第727話、帝国の反撃
側面迂回を試みた大帝国軍騎兵連隊は、ワスプⅡ部隊の執拗な対地攻撃を前に掃討された。20ミリ機関砲やロケット弾が、馬もろとも騎兵を打ち倒して、大地に屍の山を築いた。
敵騎兵が排除されたため、ジャルジーは王国軍騎兵500を大帝国軍の側面に迂回させた。正面の戦車部隊に敵の意識が集中している間に、敵後方、そして願わくば大将首を狙ったのである。
そしてこの策は成功するかに思えた。
大帝国本陣につめていた、ある騎士が現れるまでは。
青い甲冑をまとったその騎士は単騎で、王国軍騎兵を迎え撃つ構えを見せた。手にした剣を頭上に掲げた時、それは起きた。
雷鳴が轟き、おびただしい数の稲妻の竜が、王国軍騎兵を濁流に飲み込むが如く突き抜けた。
それはわずか数秒の出来事だった。雷が消えた時、王国軍騎兵500は、焼け焦げ、物言わぬ骸と化していたのである。
帝国本陣では、この戦い初の歓声が上がり、一方、王国軍本陣では誰もが言葉を失った。
「騎兵500が……」
フレック騎士長が、信じられないとばかりに首を振る。ジャルジーは冷や汗を感じながらも、表情を引き締めた。
「奴ら、『魔器』を使ったのだ」
古代文明時代の強大なる魔法兵器。ジンからも聞いたことあるし、連合国と大帝国軍の戦争でも何度か使われたことを知っている。
だが実物を見たのは初めてだ。射程こそ、ジンのバニシング・レイに及ばないが、威力は互角以上だったのではないか。
今ので、大帝国軍は戦意を取り戻してしまったのではないか。
そう思っていたら、魔器使いとおぼしき騎士の体中が霧散した。何が起きたか、とっさにわからなかった。赤い飛沫をばらまいて消えたように見えたその直後、一機のワスプⅡ攻撃機が通過した。
搭載していた20ミリ機関砲が、魔器使いの騎士を呆気なく討ち取ったのだ。そのあまりにあっさりした最期に、大帝国軍本陣がしんと静まり返った。
そして、彼らにとっての地獄が始まった。
連続して放たれた戦車砲弾が、本陣とそれを護衛する後方予備部隊に『後ろから』襲いかかったのだ。
瞬く間に火球が幾つか上がり、兵たちは襲撃に動揺した。
広いズィーゲン平原の地平線から、いつの間にか数十両の『浮遊する戦車』の群れが現れた。
アイゼンレーヴェ――ウィリディス軍主力戦車部隊が、その航空機にも劣らない猛スピードで平原を東進、主戦場後方へ到着したのだった。
ルプス主力戦車が、帝国軍の反撃の届かない場所から、長砲身76ミリ砲を強化榴弾で放ち、帝国兵の命を刈り取っていく。
吹き上がる土煙。炸裂の轟音が耳をつんざき、飛散した土砂に混じる鉄の破片が散弾よろしく兵たちの身体を引き裂く。
ルプス第一、第二中隊が絶え間ない砲火を浴びせる中、第三中隊のエクウス歩兵戦闘車は前進を続ける。20ミリ機関砲を連射して敵兵をなぎ倒しながら、マギアカノーネによる魔法爆弾を投射。迫撃砲弾さながらの爆発魔法を帝国部隊内に送り込んだのだ。
・ ・ ・
何ということだ。事ここに至り、大帝国西方方面軍司令官ヘーム将軍は、絶望的状況であることを悟った。
正面の戦車、後方に回り込んできた戦車の半包囲挟撃。
頼みとする魔人機、自軍戦車、ゴーレム部隊はすでになく、一方的な砲撃にさらされている。2万いた軍勢はすでにその多くが失われ、統制を失った兵が逃亡を図ろうとして砲撃に吹き飛ばされていた。
魔器使い――ジン・アミウールの弟子を警戒して送られてきた騎士は、王国騎兵を葬り、どうにか一矢報いたが、戦果といえばそれだけ。もはや覆しようがなかった。
「大帝国が、負ける……? こんな辺境の弱小国に……?」
あり得ない。圧倒的な戦力を誇る無敵陸軍が、手も足も出ずに。どう取り繕うとも、本国では誰も信じないだろう。
本陣付近にも砲弾が着弾し、兵がやられていく。しかし本陣は、強固な魔法障壁に守られている。
この障壁は、一年以上前、ジン・アミウールがあまりに光の殲滅魔法で本陣もろとも軍勢を吹き飛ばすので、その対策として採用された。軍勢の頭脳たる指揮官を失わないように、陸軍では将軍クラスの陣には必ず配備されているものだった。
だが指揮官が守られても、その手足となる兵を失ってしまっては……。
「おのれ……おのれ、ヴェリラルド王国ぅ! おのれぇぇー!」
ヘーム将軍の絶叫が木霊する。もはや彼には怒鳴り散らすことしかできることはなかった。
本陣の幕僚らも含め、誰もが俯き、視線をそらして黙している。障壁内の将兵らも、例外なく敗戦を理解していたからだ。
だが、戦いはまだ終わらなかった。
何故ならば、主力軍と呼応して、クロディスへ進軍していた軍がもうひとつ存在していたからだ。主力軍が王国軍と接触したならば、その敵の側面を突くように予め計画していた。
かくて、1万6000もの兵員を有する帝国軍左翼部隊が、主戦場に到着した。
ヘーム将軍の主力軍を救援すべく、カリッグら魔人機と騎兵部隊を向かわせ、王国軍にはⅡ型砲戦車とゴーレム、歩兵を押し立てた。
・ ・ ・
大帝国A部隊がB部隊の救援に向かっている。
それをポイニクス高高度汎用偵察機による観測によって、俺は掴んでいた。
ワスプⅡ攻撃機、アイゼンレーヴェ大隊が、ジャルジーの王国軍と共同で主力であるB部隊を順調に壊滅させる中、俺はこのA部隊に対する兵力を確認した。
まずC部隊を叩いたガンシップ戦隊とワスプⅠ戦闘ヘリ部隊は、弾薬と燃料を補給している最中で、すぐに行動がとれなかった。
アイゼンレーヴェ戦車大隊は、B部隊を平らげている最中で、おそらく砲弾を消費しつくすと思われるので、これも戦力として除外。
ジャルジーのところの戦車大隊も同じで、航空隊は現在ベース・レイドにてエクスブロードⅡ爆弾の装備中。これは少し遅れるが迎撃戦力に加えてもいいだろう。
王国軍は、騎兵を失ったが、主力歩兵と魔人機部隊、野戦砲部隊が無傷で残っている。まあ、それでもA部隊相手では数が少なすぎるが。
そして俺たちウィリディス軍だが、航空艦隊は健在。アーリィーの第一航空戦隊も、各航空隊に爆撃装備で待機中。
巡洋戦艦ディアマンテ以下、アンバル級巡洋艦による支援砲撃も可能。……そう考えると、航空戦力の主力が温存されていて、これらを差し向ければ、A部隊も撃破できるだろう。
そうなると、俺にできることは、遅かれ早かれA部隊に攻撃されるだろうジャルジーの王国軍の損害をいかに少なくして勝つ、ということになるか。
強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』でウィリディス軍地上兵力を投下し、王国軍を支援する。
「というわけで、諸君」
ライトスーツをまとい、俺は、ペガサス格納庫にいる面々を見渡した。
「我らウィリディス軍魔人機部隊のお披露目である。……くれぐれもはしゃぎ過ぎないように。自分たちの命を大事に、無理はしないよう、よろしく頼む」
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