第737話、内外の交戦


 研究所の奥。遺跡じみた内装ながら、所々魔法のランプや機械の筒などがある。本来ならミスマッチな取り合わせのはずなのだが、それほど違和感を感じない。

 ファンタジーと機械の組み合わせに慣れてきたせいかもしれない。ウィリディスはもう少し機械優先の内装だが、これはこれで……。


 などと呑気な感想をよそに、ベアル研究所のキメラウェポンが次々と、俺たちに襲いかかる。


 竜人もどきを倒して先に進めば、亀の甲羅を背負った二足歩行の怪物たちが、盾と槍を手に突進してくる。……こんな狭い通路いっぱいに広がって突っ込んできたら、避ける場所がない!


「ライトニング!」

「ファイアボルト!」


 サキリスとエリサが投射魔法を放ち、近衛やアーリィーが魔法銃を撃つが、亀の怪物の盾が防ぐ。やれやれ――


「魔力の波」


 俺は、突っ込んでくる亀怪物どもの後ろ、地面から三十センチほどの高さに魔力のブロックを想像、それをこちらへと引き寄せた。


 見えない魔力のブロックは小さな波のごとく、怪物たちの足を後ろから引っかけた。見事にまとめてひっくり返る亀怪物たち。背中の甲羅が床に当たり、倒れた怪物たちは起き上がろうともがく。


 その隙を見逃さず、ベルさん、サキリスが肉薄。デスブリンガーが亀怪物の胴体を切り裂き、魔法槍が貫いた。


「いい判断だったぞ、ジン」


 ベルさんからお褒めの言葉。


「いや、あんたなら俺がやらなくても上手くやっただろう?」

「買いかぶるなよ。オレ様が褒めたんだ、素直に受け取れ」

「どうも」


 軽口を叩きながら前進。開けた部屋に出る。事前に受け取ったマップでは、一番広い研究室だった。

 最後の抵抗とばかりに、彼らが異形兵と呼ぶ、シェイプシフター兵のお仲間のような姿の兵士と、サソリ型の異形が数体、こちらを待ち構えていた。


「蹴散らせ!」


 俺が声を張り上げれば、ベルさん以下仲間たちと、シェイプシフター兵、近衛兵たちが室内の敵へと前進した。敵もこちらをまた返り討ちにせんと駆けてくる。


「広い場所に出れば……!」


 ヴィスタがギル・ク改で魔法矢の雨を降らせる。弓は、通路などでは使いづらいからな。投射魔法と魔弾が飛び交い、次に剣戟が室内に木霊した。


 敵異形兵は、姿こそシェイプシフター兵に似ているが、人型の改造生物であり、変身したり物理耐性が高いということはない。ただし、その身体能力は常人を軽く凌駕している。普通の兵では束でかかっても苦戦するだろう。


 だがこちらは近衛をはじめ、皆ライトスーツを着用していて互角以上にやり合える。そしてすでに、このタイプの異形兵とは交戦経験があるので、今さら後れは取らない。


 ベルさんが強いのは相変わらずとして、アーリィーがディフェンダーブレードを巧みに操って、敵を仕留めている。今日はいないが、まるでリーレのようだ。


 そんなお姫様の活躍に発奮したか、サキリスが槍を振るいつつ、アーリィーのサポートに回り、オリビア隊長や近衛たちが、必要以上に敵が集中しないように戦い、場をコントロールしていた。


「……マルカス君」

「なんです、侯爵閣下?」


 盾と剣を構え、俺の前に陣取るマルカス。俺が魔術師らしく後方で援護できるよう、戦場を見ているが、本来、前衛の彼は動かない。


「君は前に出ないのか?」

「出てもいいのですが、他のメンツに比べて足が遅いもので」


 彼は真面目だった。


「個々の戦闘の間合いがあります。このスペースだと、おれが行っても他の面々に相手を持っていかれてしまいます。それなら、主人を守る盾として残ったほうが、まだ役に立てるかと」

「……お前は偉いなぁ」


 俺は素直に思ったことを口にした。


「最近、戦闘機ばかりだから、白兵戦に張り切っていると思ったけど、ちゃんと自制して役割に徹するなんてさ」

「これでも、騎士ですから」


 ちら、と俺を一瞥したマルカスは、口元に小さく笑みを作った。


「まあ、張り切って参加したのは間違ってないですが」

「お前さんは、騎士の鑑だよ」


 俺は口にしつつ、天井に張り付きながら迫る異形兵を睨む。人型のくせに蜘蛛みたいに張り付くとは、気持ちの悪い。複数の光球を展開、対空射撃! ライトニングの弾幕が天井の敵を撃ち落とす。


「……相変わらず、えげつない魔法を使いますね。敵は蜂の巣だ」


 苦笑するマルカス。


「貴方が魔法を使っている間は、お任せを。敵を近づけさせませんよ」

「任せたぞ、マルカス」


 俺も安心して魔法に集中できるというものだ。――とか思ってたら、通信機が俺をお呼びときた。相手は艦隊旗艦にいるラスィアだ。


「どうした?」

『ジン様、帝国軍の増援が接近中です』


 キアルヴァル艦上のラスィアによれば、研究所の比較的近くを哨戒する敵空中艦の戦隊が接近中。また別方向から、敵魔人機部隊が急行中だと言う。


『マッドハンター率いる魔人機部隊は、コルベット戦隊から展開させています。接近中の敵艦隊に対して迎撃行動に移りますが、よろしいですね?』

「ああ、まだこちらはしばらく施設内だ。接近する敵は排除しろ」



  ・  ・  ・



『――しばらく施設内だ。接近する敵は排除しろ』

「承知しました、ジン様。――エスメラルダ!」


 通信端末から振り返るラスィア。専用席につくエスメラルダは、すぐさま命令を実行する。


「コルベット『睦月』、『如月』、『弥生』、接近中の敵艦隊に先制射撃」


 従属回路の制御下にあるシャドウ・フリート所属のコルベット改3隻が迎撃に動く。


 大帝国のⅠ型コルベットは、全長80メートル。12センチ連装主砲3基、側面に8センチ速射砲6基を装備する。


 鹵獲して改造されたコルベットは、艦体色がシャドウ・フリートの黒になっていた。

 エンジンをレシプロ機関からインフィニー機関に交換した結果、推進用のプロペラがなくなっている。さらに主砲も、12センチ連装砲から、12.7センチ単装プラズマカノンに変更された。


 改造コルベットは単縦陣を形成しながら、オリジナルの帝国コルベットより数倍の高速力を発揮。接近する敵哨戒部隊――クルーザー1、コルベット4の頭を抑える。


 同高度で、シャドウ・フリートコルベット3隻は敵艦隊を右舷に捉え、その全主砲を右へと指向する。


 一方、クルーザーを先頭に、こちらも単縦陣で進む帝国空中艦は、距離を詰めているが、使える主砲は先頭のクルーザーの艦首砲のみ。


 理想的な丁字。その瞬間、シャドウ・フリートコルベットは右舷方向の帝国艦に全プラズマカノンを発射した。


 シャドウ・フリート艦用に、赤色に調整されたプラズマ弾は、テラ・フィディリティア式の射撃管制装置に導かれるまま、先頭を行く敵クルーザーに吸い込まれた。


 被弾箇所から真っ赤な爆発と火の手が上がる。艦首の15センチ砲、艦橋を撃ち抜かれた帝国クルーザーはよろめくように速度を落とし、高度を落とす。装甲をプラズマ弾が貫通、浮遊石か機関にダメージを与えたのかもしれない。


 シャドウ・フリートコルベットは、面舵を切って変針。クルーザーを避けて前に出てくる帝国コルベット戦隊に対し、反航しながらプラズマカノンを矢継ぎ早に撃ち込んだ。


 いまだ帝国コルベットの12センチ連装(実体弾)砲の有効射程外から、プラズマカノンによる一方的な砲撃。元は同じ艦とは思えない性能差がそこには存在していた。

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