車の列に突撃することへの武者震いか? 大丈夫、まだ気づかれていない。


「クリエル隊長……」


 近くで、女魔術師のか細い声がした。


「ごめんなさい。……もう、限界……です」


 魔術師が気を失い、その場に倒れ込んだ。同時に、彼らを隠していた擬装魔法が解除された。

 忽然と、帝国戦車の車列側面に、コブレ騎士団の騎兵100騎が現れたのだ。


「とつげぇーき!」


 おおおっ――クリエル以下、ネーヴォアドリス軍騎兵部隊は一斉に突撃を敢行した。波のように押し寄せる騎兵、その突進の正面に立たされる格好となった帝国歩兵は慌てふためき、右往左往する。

 そういう時は――クリエルはランスを構えた。


「長槍を構えて、密集隊形を組むものだろう!」


 ネーヴォアドリス軍騎兵が、たちまち帝国兵を文字通り蹴散らした。クリエルの目はすでに次の標的、帝国戦車に向けられている。


「魔力解放!」


 右手のランスに設えられた魔石が輝き、たちまち穂先に紫電を走らせる。


「貫け、サンダーボルトッ!」


 穂先から放たれる電撃が、Ⅱ型砲戦車の後部を貫通する。履帯が吹き飛び、派手な火花を弾かせて、ガクンと戦車の動きが止まる。煙が立ち上り、焦げた臭いが周囲に漂う中、クリエルと騎兵たちは反対側へと抜ける。混乱する敵歩兵を尻目に、もう一撃――。


「隊長! ゴーレムです!」


 地響きと共に、大帝国軍の五メートル強のゴーレム『鉄鬼』が、騎兵の進路を塞ぐように駆けてくる。


 くそ、左側――クリエルらは巨大なゴーレムの間を狙って駆け抜けようとする。立ち止まった騎兵は攻撃に脆い。多少危険でも、敵に向かいつつギリギリをすり抜ける形が、一番速度を落とさず、かつ味方に衝突しない逃げ道だった。

 ……敵が右側から来ていれば魔法槍を当てられたのだが。馬の頭があって、走りながらでは槍を向けられないのだ。


 鉄鬼の金棒がブンと空気をなぎ払った。衝突コースに乗ってしまった騎兵が馬ごと跳ね飛ばされる。おそらく即死の一撃だ。


 ロンバルト、ブレジャ――やられた部下の名前を思わず呟く。直後、高速で飛来した硬い物体が鎧を貫き、クリエルの身体をえぐった。


「な……に――」


 クリエルは落馬した。そして強かに背中から地面に激突した。金属の重甲冑をまとった身で落下。自らの死を予感するクリエルの耳に、小さな爆発のような音が連続して聞こえた。


 ――ああ、こいつは銃とかいうやつか。


 鎧を貫いた一撃に合点がいったクリエルは意識を失った。彼とコブレ騎士団騎兵100騎は、戦車3台破壊、8台を損傷させたのと引き換えに90騎以上が討ち取られた。


 わずか数騎となり離脱を図るネーヴォアドリス騎兵に、帝国銃兵、戦車が仲間の仇とばかりに発砲、追い打ちをかける。砲撃にやられ、さらに地面に叩きつけられる騎兵。

 そこへ、空から無数の航空機が飛来した。



  ・  ・  ・



 空から舞い降りたタロン艦上爆撃機。『鉤爪』の名をもつ艦爆は、翼に懸架してきたロケット弾を立て続けに地上の帝国軍に叩き込んだ。

 Ⅱ型砲戦車が直撃を受けて、バネ仕掛けの玩具の如く吹き飛び、歩兵が爆風と破片になぎ倒された。


 恐るべき鋼鉄の猛禽が爪を突き立て、陸の覇者たる大帝国軍をズタズタに引き裂いていく。戦車やゴーレムが為す術なく炎に包まれ、兵たちが逃げまどう。


 だが帝国軍も反撃を試みる。魔人機カリッグが背中のファイアボール砲を打ち上げれば、魔法型ドリドールが、同じくファイアボール砲や収束光弾砲を発射する。


 対空射撃。しかし、ファイアボール砲は山なりの弾道を描く上に、弾速も遅く、その射程も短い。ドリドールの光弾砲は弾道が真っ直ぐなのでまだマシなのだが、如何せん各個に迎撃するために、対空射撃の密度が薄く、高速で飛ぶ航空機を中々捉えられなかった。


 タロン艦爆を操るシェイプシフターパイロットたちは、それを承知していた。だから、敵魔人機に対して正面から接近するようなことは避け、側面や後方からアプローチをかけて、ミサイルやロケット弾を撃ち込んだ。


 さて、ロケット弾や爆弾を使い切ったタロン艦爆は、地上掃射へと攻撃の手を切り替える。

 小型機であるタロンは、元々武装の搭載量が少ない。浮遊石を搭載しているので重量には問題がないのだが、爆弾などを懸架するスペースが小さいのだ。


 小型機の宿命であるが、だからタロンには連続使用が可能なマギアカノーネ――魔法砲が二門、主翼に内蔵装備されていた。


 電撃弾で掃射することもあれば、爆炎弾で、迫撃砲よろしく敵歩兵を吹き飛ばすこともできた。魔弾の切り替え機能のあるマギアカノーネは、ミサイルウェポンに比べて射程では劣るが、それでも強力な武器である。


 かくて、死肉に群がる禿鷹のように、ファントム・アンガーの航空部隊は執拗に、帝国軍に痛打を浴びせ続けたのだった。



  ・  ・  ・



 目が覚めた時、そこには見たことない兵士がいた。赤い服に鉄の軽鎧。無精ひげの男だ。


 コブレ騎士団騎兵隊長、クリエルは自分が、その見知らぬ兵に手当てを受けていることに気づき、思わず体を起こした。

 途端に腹部に痛みが走った。思わず手を当てれば、そこには包帯が巻かれていた。おそらく銃にやられた傷だ。


「目覚めたか?」


 無精ひげの兵は、淡々と言った。


 野外だった。というより、戦場のすぐそばにクリエルと兵はいて、周囲には同じく手当てを受けて横になっている部下たちがいた。焼けた金属の臭いに目を向ければ、大帝国の戦車や鋼鉄の人形兵器が破壊され、残骸になっている姿を目の当たりにした。


「これは、いったい……?」


 激しく困惑するクリエルは、応急手当が終わり、立ち上がった兵に顔を向けた。


「おまえ……いや、貴殿は?」

「傭兵だ」


 無精ひげの兵は、兜を被り、クリエルを見下ろした。


『我々はファントム・アンガー。大帝国に復讐する者たちが集まった武装組織だ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る