第743話、魔法文明なんてあったらしい


「へえ、相変わらず忙しそうだな、侯爵さんは」


 リーレは、ソファーにどかっと腰を下ろしながら言った。

 キャスリング基地、かつてアンバンサーの秘密基地があったそこに作られたウィリディス軍拠点。地下800メートルほどの深部に着陸パッドがあって、小型飛行艇ワンダラー号が停泊している。

 それを見下ろす地下サロンに、俺とリーレ、そして橿原かしはらがいた。


「キメラウェポン絡みのゴタゴタとはなぁ。……エリサの奴は大丈夫なのか?」


 眼帯の女戦士は深刻げに聞いてきた。俺は小さく眉をひそめた。


「表面上はとくに問題なさそうだった。俺が見るかぎり、気を張っているという様子もなかった。今は保護したキメラウェポンの犠牲者たちを見ているよ」

「まあ、なら、いいんだけどよ」


 リーレは、隣に座る橿原を見た。


「とりあえず、先に連絡したとおり、機械文明とはまったく関係ない遺跡だった」

「これがブラオ君が撮ってきた遺跡の映像です」


 橿原が魔力稼働の映写カードを取り出す。スクワイアゴーレムのブラオが、彼女たちの探検に同行して、記録を取っているのだ。

 映写カードは、トランプケースほどの大きさで、再生ボタンを押すと、魔力によって記録映像をホログラフ状に表示するようになっている。


 洞窟の奥にある石造りの柱や床、神殿のような内装は、確かに機械文明時代のものとはまったく異なっている。……いいなぁ、直接見に行きたい。


 その時、サロンの入り口で小さくチャイムが鳴った。やってきたのは、ダスカ氏とアーリィーだった。リーレが手を挙げる。


「よ、先生。待ってたぞ」

「遅くなりました」

「アーリィーも一緒だったんだな」


 俺が言えば、お姫様は肩をすくめた。


「ボクも、こういう遺跡には興味があるんだ」


 そうだったな。呼んだのは、あくまでダスカ氏で、彼は古代文明にある程度くわしい。

 さっそく、映像を見て、ウィリディスで一番の専門家の意見を聞かせてもらう。


「これは、9000年代後半から1万年の間に栄えたとされる魔法文明時代の遺跡と思われます」

「魔法文明……」


 目を丸くするリーレ。アーリィーは少し考える仕草をとった。


「確か、今より高度な魔法を使いこなしていたと言う」

「そうです。高度に発達し過ぎた結果、滅んでしまったというのは皮肉な話ではありますが」

「何故、滅びたかわかっているのか?」


 質問してみれば、ダスカ氏は首は横に振った。


「いいえ、残念ながら、わかっていません。魔法でも治癒できない疫病や、魔法を用いた戦争での文明崩壊など、いくつか説はあるのですが、確たる証拠はありません」

「あるいは、あのアンバンサーがやっちまったんじゃねえの?」


 リーレが冗談っぽく言った。ダスカ氏は微笑した。


「もしアンバンサーなら、とっくにこの星は彼らに支配され、我々は生きてはいられなかったでしょう」


 ただ――と、老練な魔術師は表情を引き締めた。


「アンバンサーではないにしろ、何か別の存在によって滅ぼされたのではないか、という説も、あるにはあるのです」

「先生、その何かとは……?」


 アーリィーが首をかしげた。しかしダスカ氏にも答えることはできない。


「何か、としか言いようがありません。もしその『何か』が滅ぼしたとして、その何かはその後どうなったのか、という問題が出てきます。ですから、説としても弱いんですよね」


 アンバンサーでもない『何か』がまだこの星のどこかに眠っているとか嫌だぞ。俺はぼんやりと思う。……そういえば。


「ダスカ氏。エルフとか、人間以外の他の種族は、その魔法文明のことわからないかな?」

「私も知りたいところではあるのですが。エルフは自分たちの歴史について、口外しないことで有名ですからね。エルフも含めて、他の種族にも何度か当たったことがあるのですが、残念ながらこの件については、わからないと答えた種族が多くて……」

「それって、人間以外の種族は、その魔法文明以後に生まれたってことか?」

「……!?」


 ディアマンテが言っていたが、テラ・フィデリティアの存在した古代機械文明時代には、そうした亜人的な種族はいなかったと聞いている。ではいつ、それらの種族が発生したかだが……。


 ふと、場が凍ったように静かになっていることに気づいた。アーリィーが、そのヒスイ色の瞳をパチクリとさせる。


「ジ、ジン、それって――」

「魔法文明以後の亜人種族の発生――」


 ダスカ氏は顎に手を当て考え込む。


「単に古い時代の記憶や歴史を残すことをしなかったとも考えていたのですが、ジン君の言うとおり、亜人種が魔法文明以前に存在していなかったとするなら……わからないという答えも道理――」


 ……うん、ダスカ氏、そんな目で俺をじっと見ないでくれ。


「いやはや、考えたことがありませんでした。エルフやドワーフ、その他の種族がいつからこの世界に生まれたか、など」


 ダスカ氏は好奇心が大いに刺激されたようだった。完全にスイッチが入ってしまった大先生をよそに、リーレが首を振った。


「あたしには難しい話はわかんねえから、話を先に進めるぞ」


 空気を読め――と考古学サイドから抗議の声が聞こえてきそうだが、そんなことを気にする彼女ではない。


「トモミ、例のやつ、見せろよ」

「何らかの魔法具か、魔法端末だと思うのですが――」


 橿原が革のポーチから、それを取り出した。実は俺が作った収納魔法具なので、遺跡で回収したものを色々詰め込めるのだが、橿原が机に置いたのは、土色をした長方形の物体。大きさには筆箱くらい。何やら球体が入るような穴が四つ開いている。

 ダスカ氏が声を上げた。


「こ、これは、魔法文明時代の時空転送装置!」

「え……っ!?」


 二度目の静寂。しかしそれはすぐにリーレと橿原によって破られた。


「おっさん! 時空転送って、それって異世界へ移動したりできたりするのか!?」

「べ、別の世界に行けてしまう道具なのでしょうか!?」


 自分の世界に帰ることを目的としている二人にとっては、思いがけず重要アイテムになるかもしれない代物を手に入れたのだ。興奮するなというほうが無理だ。


 ダスカ氏は、中々落ち着かない二人に困惑しつつ、説明した。


 かつて魔法文明時代の遺跡から、これと同じものが発掘され、調査の結果、別世界を行き来するための転送装置らしい、というのがわかった。この装置の穴に、専用のオーブをはめ込み、エネルギーとすることで異世界跳躍を可能とするという。


 なお、残された記録を解読し、希少なオーブをはめ込んだ上で、跳躍実験を行ったが、実験者は消え、装置は壊れてしまったらしい。


 その実験者が無事に異世界に行けたのか、それとも消滅してしまったかはわからない。転移装置が壊れたせいで、戻ってこれなかったからだ。


「でも、これも手がかりの一つなんですね……」


 橿原は、希望を見たように装置を見つめる。実験の失敗で消失とか、割と嫌な予感しかしないのは俺だけだろうか。


「他になけりゃ、これのことをもっと調べるのはアリだと思うぜ?」


 リーレはその気のようだった。まずはじっくり調べることが大事だ。


「となると、機械文明だけでなく、魔法文明も力入れて調べねえといけねえな。よし、橿原、33号遺跡に戻って、もうちょっと調べ直してみようぜ」

「そうですね! ……ということなので、ジンさん。わたしたち、また遺跡に行ってきます」

「お、おう……。ま、気をつけてな」


 誰も、この二人を止めることはできなさそうだった。俺としても、支援はするが、頑張ってとしか言いようがないからね。

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