第740話、保護したキメラ問題


 シャドウ・フリートは、高度1万メートル以上の空に展開した擬装雲に紛れて、大帝国本国やその近辺を遊弋していた。


 作戦行動を起こす時は、現場近くまで移動し、そこから雲を出て地上へと降下、攻撃したりする。

 現状、シャドウ・フリートは神出鬼没。大帝国側も、ゲリラ攻撃を仕掛けるこちらの艦隊の所在を掴みかねていた。


 さて、ポータルを経由し、ヴェリラルド王国に戻った俺たち。戦闘でお疲れの面々には休息を。修理やメンテが必要な兵器類は、キャスリング基地やアリエス浮遊島軍港で魔力再生処置を受けて、新品同様に蘇らせる。魔力と引き換えに、整備時間の大幅短縮と、予備部品の削減である。


 俺とベルさんは、ベアル研究所で保護したキメラウェポンらの今後について話し合うため、キャスリング基地のエリサ、アーリィーと合流した。


 基地内の会議室。作戦の汗をシャワーで流して、着替えた彼女たちと、ゆったりランチをしながらお話。


「保護したキメラウェポンは二〇人」


 エリサが、そのリストを俺によこした。それを見ながら、俺はタマゴとレタスの挟まったサンドイッチをもぐもぐと咀嚼する。


「そのうち五人は、連れて来られたばかりの実験体候補。キメラウェポンを見てはいるけれど、まだよくわかっていない状態。身体にも問題ないから、このまま解放しても問題ないわ」

「――ん。で、八人が、処置を受けたが変化は身体の一部のみで、衣服などで隠せば人と見分けがつかない、か」


 危険な能力を持っていないなら、これも早期に解放だな。ただ、身体の一部に異形の処置を受けているから、日常生活ではこれらをうまく隠したほうがいいだろう。できれば定期的に診断もしておきたいな。

 そして、もっとも大変なのが――


「身体の半分以上が異形化していて、そのまま外に出すと命が狙われる危険がある者」


 ゴーゴン型のリラ、セイレーン型のフィーナ、魔獣姿のジェラグなど、七人がそれに該当する。何も知らない人間が見たら、魔物とみて討伐しようとするだろう。


「彼女たちが安心して過ごせる場所があればいいのだけれど……」


 エリサが眉をひそめる。アーリィーが頷いた。


「王国の他の領地だと厳しいよね。未踏地域とか、それかこのトキトモ領くらいじゃないかな……」

「当面は一般人の目に触れないように、基地内で面倒を見ることになる」


 俺の言葉に、ベルさんが笑った。


「ああ、ここなら、人間よりシェイプシフターやゴーレムのほうが多いもんな」


 アーリィーが飲み物――オレンジジュースを飲んだ後に言った。


「でも、ずっとこのまま基地に留めておく、というのもよくないよね?」

「隔離、監禁――そのつもりはなくても、そう思われるのは問題だもんな」


 元の身体に戻してやれれば解決するんだけどな。


 俺はリンゴジュースを一口。後味すっきり、喉さわやか。


「俺の考えとしては、どこかに集落を作りたい。キメラウェポンだけではなく、亜人や他の種族も、とくに差別的に扱われない場所を、だ」

「!?」


 アーリィーとエリサが、目を見開く。ベルさんの表情は変化がなかった。


「亜人や他の種族も、というのはつまり――」


 エリサの言葉に、俺は頷いた。


「種族問わず、自由に暮らし、商売などができる町」


 ヴェリラルド王国は、人間以外の種族にも比較的寛容な国として知られる。王都に獣人や亜人がいても、それだけで逮捕されたりするようなことはない。もちろん、他種族に偏見を持ち、傲慢にも見下す者はどこにでもいて、差別がない国とは言えない。


 でも広い意味で解釈するなら、もう王国には、他種族が普通に暮らしていて、商売もそれなりにやっているのだけど。

 だからこの王国でなら、その種族問わずの精神を一歩推し進めた町を実現させるのも夢物語ではないと思う。


「とはいえ、完全に差別がない、というのは俺も無理だと思う」


 人間が他の種族を、というのはもちろん、他の種族の中にも自分以外の種族を格下にみていたり、差別したり、仲が悪い種族もいる。人間同士だってそうなのだから、差別のない場所は、理想に過ぎる。


「少なくとも、町を運営する側から、この種族は駄目です、とかいう縛りをやらないっていう意味が正しいかもしれない」

「ジンよ。その町は、人間はなしなのか?」


 ベルさんが問うた。俺は首を横に振る。


「それをやったら、差別だから、人間も入れるよ。ただ、他種族ばかりの町となると、行ってみようって人間はそう多くないと思う」

「物好きか、冒険者か……」

「多少、犯罪者も混じるだろうね。他種族の持ち物や、個人を狙ったりとか。そういうのは、きっちり監視する必要はある」


 だが、色々な種族がいる場所なら、キメラウェポンの犠牲者たちも、特に擬装などしなくても自由に出歩けるのではないか。珍しい種族ってことで済ませられるとね。


 もちろん、様々な種族がいれば、それなりにトラブルも避けられないだろう。だが、このままどこかに閉じ込めておくのでは、助け出した意味がない。


 行き場のない人たち。元は人間なのに、姿を無理やり変えられて、普通の人間たちのもとには戻れない。犠牲者たちには、本当に気の毒な話である。


「ご主人様」


 会議室にメイド姿のサキリスがトレイを手にやってきた。


「お飲み物のお代わりなど如何でしょうか?」

「ありがとう」


 甲斐甲斐しく給仕して回るメイドさんを眺め、ふと頭によぎるものがあった。


「行き場のない人たち、か……」


 奴隷落ちしたサキリス、キメラウェポンのエリサを引き取った。二人の仲は良好で、関係も悪くない。相性がいいというのもあるが……。


 グレイブヤード。


 奴隷商人集団のことが浮かんだ。そのエリサを保護することになった際に、少々顔を合わせた仲である人物。そのひとりであるグリムから、グレイブヤードに誘われた俺は、全面信用できなかったからお断りした。

 だがその時の不法奴隷の話を聞いたことが、俺の脳裏にひっかかったのだ。


 そういう不法奴隷を保護し、酷い目に合わない場所へ逃がしたり、あるいは良心的な主のもとに売る――グレイブヤードから聞いた不法奴隷の件が、今回のキメラたちに重なった。


 いっそ、そういう行き場のない不法奴隷たちも引き入れるか。本来、キメラウェポンのことは伏せておくべきだが、同じくさらわれ改造された身の上は、不法に奴隷にされた人たちも、場合によってはありえた話だ。買われた先が、人体実験や主人の残虐な趣味の犠牲になる可能性は、奴隷たちがもっとも恐れることだから。


 実際にそうなった者とならなかった者――そう考えるなら、まったく関係ない人間よりも、良好な関係を築けるのではないだろうか。何せ否定的な見方をすれば、それは自分に返ってくる。互いの身の上にシンパシーを感じているからこそ、悪く言うことはそうそうないはずだ。

 人間とキメラウェポンの共同生活環境の実現も、あながち夢ではないかもしれない。


 ひとつ、グレイブヤードに接触して、交渉してみるか。先日は保留にした不法奴隷を生み出している悪党どもの掃除に協力すると言えば、彼らにとっても悪い話ではないだろう。

 そもそも、その手の犯罪組織は、グレイブヤードがいまいち信用できなかったのと、大帝国の件がなければ野放しにしてはおかなかっただろうしな。


「なあ、ジン――」


 ベルさんが、俺を見ていた。


「お前、また何か荷物抱え込もうとしていないか?」


 鋭いなー、さすが相棒、いや大魔王様だ。荷物っていう言い方は少々気にいらないけど。


「まあ、ひとつの解決策のために、ちょっとな」


 俺は適当な紙を引っ張り出すと、さらさらとマジックペンを走らせる。ベルさんはもちろん、アーリィーも何を書いているのか見てきた。


「ジン?」

「伊達メガネ」


 書き上げたのはメガネ。メタルフレーム。特に飾り気はない。素材に関しては金属でもプラスチックでも、人工コアの魔力生成で作れる。

 ただしレンズは、魔法を通さない魔力遮断の魔法文字を刻む。


「リラに約束した、魔眼防止メガネ」


 ゴーゴン系キメラウェポンの子への約束の品である。

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