第726話、王国軍の牙
大帝国軍が王国軍へと向かってくる。正面に戦車、魔人機と歩兵。両翼から騎兵部隊。
フレック騎士長が口を開いた。
「閣下、右翼の敵騎兵に対して、75ミリ野砲と機関銃を振り向けます。ですが、左翼の守りは騎兵500のみ――」
「わかっている」
ウィリディス軍から貸与も含めて機関銃や大砲が王国軍に配備されているが、数が十分ではない。そもそも、それを扱える人材からして不足しているのだから仕方がない。武器があっても人がいないのだ。
だから右翼にそれらの武器を集中し、片方の守りを万全にすると引き換えに、左翼には騎兵を集中させた。だがその騎兵が、こちらは500。向こうは三倍の1500である。劣勢は否めない。
いざとなれば、魔人機部隊で――ジャルジーが脳裏で考えをまとめていると、通信機の前に座る通信兵が振り返った。
「閣下、ウィリディス軍、トキトモ侯爵より入電であります! ワスプⅡ攻撃機隊を派遣、敵騎兵はお任せあれ」
「さすがだ」
完璧なタイミングでの援軍の知らせ。後ろの臣下たちが「おおっ」と安堵する中、エクリーンが皮肉げな笑みを浮かべた。
「まるで、わたくしたちを見ているようなタイミングですわね」
「ああ、見ているさ。兄貴は戦場で起こることをすべて把握している」
以前、王都での禁止薬物製造犯のアジトをジンたちが制圧する際に、ジャルジーは彼の手際を見ている。敵味方の位置など、まさに手に取るようにわかるのだ。
「まるで神の所業ですわ」
「そうとも、神の業を使う英雄が、我らの味方をしているのだ」
敵騎兵はジンとウィリディス軍に任せればいい。ジャルジーは通信兵に視線をやった。
「シュタールファウストに前進命令! 敵正面の戦力を破砕させろ!」
・ ・ ・
大帝国軍は、得意のゴーレムウォール戦術を用いて、戦車、ゴーレム、魔人機の壁を形成しながら、王国軍に迫った。
さらに両翼の騎兵連隊が、敵を包囲殲滅にかかるべく機動する。
だが、そこへウィリディス軍のワスプⅡ攻撃機が二個中隊、戦場に到着した。
ワスプⅠヘリから、メインローターを排除。浮遊石を搭載することで機動力を確保しつつ、兵装搭載量を激増させた対地攻撃機である。
スタブウイングだったそれは武器搭載パイロンとして使用されるが、重量無視による圧倒的なミサイルやロケット弾の携行を可能とする。機首には20ミリ機関砲を備え、戦闘ヘリ同様、地上掃射も可能と、空飛ぶ戦車である。
戦場に駆けつけたワスプⅡ部隊は、まず両翼の帝国騎兵に「こんにちは」の一撃を見舞った。
15機ずつ、エクスブロード弾頭のミサイルを騎兵集団に次々に放つ。一発あたりの威力は、王国軍戦闘機が投下したエクスブロードⅡ爆弾には劣る。だが装甲が個人携帯レベルの鎧しかない騎兵には脅威でしかない。
たちまち騎乗する馬ごと炎に巻き込まれ、あるいは吹き飛ばされ、隊列が乱れに乱れる。
ワスプⅡ隊はそのまま騎兵部隊を飛び越えると、敵主力のゴーレムウォールに対し、通り賃を配った。
対装甲物用のAGM-1ミサイルやロケット弾を連続して発射。
両翼から中央へ飛んだワスプⅡ部隊は、途中で衝突することなく高速ですれ違うという神業を披露して、再び騎兵部隊の生き残りの掃討へとかかる。
一方、ゴーレムウォールを構成する部隊は竜巻が抜けた後のように、ズタズタに引き裂かれていた。帝国ご自慢の壁は崩壊したのだ。
しかし後続する歩兵部隊は前進を続けた。命令に忠実なオーク尖兵が、能天気にもゴーレムウォールの残骸を超えていく。それらを盾代わりにできる、と一般兵たちも進軍。ゴーレムウォールは失われたが、数の上ではまだ敵より倍以上いるというのが、彼らの足を進ませた。王国軍の航空機が、騎兵部隊のほうへ行ってしまったというのもあるが。
「前進! 前ぇぇ、進め!」
歩兵連隊指揮官が、声を張り上げ、部隊を押し立てる。
だが、そこに王国軍の次の牙が襲いかかった。
地面を踏み締め、履帯の音を立てながら、王国軍戦車大隊が突然、王国軍の陣の正面に現れたのだ。それぞれ偽装布で隠れていたVT-1戦車が横列に展開し、壁を失った帝国兵たちの前に立ち塞がる。
王国軍戦車大隊、通称シュタールファウスト(鋼鉄の拳)。その指揮官バルバス隊長は、鉄拳号と名付けたVT-1戦車のキューポラから乗り出して怒鳴った。
「ディグラートルの小童どもめ! 生かしては帰さん!」
VT-1戦車、その主砲たる60口径75ミリ砲が煙と共に砲弾を撃つ。鉄拳号の左右を進むVT-1戦車も次々に発砲。
先陣を行くオーク兵部隊に、75ミリ砲弾が炸裂。爆発と衝撃、そしてまき散らされた高速の破片が肉をえぐり、切り裂いた。
さながら炎と鉄の暴風雨。王国軍戦車30両の放つ、対歩兵用榴弾が獰猛なオークを吹き飛ばしていく。
『撃てぇ! 撃ちまくれぇ!』
バルバスの怒号が通信機に響き、砲弾が叩き込まれる。オーク兵に続き、後続の帝国歩兵も砲火にさらされ、枯れ葉の如く吹っ飛ばされた。
・ ・ ・
「戦車、だとォ……!?」
前進した主力歩兵が砲撃にやられていくさまを、望遠鏡で見ていたヘーム将軍は歯噛みした。
オーク兵も歩兵も、皆なかよく戦車の餌食になっていく。帝国兵は為す術がなかった。
そもそも遠距離から戦車砲を容赦なく撃ち込まれ、反撃どころではなかったのである。
反撃の手段がない。何故なら、帝国歩兵に対戦車用の武器がなかったからだ。
ヘーム将軍は目の前が真っ赤になるほど怒りに震えていた。
ヴェリラルド王国には戦車がある。それはおよそ二週間ほど前に、公式に発表されたが、大帝国側にその対策の準備はなかった。
正確には帝国諜報部が、王国軍戦車の情報を掴んでいたのだが、現行のⅡ型砲戦車で対抗可能とみて、対策をしなかったのである。
陸軍もまた、ゴーレムウォールで味方戦車も前衛に出るのだから、後続の歩兵が王国戦車と戦うことなどないと本気で思い込んでいたのである。
実際、総生産数が50にも満たない王国軍戦車など、数で押し潰せると考えていた。
「あれが37ミリ砲だと!? どうみても我が軍の57ミリ砲以上ではないか!」
明らかに諜報部の失態だ。
王国軍戦車は、短砲身37ミリ砲を搭載していると発表されていた。だからこそ歯牙にもかけなかったが、その砲が帝国戦車以上となれば話は別だ。
――くそっ、動ける戦車はないのか!
せめて、あの王国戦車に我が軍の戦車が対抗できるのか見定めねばならない。だが前衛は壊滅した。
またしても現れた航空物体の攻撃によって。武器を満載して、ゴーレムの壁を粉砕していったのだ。
騎兵もほぼ片付けられてしまった。
「将軍! 敵騎兵が右側面より突っ込んできます!」
「なんだと!?」
正面の戦車に気をとられ過ぎていた。王国軍は側面攻撃に騎兵を送り込んできたのだ!
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