第739話、蛇と鳥と魔獣


 相手を動けなくする魔眼を持つキメラウェポンのリラが、そっと俺を見た。しかし、その魔眼はまったく効かなかった。


「何故、貴方には魔眼の効果が発動しないのですか?」

「簡単です。帝国の資料を見ましたが、あなたの魔眼は魔法だ。それも自動で放射し続けるタイプの。つまり、その魔法を遮断してしまえば効果がない。あなたがアイマスクで視界を封じられていたようにね」


 だから俺は、自分の目の範囲に反射魔法を展開して、魔眼に乗せた魔法効果を別方向へ反射させたのだ。なお跳ね返ってリラが麻痺するのもアレなので、反射角度を調整して天井方向へ返るようにしてある。


「我々は、キメラウェポンの犠牲者であるあなた方を助けるために来ました。もし嫌でなければ、ここから出ましょう」

「……外に、出ても、いいんでしょうか?」


 リラは躊躇った。


「わたしが見た者は、皆、石化してしまう……。それにこんな化け物の身体になってしまった……。もう、元の場所には帰れない……!」


 確かに。故郷や家族のもとには、おいそれと帰せない。家族はよくても、集落に住む他の人間が排除しようとするだろうし。


「でも、ここにいるよりはマシですよ。それに俺を見て。石になりましたか?」


 じっと、俺がリラを見つめれば、彼女は目をそらし続ける。目を合わせるのが怖い。もし石化させてしまったら、と恐れているのだろう。優しいなぁ……って、そういう単純な問題ではないな。


「あなたが人並みに暮らせる場所を作るつもりです」

「わたしを、兵器として利用しようとしているのでは……?」


 リラは目を合わせないまま、表情を強ばらせた。


「だから、あなたはわたしに優しくしようとする……」

「それはないわ!」


 扉のほうから、エリサが声をかけた。


「あたしもサキュバスのキメラウェポン。貴女と同じ。でも、いまあたしは人並みに暮らしている。ここにいるのは、あたしと同じ境遇の者たちを助けるために。決して、ジンに強要されているのではないわ」


 援護射撃をどうも。俺は苦笑しつつ、リラに促した。


「すぐに信用できないのはわかります。帝国から離れてから、これからのことを話しましょう」

「……そうですね。そうなのですが」


 リラは一度はうなずいたが、表情は晴れなかった。


「わたしは魔眼を自分で制御できません。マスクをしないと、おそらく迷惑をかけると思います。外に出ても、わたしの世界は暗いまま」

「おそらく、と言うか、まずそうなるでしょうね」


 俺は認めた。


「ただ、効果と対策はわかっているので、あなたの視界を確保しながら魔眼効果を通さない魔法具を作りましょう」


 まあ、眼鏡型になるだろうけどね。魔法が透過しないように細工すればいいわけだから、たぶん、さほど難しくない。


「その間は、少し我慢することになるでしょうが」

「……よいお話、なのでしょうね」


 すっと、リラは頭を下げた。


「このような醜い化け物ですが、ご好意に甘えさせていただきます」

「あなたは十分美しいですよ」


 お世辞抜きで。下半身が蛇だからといって、上半身は人間と変わらず、元々は人間だったわけだからね。



  ・  ・  ・



 俺たちは、監房区画のキメラウェポンたちを解放していった。


 フィーナという名のセイレーン……と呼んでいいのかな? 上半身は人間の女性だが下半身は魚、ついでに背中に鳥の翼を持っているキメラウェポン。


 他に、獅子のような魔獣に変身する能力を持つジェラグという男のキメラウェポンなどを助けた。


 もっとも、このジェラグとは、ひと悶着あったのだが。自分ではうまく変身が制御できないこのジェラグは、赤い獅子のような魔獣姿でこちらを威嚇。言葉は話せたのだが――


『オレたちを連れ出して、兵器として利用するつもりだな!』


 と、あからさまに吠えられた。ここで前に出たのはベルさん。彼は騎士姿から猫の姿になると、魔獣の巨体を見上げながら、ガンを飛ばした。


「お前みたいな雑魚を兵器にするほど、こっちは手が足りねぇわけじゃねえんだ。黙ってろ!」


 魔王の威圧。小さな黒猫に、すっかりビビッて頭を下げる魔獣の姿は、滑稽ではあったが、彼が他人を簡単に信用できない心証もわからなくはないので、笑うことはしなかった。


 以後、ジェラグはすっかり恐れをなしてしまい、素直に従うようになった。……少々やり過ぎだったかもしれないが、追々、慣れてもらうしかないな。


 さて、フィーナのほうは、伝説のセイレーン同様、その声に魔力が宿っていて、人を惑わす能力を持つらしい。


 なので、リラ同様、能力を封じるための口枷をかけられていた。外したものの、今は周囲への影響を気にして、声を発しない。とりあえず、魔力念話のほうで交信を試みているものの、上手く扱えないらしく、コミュニケーションに難ありだ。……今後の課題だな。念話も喋れないが聞く分には問題ないようなので、当面はそれでいくしかないだろう。


 元の人間に戻してやれるのが一番なのだが、大帝国のキメラウェポン研究において、今のところ戻す手段がない。今後も探ってはいくが。

 実験体を助け出した今、もうこの研究所に用はない。やってきた揚陸艇に全員乗れないのはわかっているので、来た時と同じくポータルを使用。


 行き先はキャスリング基地として、エリサが先導。アーリィーには、俺が行くまで救出した対象の面倒を任せる。

 彼女らが一足先に帰るのを見送った頃には、シェイプシフター兵たちの研究所の爆破準備が完了。俺たちは施設の外へと出た。


 外には、リアナたち、リーパー中隊の特務小隊が警戒の任についていた。シャドウ・フリートとは別に、彼女たちには黒のライトスーツとパワードスーツが支給されている。


「報告すべき接敵はありません」


 専用ヘルメット付きのライトスーツ姿だと、顔がわからないのでリアナなのか、あるいは女性型シェイプシフター兵なのか見分けがつかないな。


「地上から接近しつつあった敵部隊は、マッドハンターたちが排除しました」

「了解した。俺たちも撤収しよう」


 リアナに告げた後、通信機で、艦隊旗艦『キアルヴァル』を呼び出し、所定の作戦の遂行したことを宣言する。


『了解しました、ジン様。魔人機部隊を回収後、艦隊もそちらに合流します』


 ラスィアの小気味よい声。俺たちは、揚陸艇組とポータル組に分かれて、研究所を離れた。


 直後、ベアル研究所を爆破。地下施設が吹き飛び、崩壊したことで、その上にあった古城が崩れ完全に埋め立てた。


 揚陸艇を収容後、艦載機は空母に帰還。シャドウ・フリートは高度をとり、擬装雲を発生させながら姿を隠して、戦場から離脱した。

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