第738話、犠牲者たち
研究所内部は制圧された。俺たち施設攻略隊は、ベアル研究所の敵勢力をすべて排除した。
外ではシャドウ・フリートが、増援の哨戒部隊を撃破。また地上から迫る敵部隊は、マッドら魔人機部隊――大半は鹵獲したカリッグの改造機が迎撃中である。
おそらく大丈夫だろうが、万が一にも敵部隊が迎撃をかわして研究所まできたら、外で待機しているリアナら、リーパー中隊の特務小隊が待ち受けている。
さて、魔法軍特殊開発団関連の資料を回収しつつ、並行して施設の爆破の準備を行う。その間、俺とエリサ、アーリィーらは、実験素体の収容区画へと足を踏み入れた。
キメラウェポン計画の実験体。先ほどまで戦った実戦投入型とは異なる、ただ実験されて身体を弄られる犠牲者たちが囚われている場所だ。
頑丈な檻に入れられた実験体。当然ながら突然やってきた黒い装束の集団に警戒心を露わにする彼、彼女たち。
声を失うアーリィーに、俺はさりげなく告げる。
「あまり驚かないようにな。……傷つくから」
驚くほうが普通だとは思うけどね。人の姿でいる者は半分程度。それ以外は、何かしらの生物を合成されて異形じみた姿となっている。
だが共通しているのは、皆表情が暗いこと。中には感情が欠落しているように見える者もいた。心身の
エリサが俺へと視線を向けていたので、頷いてやる。彼女は兜をとり、その素顔をさらすと、奥へと足を進める。
「みんな、聞いてちょうだい!」
緑髪の元実験体の美女は呼びかける。
「あたしたちは、あなたたちを助けにきた! もう実験はされない。ここから出たい者はあたしたちと共にきなさい!」
エリサの声に、ここの半分ほどが何らかの反応を示した。ここから出られるかもしれないという期待と、しかし信用できるのかと疑惑の目。
助ける、という言葉も、何らかの実験の一環で、自分たちの心を壊すための手段なのでは、という疑心暗鬼だろうか? いきなり現れてでは、信用も難しいだろうけど。
「あたしも、皆と同じ、キメラウェポンの実験体だったわ!」
エリサはライトスーツの上を脱ぎ出した。わっ、と思わず声をあげるアーリィー。俺も何をするのか目を見開く。上半身露わの彼女の背中に、悪魔を模した翼が出現する。あ、そういうことね。目に見える形で、自分も同類だと示したのだ。
「信じられないというなら好きにしなさい。でも、そうでないのなら、一緒にここを出ましょう!?」
実験体とされていた者たちの視線が、エリサに集中している。半サキュバスの身体を見せたことで、少し信用してみようという気が起き始めたように見えた。
ベルさんが、そっと魔力念話を使った。
『なあ、ジンよ。今さらだけどさ、お前がこいつらの面倒を見るってことだよな?』
助け出して連れ出すということはそういうことだ。檻から出しました、あとは自由です、さようなら、はあまりに無責任と言える。……いや、まあ、どこまで面倒を見るとか、そういう線引きなどないから、批判を無視するなら無責任に放り出してもいいのだが。
『どこまでやるかはわからないが、生きていけるように手助けは惜しまないつもりだよ』
女、子供……野郎だって、人体実験と称して、こんなひどい扱いされているのを見てしまうとね……。放っておくと寝覚めが悪くなるよ。
『ここにいるのはさ、程度は違えど、大帝国の犠牲者だからね。俺やあんたと同じく』
『……そうだな』
ベルさんは同意した。
エリサの呼びかけに、大方が応じたことで、SS衛生兵らが檻を開け、実験体とされていた人たちを介抱する。携帯食用のスープやカロリーバーなどを提供する。
同時に、囚われている人たちの身元確認を進める。最優先で回収した彼、彼女らの資料を探り、能力と共に調べる。犯罪者もいれば、奴隷として買われたり、あるいは誘拐されてきた者もいた。
ここから連れ出したとして、まずはキャスリング基地かアリエス浮遊島軍港の施設に収容だな。治療が必要ならして、今後の身の振り方を考えさせないといけない。
身体の一部、もしくは大半が異形となっている人間を、いきなり普通の町や村に出したら、地元の者たちから迫害されるだろうことは目に見えている。エリサの時のように、サキュバスというだけで処刑なんてこともあり得る。
できれば隠れ里みたいなことはしたくないが、最悪、トキトモ領で集落を作ることも視野に入れる。……亜人や他種族が集う自由都市でも作るか。
色んな種族がいれば、半分異形とされた人だって、普通の人間集落よりは受け入れられやすいのではないか? アウトローの世界でも、相手の身分や出自を気にしない場所や環境もあるのだから、一考する価値はあるな。
さて、再びライトスーツをまとったエリサと共に、俺たちは奥のほうに囚われている実験体のもとへ。ここらは独房となっていて、ドアの小窓からでないと中が見えない。
「……」
最初の部屋には、奥の壁に鎖で繋がれた女性……いや下半身が蛇の異形体がいた。ラミア系の外見だが、その女性の目もとは、意味ありげな意匠のアイマスクが仰々しくつけられていた。
魔眼系の能力を持っていて、それを封じるためのアイマスクだろうか。ラミア型となると、石化系の魔眼を持つゴーゴンを作ってみた、というところだろう。
資料を読み上げるSS兵。予想通りのゴーゴン型キメラウェポンだった。まあ、エリサはサキュバスだったし、こういうのもあるのだろう。
『目の奥に魔石を融合させてあり、その魔力を視線に乗せることで、見たものを麻痺、ないし石にするようです』
「麻痺か石化か」
『はい。基本、麻痺のようですが、ゴーゴンという種族を知っている者には、麻痺を石化だと思う思考が加わり、対象の身体を石に変化させる、とあります』
「それであの外見なんだな」
いわゆる魔法の思い込み効果を逆手にとって、石化を誘発させる。例えるなら、催眠にかかりやすい人間は石化、そうでない人間と、そもそもゴーゴンを知らない相手には麻痺だけで済むということだ。
そういえば、以前、ゴーゴン退治で冒険者のルングが、魔眼にやられた時、麻痺を石化だと勘違いしていたことがあった。あれを例にするなら、おそらくルングはこの場合、マジで石化してしまうパターンだろう。
「使い方次第では強力な能力だな……」
戦場で、集団の前方にこの手の魔眼持ちがいたら、相対した兵がまとめて麻痺か石化でやられてしまう。そこを後続が出てきてトドメ。……動けないところを一方的に殺されるというのはゾッとする。
「まあ、種がわかってしまえば、対策はとれるけどな」
俺は、ゴーゴン種のキメラ――ええっと、名前はリラというらしい。資料から名前を確認して、いざ独房へ。アーリィーが「大丈夫?」と不安げに言ったが、俺は軽く肩をすくめた後、リラの前に。
「こんにちは、ジン・トキトモと言います。あなたを助けようと思い、ここに来ました。帝国兵はもういません」
視界を遮られている彼女に、外の情報はないと思い、俺は優しくそう告げた。まずは彼女を縛り付けている鎖をはずしていく。
「今から、あなたのマスクをはずします」
「……」
リラは黙ったままだ。生きているのは、彼女の粗末な服の胸の上下や下半身の先の動きでわかる。
「帝国兵がいない、というのは……?」
マスクをはずしている途中、か細い声でリラが言った。
「我々はシャドウ・フリート――大帝国に反旗を翻し、戦う者。帝国に虐げられた人たちを助けることもしています」
やたら重いアイマスクだ。防弾効果くらいありそうだな。アイマスクがなくなり、露わになった姿は……なかなかの美人さん。ただ、彼女は目を閉じたままだった。
「目を開けてもいいですよ。大丈夫、俺に魔眼は通じません」
「本当、ですか……?」
「ええ。これでも、本職は魔術師ですから」
俺の言葉に、リラは少し躊躇いを見せたが、やがて、うっすらと瞼を開く。
黄金色の瞳が、ゆっくりと動き、俺を見た。
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