第742話、発展するノイ・アーベント


「貴方がいてくれてよかったわ」


 王都からの帰り際、エリサがそんなことを言った。


「何だよ急に」

「あたしのような半分魔物の身体になってしまった人たちを、受け入れてくれたこと」


 彼女の緑色の長い髪が揺れた。


「今こうして普通に生きていられること……それは貴方のおかげ。好きなこともやらせてくれて、幸せだなぁって思うの。もちろん、戦争がなければもっといいのだけれど」

「ああ、戦争についてはまったく同感」

「あたしは、今回のベアル研究所のキメラウェポンとは直接関わりがあったわけではないけれど――」


 エリサは自身の顎に、細いその指を当てた。


「同じように苦しんでいた人たちを助ける、その手伝いができることは素晴らしいことだって思ってる。……ありがとう、ジン・トキトモ。あたしたちの侯爵様」


 そんな彼女はまたも俺に密着して、その頬をこすりつけてくる。


「あたしにできることは何でもしてあげるわ」

「何でも?」

「そ、何でも」


 小悪魔めいて微笑む魔女さん。


「もちろん、お姫様にはお伺いを立てるけれども、目一杯優しく尽くしてあげる」


 至福のひとときを、ってか。まあ、楽しみにしているよ。もちろん、アーリィーが優先だけれども。



  ・  ・  ・



 ウィリディスに帰還。多種族都市構想について、候補地も含めて検討――の合間に、ノイ・アーベントと交信。


 春を迎え、トキトモ領の都市の拡充が止まらない。商人や冒険者たちが、質のいいトキトモ領の製品、食材を求めてやってきて、宿泊施設や飲食業は軒並み繁盛。


 定住希望者も多く、俺の屋敷兼役所も連日大忙し。居住希望者のための集合住宅や個人の家などの建設ラッシュ。土地が足りないと、ノイ・アーベントを囲む防壁も、どんどん外側に新しく壁を築いて都市が大きくなっている。


 俺の代理として、王都商業ギルドにいたパルツィ氏が、人工コアガーネットと共に町の発展と運営を指揮している。


『やはり、というべきか、他所の領からの視察も増えています』


 交信用ホログラフのパルツィ氏は冴えない。


『魔力建築によって増築スピードは早いですが、建築業や他領からの注目を集めています』

「仕方ないな。いくら皆が寝静まった夜中に、こっそり建てたとしても、朝になって家ができていたら、そりゃびっくりするよ」

『現状、ジンさん専属の「トキトモ建設」の仕事ということにしてあるので、強引な引き抜きは不可能ですが、時間稼ぎにしかならないかと』


 領専属の建築業社『トキトモ建設』。ダンジョンコアの廉価版の建築コアを使った魔力式建築を行っている。その驚異的建築速度は、ノイ・アーベントの発展に寄与しているが、それを欲しがる者もいるわけだ。


 なるほどね。侯爵専属だから、下手な引き抜きをすれば睨まれる。だから簡単には手が出せないのだが、欲しい人間というのは手段を選ばない。ヘッドハンティングするために様々な方法でアプローチをかけてくるだろう。……最悪、人質を取る、なんてこともあるわけだ。

 まあ、想定はしていたよ。


「じゃあ、建築コアのレンタル業を始めるか。希望者には魔法使いを寄越した上で使い方指導と、取り扱い契約書を必ず書いてもらう」

『違反したらコアが自爆するというやつですね』


 パルツィ氏が悪い笑みを浮かべた。心なしか声に元気が戻ったように思える。


 この件で、相当、彼への突き上げがあったんだろうな。たとえば、どこぞの貴族の遣いが、魔力式建築の手法が欲しい、と大金積んだり、トキトモ建築の人材スカウトとか。……パルツィ氏としては断るしかなかったから、ストレスだっただろう。


 とはいえ、建築コアの悪用は防ぎたいところである。そのための契約書だ。普通に売ってしまったら、その後何に使われても文句も言えなくなってしまうからな。建築と軍事は容易に結びつくから、用心は必要だ――と、本日のお前が言うなスレはここですか? 俺も相当悪いヤツだよ。


『あと、問い合わせといえば――』


 パルツィ氏が続けた。


『街道技術と、護衛のゴーレムの件もぼちぼち』

「ノイ・アーベントへの道は、さぞ馬車でも乗り心地がよかっただろうな」


 皮肉である。護衛のゴーレムとは、ハイウェイ・パトロールのことか。バイカー・スカウトと共にやってくるタイヤ付き変形ゴーレムは目立つことこの上ない。


『ちなみに一番人気は浮遊式バイクです』

「購入希望者が殺到しているのは聞いた」


 冒険者はもちろん、商人や他領からの注目度も高い品だ。そりゃあれがあれば活動範囲も広がるし、早く移動できるんだから、例え高額でも欲しいよな。俺だって冒険者をやっていたから、車製作前に買えるとわかっていれば、金貯めて買おうとしただろうし。


『それではじめた領内限定レンタルですが、すでに複数台が盗難被害に遭いました。もっとも、通報システム搭載のおかげで、犯人は全員逮捕されましたが……』


 その犯人を取り押さえるハイウェイ・パトロールやバイカー・スカウトが、浮遊バイクを使ってるもんだから、より宣伝になるよなぁ……。


「もう、これも一般販売するか……」


 軍事利用が――とは言わない。それを言ったら馬だって同類だ。使う奴の問題だ。

 ただそれとは別に、浮遊バイクが普及すると交通事故の危険性が高まる。バイクの免許のように交通指導が少々必要だろう。


「エアブーツの時と同様に、ランクを分けて制限付けるか。スピードを求める人もいれば、積載量を優先する人もいるだろうし」


 俺は、元商業ギルドの所属だったパルツィ氏に言う。


「とりあえず、高額商品ではあるが、それでも欲しいって奴は多いだろう。用意するこっちも大変だから、浮遊バイクの動力源になる魔石を持ってきたら、値引き対応をしよう」

『なるほど、こちらの魔力生成で消費する魔石を削減できますね。それならこちらの生産効率も上がります』


 ずいぶんとパルツィ氏はうれしそうな顔をしている。大儲けの機会が目の前にあるのだ。元商業ギルドのサブマスとしては、胸が高鳴るのだろうな。


 その後、何件か打ち合わせをして、交信終了。戦争になっていなければ、俺がノイ・アーベントにかかりっきりになってたんだろうなぁ……。


 さらに領の発展と、新しい町の計画――は、都市管理コアであるガーネットに半ば任せるとして、肝心の戦争のほうにも取りかからないといけない。


 ヴェリラルド王国には、大帝国はしばらく攻めて来ないだろうが、今も大陸東の連合国では戦闘が繰り広げられているし、シャドウ・フリートも作戦とあらば行動する。

 西が静かなうちに、東で大暴れしなくてはならない。

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