第752話、空から陸へ


「――という話を、大帝国の三軍のトップたちは話していたんだ」


 アリエス浮遊島の艦艇建造工場に俺はいた。ディアマンテと、黒猫姿のベルさんがいて、俺はSS諜報部が仕入れた、大帝国三軍を統括する指揮官たちの会談の内容を披露した。

 帝国の情報は、筒抜けである。


「空中艦隊を下げて、代わりに航空機もどきのポッドを出すか」


 ベルさんは小首を傾げる。


「トップは割と理性的なんだな。もっとこう、プライドとか面子を出して、ドロドロしたやりとりが繰り広げられると思ったのにさ」


 少しうんざりしたような顔に見えるのは、この魔王様にもそういう経験があるからだろうか。


「同じ国でも別の軍とは仲が悪いというのは、軍隊にはよく見られることだが」

「――私の元艦長にも、陸軍への不満を何度も口にしていた方がいらっしゃいました」


 旗艦コアのディアマンテは事務的に言った。陸軍と海軍が不仲なのは、半ばお約束と言っていいくらいのものらしい。


「空軍の大将は航空機対策の対空砲を作らせているんだろう? それを連中が装備するようになったら、オレたちの優位はなくなるぞ?」

「まあ、イールを対艦攻撃に使いにくくなるよな……」


 あの空飛ぶ魚の骨は、あまり機敏ではない上に軽装甲。大帝国の対空砲の性能次第だが、他の機体でも危ないかもしれない。


「防御シールドで機体を守る、敵対空砲の射程外から攻撃する、しかないかな」

「まだ先とはいえ、連中が対空砲を艦艇に装備する前に、空中艦隊をやっちまおうぜ」

「確かにそれなら新しい空中艦を配備するまで、制空権はほぼ手中に収められるな。……ただ」

「ただ、何だよ?」

「大帝国にはある程度、艦艇を残してもらいたいんだ」

「?」


 ベルさんはわからなかったようだ。


「敵は、航空機に価値を見いだしてきている」


 大帝国製の航空機の開発が進められている。連中も戦闘機を作り始めたのだ。


「だが、会戦で帝国は二つの空中艦隊を失った。その補充のために、空軍の艦艇建造施設では急ピッチに新造艦が作られている」

「失えば、その喪失を埋めねばなりません」


 ディアマンテが頷いた。


「そう、連中は自らの資源をある程度、軍艦建造に回しているわけだ。だが仮に、艦隊が航空機によって全滅させられたら、帝国はどうするだろうか?」

「そりゃお前、また艦艇を作るんじゃないか?」

「航空機に一方的にやられるのに?」


 俺は眉をひそめた。


「奴ら、艦艇に見切りをつけて航空機の生産一本に絞ってくるんじゃないかな?」


 それらの資源がすべて航空機に回されたら、かつての米国に戦いを挑んだ日本軍が直面した、圧倒的な数の差を見せつけられる結果となるのではないか。


 質の面では数段上を行くウィリディス軍だが、戦時における兵器の開発、成長速度は凄まじいものがある。

 先の日本軍の例をみれば、開戦序盤は無敵と言われた零式艦上戦闘機、通称「零戦」も終盤には凡庸な機体となっていた。より高性能な機体が他国でも作られたからだ。


 この世界では異世界人の知識のほか、古代文明時代の遺産などがある。それらを利用すれば、突然、トンデモ性能の航空機が誕生する可能性だってあった。


「帝国には色々なものを作ってもらって、その資源を色々なところに割り振ってもらいたい」


 二兎を追う者は一兎をも得ず。色々手を出して中途半端になるのが一番よろしくないが、大帝国には、そのよろしくない状況になってもらう。


「ということで、空軍が引っ込むなら、今度は陸軍をいじめようと思う」


 俺は視線を、改装中の帝国輸送艦へと向ける。


 魔人機やパワードスーツを運用できる強襲揚陸艦。現在、鹵獲ろかく輸送艦三隻がその改装を受けている状態だ。


 主な改造点は、航空機用の離発着甲板を乗せ、艦首と艦尾を延長しつつ、搭載する兵器を降ろすためのハッチを増設。それに伴い、艦首にあった艦橋は、上部甲板に島型艦橋として配置。艦尾のメインエンジンの位置が変更され、船体後部左右にあったサブエンジンだった場所を拡張してメインエンジンを二基とした。


 改装軽空母に似ているが、異なる外観となっている。

 これら強襲揚陸艦は、それぞれ各戦線に一隻ずつ割り振るつもりだが、例の新塗料で色を変え、別戦線への助っ人として活動できるようにする。


「東方方面軍の敵陸軍の戦力を削ってやれば、連合国にも反撃しようという機運が高まるだろうな」

「今のところ、防戦一辺倒だからなぁ。というかずっと負け続けているけどな!」


 ベルさんが苦笑した。


「大帝国相手だと、普通の軍隊じゃ太刀打ちできねえ」

「対抗できるようにアシストするのが俺たちの仕事さ」


 あと一発殴れば倒せますよ、ってレベルにまで敵を痛めつける。もう、ほとんどこっちがやってることになるんだけどね。


「その分、オレ様たちは暴れられるってことだ」


 黒猫さんは不敵に笑った。


「しかし、ジンよ。敵さん、空中艦は引っ込めたがポッドを出してくるんだろう? 結構面倒じゃねえか?」

「戦車やゴーレムを吹き飛ばすはずだったミサイルやロケットを、ポッド相手に使う羽目になるかもね」


 ただ、俺はそこまで深刻に捉えてはいない。


「あのポッドの資料はあるけど、あれ装甲が全然ないからさ。機関砲やマギアカノーネで充分撃墜できるよ。ベルさんの言うとおり面倒ではあるけどね」


 汎用ヘリ兼攻撃機のイールにだって、ポッドの武器の射程外からミサイルを撃ち込めば倒せるし。歩兵が携帯するロケットランチャーでも、そこそこの魔術師でも戦える相手だ。


「陸戦か……」


 ベルさんは改装中の強襲揚陸艦を見上げる。


「揚陸艦があるんなら魔人機を使うんだろ? 連合国戦線用の外装はあるのかい?」


 王国軍仕様のソードマン、ウィリディス仕様のフェルゼン、グラディエーター外装は、さすがに連合国では使えない。ヴェリラルド王国色は極力消さないといけないのだ。


「一応、大帝国で使っているアヴェルク外装を使おうと思っている。あっちのとは同じになっても構わないからね。といっても、主力は鹵獲した魔人機カリッグになるだろうけど」


 シャドウ・フリートで敵輸送艦拿捕と共に積み荷であったカリッグを保有している俺たちである。

 大帝国カリッグと、ウィリディスのカリッグ・カスタムが戦場で激突する――というのは、すでにシャドウ・フリートでやっている。今のところ、武器の性能などでこちらが優勢だったりする。


「オレの機体はあるのかい?」

「ブラックナイトがあるだろう? ベルさん専用の」

「あれはズィーゲン平原の戦いで使っただろ? 身バレは避けるんじゃなかったのか?」

「大丈夫さ。SS諜報部を通して、ベルさんのブラックナイトは傭兵として雇われたって扱いで帝国に報せてやるから」

「傭兵?」


 キョトンとするベルさんに、俺は相好を崩す。


「世界を股にかける黒騎士傭兵ってな。何か気の利いた名前があれば受け付けるよ」


 ぶっちゃけ、赤の艦隊は、連合国とも接触することになる。その構成員は帝国に復讐に燃える志願兵や傭兵ってことにする予定である。


「そう、赤の艦隊――それの正式な名称が決まったよ」


 その名は――。

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