第751話、艦隊と航空機


 ディグラートル大帝国本国、グランシェード城。第一会議室にて、陸海空軍のトップによる会談は続いていた。

 西方方面軍の指揮官ヘーム将軍は戦死。後任の指揮官を送らねばならないが、陸軍最高指揮官ケアルト元帥の表情は苦りきっていた。 


「……シェードを送る」

「マクティーラ・シェード! 黒き狼か!」


 海軍長官アノルジは声を弾ませたが、ケアルトはますます渋顔を深める。


「あらら、そういえば貴様は、シェードを嫌っていたな」

「あの得体の知れない成り上がりを信用できんだけだ」


 吐き捨てるようにケアルトは言った。


「あやつは、人間の姿をした別のものではないか、と思えてならん」

「奴が優秀なのは事実だよ」


 アノルジは微苦笑を浮かべた。


「陛下も、あやつのことは気に入っておいでだ」

「……わかっておる」


 連合国の悪魔、ジン・アミウールさえいなければ常勝無敗だった、と言われる大帝国随一の勇将、それがマクティーラ・シェード将軍である。ジン・アミウール全盛期と言われた頃を経験し、かつ生き残った数少ない指揮官のひとりである。


「シェードには西方方面軍の再編と、可能であるなら西方諸国への侵攻をやってもらう」


 ヴェリラルド王国以外の国々への侵攻。だがヴェリラルド王国を陥とせるというなら、やってもいい。


「可能なら、な」


 海軍長官は、思わずニヤリとした。


「あやつ、駒が不足していても本当にやってしまいそうなところがある」

「今のは皮肉か?」

「いやいや、諸先輩方が、あやつの才を伸ばしたのだと、好意的な解釈をしておくよ」


 アノルジは、そうぼかした。ただ言えることがあるとすれば、成り上がりのシェードは若い頃から、上官には恵まれなかったと聞く。


「奴のことはいい。東方方面軍に話を戻そう」


 エアガル空軍艦隊司令長官は言った。


「ニーヴァランカに航空機の存在があることを、情報部は掴んでいたのか?」

「いや、情報部に問い合わせたが、ニーヴァランカに航空機が配備されたという情報はない」

「つまり……どういうことなんだ?」


 アノルジの問いに、エアガルは答えた。


「国が主導したものではなく、個人や一地方領主レベルが密かに作っていたということだろう」

「おいおい、空中艦隊を殲滅するほどの航空機を、地方領主程度で揃えられるというのか?」

「よほどの金を持っているのか」

「はたまた、帝国を騒がす反乱者どもと同様、一部の有力者が組織した抵抗組織か」


 ケアルトが言えば、海軍長官は眉をひそめた。


「抵抗組織?」

「帝国統治下の国々にゲリラ活動をする者どもがいる。それらが寄り集まって、航空機を独自に作り上げた可能性を、陸軍参謀本部が指摘したのだ」

「なるほど。帝国は恨まれているからな」


 その言葉に、陸空軍の元帥は顔をしかめた。海軍元帥は「本当のことだろう」と平然としていたが。


「そうなると、航空機はニーヴァランカ戦線以外にも現れる可能性があるな」

「参謀本部も同意見だ。どの程度の戦力を動かせるかは、規模すらわかっていないから何とも言えぬ。しかし、それらが現れた場合、東方方面軍の侵攻に重大な障害をもたらすと予想できる」


 ケアルトは、エアガルを見た。


「その場合、空中艦隊に対抗手段はあるのか?」

「いや、ない」


 空軍艦隊司令長官は、あっさりと言い放った。


「第三空中艦隊は壊滅した。少なくとも、敵は空中艦を撃沈する能力を持っている。一方で我が艦隊の防空能力はお粗末だ。異世界人から聞いた話を総合すると、おそらくこちらは敵に何ら打撃を与えていない」

「一方的にやられただけか」


 アノルジは淡々と告げた。一瞬、眉をひそめるエアガルだが、海軍長官の目は真剣そのもので考え込んでいる様子だった。エアガルは続けた。


「航空機については異世界人と共に研究しているが、我が軍がそれを用いられるのは大分先となる。しばらくは対空砲を増産し、それを各個に配備していくしかあるまい」

「対空砲……敵の航空機を落とせるのか?」

「古代機械文明時代の遺物がある。最優先装備として、特級扱いで生産させてはいるが、それらを載せるためには空中艦に改装工事が必要だ」

「ドック入りか。つまりは、改装前の空中艦は敵航空機に無力。だが改装で後方に引っ込んでいる間、前線がお留守になる、と」


 海軍長官は渋い顔になる。エアガルは首を傾けた。


「戦隊単位でローテーションを組んで、後方の工廠へ下げる。だが改装前の艦艇が無力なのは変わりない。いっそ艦隊全部を思い切って下げるべきかもしれん」

「陸軍としては、エアガル長官の意見に反対したい」

「艦隊を全部下げることか?」

「そうだ。航空機は脅威になりつつあるが、皇帝陛下の空軍が、抵抗組織程度に尻尾を巻いて逃げるのは如何にも体面がよろしくない」

「エアガル、乗せられるなよ。体面にこだわって部下を死なせるな」


 アノルジが、ケアルトを睨んだ。陸軍の総指揮官は首を振った。


「私も体面どうこう言いたくないが、空軍が引いたことで貧乏くじを引かされるのは陸軍の兵たちだ。私も彼らを無駄死にさせたくはない」

「では空軍の兵には航空機の盾となって無駄死にしろと?」


 会議室の空気が冷え込む。あーあ、とアノルジは、うんざりする。


 ジン・アミウールが連合国で暴れまわっていた頃、トップではなかったが上級将軍だったアノルジは、司令部で利権やプライドにこだわったつまらない口論じみたやりとりを何度も目の当たりにしている。あの頃は空気が最悪だったが、今のケアルトとエアガルのやりとりは部下の命を考えての話だから、まだ救いはあった。


「これは海軍として、というよりおれ個人の意見なんだが、よろしいか?」


 アノルジは提案した。かつての司令部では、どこか他人事で済ませてきたが、目の前にいる二人は古くからの友人にして、皇帝陛下に忠義を尽くす同志である。


「おれも、空中艦隊は、一度全部下げてもいいと思う。ただいたずらに艦を消耗させるのは賢くない。あれ1隻を作るのにどれだけ資源を使っていることか」


 おかげで海軍の新艦建造が圧迫されているのだが、それについては今はどうでもいい。


「だが、艦はなくとも空軍には浮遊ポッド部隊があるだろう? あれは対地上攻撃用の兵器だが、言ってみれば航空機の一種だ。空軍は艦隊からポッド部隊を下ろして、陸軍の支援をさせれば、不在の艦隊の穴埋めにはなるだろう」

「ポッドか?」


 ケアルトは顎に手を当て考える。


「確かに、地上の掃討にかなり力を発揮していると聞くが……。しかしあんな小さなポッドでは運べる爆弾の量など高が知れている」

「だから、数で補うのだろう? 敵さんが空中艦隊をやったのも数で押したからだと思うが、どうかなエアガル?」

「航空機が積める兵装は確かにお察しだ。アノルジの言うとおり、数で攻めてきたのでなければ艦隊がやられるとは思えない」

「おれは海軍だが、あのポッドは画期的発明だと思っている。海軍はもちろん、陸軍でもあれを主力兵器として使う未来が来るだろう」


 アノルジは楽しそうに告げた。ケアルトとエアガルは、やや驚いたように海軍長官を見つめる。


「まあ、敵さんの使う航空機がどの程度のものかはっきりわからん以上、ポッドもないよりマシ程度だろうけどな。ただ小さくて数が多い分、空中艦を無為に失うよりは損害は少なくなるとおれは思うよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る