第750話、大帝国軍三軍会談


 ディグラートル大帝国本国、帝都カパタール。

 グランシェード城は、皇帝の居城である。いまここに、大帝国三軍の最高指揮官が集結していた。


 絢爛豪華な内装の室内。黒塗りの壁に金の調度品、窓にかかる赤いカーテン、同じく赤のカーペット。すべてが大帝国色の第一会議室。その円卓に男が三人。


 陸軍最高指揮官ケアルト。

 空軍艦隊司令長官エアガル。

 海軍長官であるアノルジ。


 帝国が誇る三軍のトップが一同に顔を合わせた。ちなみに昨年の階級呼称の変更により、ここの三人は『元帥』の階級となっている。


「さて、単刀直入に行こう」


 真っ先に口を開いたのは、陸軍のケアルト元帥。岩を削った彫刻のようながっちりした大男である。

 だが、海軍長官アノルジは、さっそく口を挟んだ。


「おいおい、せっかく古い友人が顔を合わせたのだ。少しくらい雑談もよかろう?」


 丸顔に、冴えない顔つきの初老の男。濃紺の海軍軍服を着ているが、白衣を着せたら科学者に見えそうな人物である。


「我々三人が前に揃ったのはいつ以来だ?」

「半月前だ。開戦前、皇帝陛下よりの下知をいただいた時だ」


 答えたのは空軍艦隊司令長官のエアガル。ケアルトと並ぶ身長190センチの巨漢。しかも無骨な顔立ちと、何かとケアルトと似ている男である。もちろん、ケアルトとエアガルに血縁関係はない。


「存外、つい最近だったな」


 とぼけた顔で天井を仰ぐアノルジ。ケアルトは「もういいか?」と言ったので、「どうぞ」と海軍長官は頷いた。


「春の大侵攻について、当初の予定通りにいっていないのは皆も承知だと思う」

「ああ、予定は予定、その通りに行くことなど少ない」


 アノルジの言葉に、ケアルトとエアガルは揃って海軍長官を睨んだ。


「……続けてくれ」

「まず、主戦場である東方方面軍。こちらは計画通り、連合国に食い込み、その勢力圏を伸ばしつつある。順調だ。ニーヴァランカ戦線で、ケチがつくまでは」


 ケアルトの視線が、空軍艦隊司令長官に向く。エアガルは憮然とした顔で言った。


「第三空中艦隊の壊滅」


 ケアルトは無表情。アノルジは、どこか楽しそうな顔で、エアガルを見る。


「生存者の報告では、航空機による攻撃で艦隊は各個撃破されたという」

「無敵空中艦隊が! まさか航空機に!」


 アノルジは肩をすくめた。


「わかっている。そう怖い目で睨むなよ、エアガル。貴様が上手くやってくれないと、そちらを支援している海軍うちとしても面白くない」

「ともあれ、現在、ニーヴァランカ派遣の我が軍は、空中艦隊からの支援が望めない状態となっている」

「無敵陸軍としては、そのあたりどうなんだね?」

「これまでも空中艦なしでやってきた。多少は手間取るが、こと陸戦に限れば、我が陸軍はニーヴァランカを陥とせよう」


 ただ――ケアルトは苦虫を噛んだ。


「制空権の喪失を、私は深刻に捉えている」


 ほう、とアノルジ。ケアルトは続けた。


「西方方面軍の話に飛ぶ。こちらは開戦早々、方面軍が壊滅した」

「……知っている。笑えない話だよなぁ」


 海軍長官は、ため息をついた。


「第五空中艦隊は全滅。陸軍も方面軍総数の半分以上を、たった一回の会戦で失ったと聞く。ヴェリラルド王国、ただの小国に」

「ただの小国ではあるまい」


 エアガルの言葉に、ケアルトも頷いた。


「かのジン・アミウールの弟子がいるという噂はある。昨年の西方侵攻は失敗に終わった」

「そして今回も、だな」


 アノルジは目を鋭くさせた。


「だが今回は、アミウールの弟子とやらがいたという証拠はないのだろう」

「掃射魔法が使われなかっただけだ」


 ケアルトは否定した。


「アミウールの弟子はいた」

「……」

「報告では、ヴェリラルド王国には戦車に航空機。さらに魔人機、空中艦まで存在したという」

「それは難敵だね。とても弱小の国とは思えんね」

「おそらく、古代機械文明の遺物を使えるようにしたのだろう」


 エアガルは腕を組んだまま告げた。


「我が空中艦がまったく歯がたたないのも道理」

「そうなると、だ。西方侵攻計画は一から練り直しというわけか」

「左様。ヴェリラルド王国に一個艦隊が食われ、陸軍も兵を失った。迂闊に戦力を送り込んでも返り討ちだろう」


 空軍艦隊司令長官は鼻をならす。


「情報が必要だ」

「うむ。情報部には引き続き、かの国の軍備について探らせる」


 ケアルトの表情は険しい。西方方面軍の司令官に指名したヘーム将軍は戦死した。真偽は定かではないが、王国軍の戦車の主砲が、帝国戦車のそれを上回っていたという報告もある。情報部には、より正確な情報収集をしてもらわねば困る。

 アノルジは口を開いた。


「西方方面軍はどうする? こちらは戦争資源の回収のために西方諸国を制圧しようとしていた。それが頓挫とんざしては、仮に東方方面で足踏みするような事態が発生した場合――すでに現実に起こりそうであるが、そうなった場合、東方の進撃が止まってしまうぞ」

「その場合、東方占領国から資源を搾り取れ、と陛下は仰せだ」


 ケアルトの発言はしかし、他ふたりも特に嫌悪のような感情は見せなかった。


「ある程度生かすから存続するが、搾り尽くせば、そこは滅びる。諸刃の剣だな」


 アノルジは感情のこもらない淡々とした調子で言った。


「ヴェリラルド王国を迂回し、他の国から落とさないか?」

「それもひとつの手ではある」


 エアガルは同意した。


「今のところ、情報部の特殊作戦群の連中の工作のおかげで、ヴェリラルド王国を除く国は内政に不安を抱えている」


 後継者問題、王族の不和、領地問題その他もろもろを刺激して、国によってはすでに内戦状態となっているところもある。


「ヴェリラルド王国さえ陥とせば他は一蹴できる、という計画だったからなぁ。初戦でケチがついたが、いっそ周りを先に蹴散らしてしまうのもよいだろう」


 海軍長官は指を上げた。


「うちの海軍は、今のところ無傷だからな。ノルテ海に面する国々を海上から攻めることもできる。……ああ、もちろん内陸侵攻は陸軍と空軍にお願いするしかないがね」

「そのための再編成だ」


 ケアルトは咳払いした。


「我が陸軍は、東方が順調なら、西方に大規模戦力を回せるかもしれないが、今はまだそう多くは送れない」

「空軍は、第三、第五艦隊を喪失し、第一、第二のみで東方に当たらねばならない。本国艦隊は例の反乱者どもがいるために動かせん。第四艦隊は帝国属国の監視や南方に分散配置されている。こちらも多くは引き抜けないだろう」


 西方への兵力について、陸軍と空軍の長は告げる。海軍のトップは聞いた。


「それで、ケアルトよ。西方方面軍司令官の後任はどうするんだ? 決まったのか?」

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