第741話、グレイブヤード王都支店


 思い立ったら即行動。

 俺は、キャスリング基地で用意した宿舎にいるキメラウェポンたちと面会。最初に会ったのは、実験体とされたがまだ処置されていないグループ。


 彼らは健康状態に問題がなければすぐに解放する旨を伝え、今後の身の振り方を決めてほしいと言っておいた。……大帝国と関わりたくないとか、故郷に戻れない者もいるだろうからね。


 その後に、身体の一部にキメラウェポンの影響を受けているグループ。今後作る予定の、多種族共同都市構想を明かした上で、どうするかを考えてもらった。中には、その人外の一部さえ隠せれば、普通の集落で暮らせる者もいるからだ。


 最後に、身体の大半がすでに魔物同然にまで変化してしまっているグループ。多種族都市構想に参加するか、あるいは危険を承知で別の場所を選ぶか、これまた個々に判断してもらう。


 ……そうそう、リラには制作した魔力遮断メガネを渡した。ゴーゴンの石化の魔眼を封じ、レンズを通して、彼女の世界に色と形を与えた。


「見える……! これがあれば、自由に色々なものを見てもいいのね!」


 目を合わせたら、相手を石にしてしまう。そのことで自分を含めて周囲を怖がっていた女性は、気兼ねなく見ることができることに歓喜した。感動のあまり、泣いてしまったが、周りのキメラウェポンたちは、それを優しく見守った。


 状況は違えど、皆それぞれ抱えているものがあるから、たとえ親しくはなくとも、似た境遇の者に笑顔が戻ったことで、希望が沸いてきたのだろう。


 ひと通り話し終わったので、それぞれ自分の将来のことを考えてもらう。急がないので、ゆっくり熟考してほしい。

 俺は次の行動に移った。


 工廠から相談? 新型機の配備数について? 連合国支援作戦と艦隊編成? エマン王からズィーゲン平原会戦大勝利の戦勝会の相談?


 とりあえず、艦隊や軍備に関わることはディアマンテから、大まかに確認。指示を与え、細事は彼女に任せる。王陛下の相談? そんなの忙しいからパス――したら怒られるか。……アーリィー、ちょっとお父さんをなだめておいて。


「ああ、オレ様が話しておいてやるよ」


 ベルさんが役割を買って出た。……知ってる。また高い酒をたかりにいくんだろう。あの人、使い道ない金持っててそれだもんな。


 まあ、いいや。俺は俺の要件用件を済まそう。シェイプシフター杖のスフェラに頼んで、奴隷商のグレイブヤードと接触、会談のセッティングをしてもらう。

 で、案外あっさり承諾された。俺が公式に侯爵となったせいか、以前の絡みのせいなのか。


 グレイブヤードに会いにいくと言ったら、エリサが同行を申し出たので付き添いに指名。かくて王都へ移動し、会合場所へと向かう。

 裏で色々やっているグレイブヤードだが、表向きは健全な奴隷商人なので、王都にも堂々を店を出している。


「まるで屋敷だな」


 大きな建物である。金持ちや貴族が奴隷を買いにきたりするから、それなりに綺麗にしてあるといったところか。

 入り口にはガードマンと思しき身なりの整った男が二人立っている。俺とエリサが連れ立って入り口へと向かうが、特に止められなかった。

 エリサという美女を連れていたから、一応客に見えたんだろうかね。そのエリサは俺に腕を絡ませ密着している。その豊かなお胸が当たってるんだけど……愛人らしさは出てるかな。俺も頬が緩む。


 ホテルのロビーかと思える室内。受付があるので、そちらで名乗りと会談の用件を伝える。あとシェイプシフターの遣いが、会談申し込みの際に先方からもらった面会状も一緒に提出する。


「ようこそ、おいでくださいました、トキトモ侯爵閣下」


 受付の男性が、ニッコリと微笑む。貴族や金持ちと接する機会が多いんだろうな。慣れているのは一目瞭然だ。

 係員に案内されて二階に上がり、グレイブヤード商会王都店のトップの執務室へ。応接室も兼ねているのだろう。中々高そうな調度品に、綺麗な室内。


 中にいたのは、背の高い青年。墓守だと名乗ったグリムだ。支部の責任者らしく、本日はきちんと正装していらっしゃる。


「ご無沙汰しています、ジンさん。いえ、トキトモ侯爵閣下。エリサさんも元気そうですね」


 どうも、と俺にくっついたままエリサは応じた。俺も「久しぶり」と答え、勧められたソファーに腰を下ろした。


「そうやって正装していると、貴族っぽく見えるな、グリム君。君がここの支店長?」

「裏支店長、というやつで、特別な相手以外には、僕が出向くことがないのですが……。トキトモ侯爵にはお世話になっていますからね」


 裏支店長、ね。苦笑する俺をよそに、給仕係が、紅茶を用意してくれた。


「とはいえ、いきなり秘密のアジトを会談場所にするわけにもいきませんから、こうして慣れない格好をして、ここにいるわけです」

「あら、その姿も似合っているわよ、グリム」


 エリサが早速、お茶に手を出しながら褒めた。いえいえ、と微笑するグリムは、俺へと視線を戻した。


「それで、お話というのは?」

「君は、エリサの過去は知っているんだっけか?」

「元帝国貴族で、キメラウェポン計画とかいうものの被害者である、ということでしたら」


 本人がいるからだろう。グリムは答えた。話が早くて助かる。


「そのキメラウェポンの犠牲者たちを保護してね。その今後について、君と、グレイブヤードと話がしたかったんだ」

「……まさか、そのキメラウェポンを、僕たちで買い取れ、というのではないでしょうね?」

「いやいや、そうではない」


 そういや、ここ奴隷商なんだもんな。商売の種といえば、奴隷の売買であり、合法ではあるが、裏では非合法奴隷についても取り扱ってはいる。


 俺は、多くの種族が対等の条件下で生活できる町――多種族都市の構想を説明した。その一環で、迫害されて行き場のない人たちも受け入れられる場所にしたいことを付け加える。


「なるほど、多くの種族が公平な取引や生活ができる場所と、迫害された人たちの受け皿は別問題ではあるのですが、やりようによっては同時解決の場にもできる、と」


 グリムは考え込む。俺は付け加えた。


「他の種族とはどうしても駄目、って人間はいるだろう。公平とはいっても、さすがにサハギン族みたく、他種族は全部敵、というのは無理な話だし」


 話し合いが通じる種族というのは最低条件だ。こればかりは仕方がない。


「それで、我がグレイブヤードが保護している不法奴隷の住処を、閣下が提供するとおっしゃる……」

「選択肢のひとつとしてだよ。先にも言ったが、他の種族といたくないって人間までは引き受けられない。それは互いに不幸しか呼ばないからね」

「選択肢のひとつ、ですか。まあ、選べるというのはいいことですね」

「こちらとしては、キメラウェポンの犠牲者を許容してくれる人間を増やしたいんだ」


 それが、犠牲者たちをどこかに閉じ込めずに、人並みの生活を送るための方法のひとつだと思っている。


「その見返りと言っては何だか、グレイブヤードが前に抱えていた問題――不正な方法で奴隷を作っている悪党を潰す実行部隊を、ウィリディスが提供しようと思う」

「おおっ!」


 グリムがソファーから腰を浮かせた。


「それは朗報です! 我々としても、不法奴隷保護のためとはいえ、悪党に金を回していることは頭の痛い問題ですから。閣下がお立ちいただけるのは何より喜ばしく思います」

「……こちらも、多忙であるから、時と状況によっては手を貸せない時もあると思う。だが可能な限り、悪党どもの討伐はやらせてもらうよ」

「ありがとうございます。この件は、早速グレイブヤード商会本部にもご報告させていただき、トキトモ侯爵からの要望、要請には最優先でお応えできるようにさせていただきます」

「あぁ、そう……。まあ、よろしく」


 何だか思った以上の、グリムの食いつきだった。この件は、相当悩ましい問題だったということだろうな。まあ、俺も最初断った時も心苦しかったからな……。


 とりあえず、目的は果たした。実際、どこまでグレイブヤードが協力してくれるかは、これからを見て判断というところだ。

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