第749話、ゾーハフ軍港予定地
ニーヴァランカ国、国境都市アバローナは、現在大帝国軍の支配下にある。
戦闘による復旧もそこそこに、大帝国空中艦隊のための補給拠点の建造が急ピッチで進められていた。
第三空中艦隊の燃料、弾薬の集積所にして、簡易な修理施設を備えた拠点は、完成の暁には『ゾーハフ軍港』と名付けられることがすでに決まっている。
なお、軍港建造には、かつて帝国と戦い、敗北した国から徴集された奴隷民や、アバローナの民、初戦の大帝国軍侵攻で捕虜となった者たちが用いられていた。
第三艦隊旗艦、バトルシップ『ピノース』は、都市アバローナ上空にあって、警戒配置についていた。
艦隊司令であるソーグア中将の長官公室に、参謀長と情報参謀が急報を持って訪れた。
「なに、第三強襲部隊が襲撃を受けただと?」
ソーグア中将は目を見開いた。参謀長は首肯する。
「は、ピェーリル爆撃に向かう途中、正体不明の飛行物体と遭遇を最後に、以後、音信不通であります」
「三十六護衛隊所属のコルベットから、『ワレ、攻撃ヲ受ク』という通信を受信しました」
通信参謀が付け加えた。
「ただし、そこ以後の通信がないため、おそらく通信中に攻撃され、撃沈ないし通信不能になったものと思われます」
「攻撃……」
ソーグア中将は椅子に深々ともたれた。
「最後まで報告できないほど、素早く、か……」
「長官、まさかとは思いますが――」
参謀長は険しい表情で告げた。
「帝国本国を騒がせている、例の反乱者どもの仕業では……」
空を飛ぶ飛行物体――異世界人のいうところの航空機を操り、大帝国に対して攻撃を仕掛けてくる連中。
本国では『反乱者』と呼ばれ、その討伐に本国艦隊が当たっていると聞くが――
「本国から遠く離れた連合国で、その反乱者たちが現れたと?」
「……確かに、少々考えにくいですが」
「馬鹿馬鹿しい。その反乱者とやらは、航空機という武器を使っていると聞いているが、それでもその攻撃は小規模。13隻の空中艦を1隻残らず沈められるとでもいうのか? 1隻だって沈められるかどうかも怪しいのに」
中将の言葉に、参謀長も「は……」と頷く。
「しかし、そうなると、他に我が空中艦隊を撃滅した敵の正体がますますわかりませんな」
「あの……まだ、撃滅されたと決まったわけでは……」
情報参謀が口を挟んだ。ソーグア中将と参謀長は、眉間にしわを寄せる。
「13隻全部の通信機が故障したというのか? あり得ないだろう。艦隊は全滅したと見るべきだ」
「はっ、申し訳ありません。短慮でした」
即座に詫びる通信参謀。場の空気が重くなった時、長官公室の扉を叩く音が響いた。
「何か?」
「失礼します! 長官、第二強襲部隊より、緊急入電であります!」
通信士官がよく通る声で告げた。第二強襲部隊と聞いて、ソーグア中将の表情はさらに厳しいものに変わった。別部隊がやられた直後である。そこへ緊急入電とあれば、嫌な予感がするのも無理はない。
そして予感は的中する。ニーヴァランカ軍ジャラー要塞への空爆に向かった第二強襲部隊が、謎の航空機部隊の攻撃を受けて壊滅したのだ。
「クルーザー8、コルベット8が……1隻残らず、だと……!」
「謎の航空機」
参謀長は向き直った。
「反乱者ではなく、純粋に連合国の新兵器ということでしょうか」
「ニーヴァランカ軍が航空機を量産し、反撃に出たというのか……」
ソーグア中将は信じられないとばかりに首を振った。
「まさか、奴らがそんなものを持っていたとは……。いやそれほどまでに強力なのか、航空機とは」
「報告からはそうとしか思えませんが、我々は実際に見ておりませんから」
参謀長は続けた。
「異世界人の航空機レポートでは、爆弾やらミサイルなる誘導兵器を用いて、攻撃するとありました。しかし我が空中艦と比べれば、その搭載量などたかがしれております。空中艦部隊を
「大兵力……」
「しかしそれでは、別の疑問が出てきます。ニーヴァランカ軍がそれほどの航空機を有しているなら、何故、開戦初戦のアバローナ防衛などでそれを用いなかったのか……」
ソーグア中将は押し黙る。この未知の戦力に対しての情報が、圧倒的に不足していた。
「参謀長、この際、敵の都合はどうでもいい。我が第三空中艦隊は、クルーザーを半分も失ったことになる。敵が航空機を押し立ててきたら、どう対応すべきか?」
「敵が飛竜より鈍重であれば、速射砲で対抗できますが……」
参謀長は口元を歪めた。
「襲われた強襲部隊の壊滅をみるに、対抗できなかったと見るべきでしょう。艦隊に配備されている航空ポッドを展開すれば、多少はマシになるかと考えますが」
「航空ポッドか」
大帝国空中艦隊に配備が進められている航空ポッド。一人乗り、浮遊石搭載の浮遊攻撃兵器で、電撃砲と火炎弾を装備。少量の爆弾を運ぶことができる。基本的には、地上の敵を攻撃する兵器であり、空の敵に対抗するものではない。
その時、またも長官公室の戸が叩かれた。誰何すると、やってきたのは戦艦ピノースの艦長キカーダ大佐だった。
「長官、お話の最中失礼します。当艦の索敵魔術師が、つい先ほど我が艦隊が魔力サーチを受けたと報告してきまして」
魔力サーチ――いわゆる魔術師たちが、魔力を飛ばして敵などを探る魔法である。本国ではそれを利用した索敵装置を開発していると聞いていたが、つい最近、配備が延期になったと知らされていた。
一応、大帝国空中艦隊には、艦隊や戦隊旗艦クラスには、そうした魔力サーチができる魔術師が配属されている。ただ術者のレベルに影響されるため、索敵範囲が狭い役立たずが送り込まれることも少なくない。
「その直後、その索敵魔術師が、こちらに接近する飛行物体を捕捉したと――」
「何だと!?」
ソーグア中将は席を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。参謀長も怒鳴った。
「馬鹿者! それは敵かもしれんのだぞ!」
「戦闘配置を発令だ! 確認は後でよい、急げ!」
・ ・ ・
アバローナ駐留の第三空中艦隊本隊に接近しつつある飛行物体とは、赤の艦隊の航空隊であった。
数機の直掩機を残して、攻撃機を全力出撃させた赤の艦隊航空隊は、第三空中艦隊に襲いかかった。
イール攻撃機が抱えていた大型対艦ミサイルを、戦艦『ピノース』やクルーザーに放つ。タロン艦上爆撃機が対艦ミサイルやロケット弾ポッドを連続して放ち、クルーザーとコルベットの艦上構造物を破壊していく。
空中艦の速射砲が、航空機を攻撃しようと砲身を向けようとするも、その有効射程外からのミサイル攻撃や、素早いタロンの運動性にまったく対応できない。
第二、第三強襲部隊の時と同様、手も足も出ないまま、一方的に第三空中艦隊本隊は、その
旗艦『ピノース』は大型ミサイル8本の直撃を受け、爆沈。クルーザー7隻、コルベット15隻は、かつて自分たちが破壊した都市アバローナの近郊にて撃破され、鋼鉄の骸をさらすこととなった。
なお、この攻撃で、労働に従事させられていた奴隷たちの反乱や逃走が相次ぎ、のちに帝国陸軍が鎮圧部隊を送り込むまで相当の混乱を引き起こした。
かくて、大帝国空中艦隊の一角、第三空中艦隊は壊滅した。
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