第725話、エクスブロードⅡ爆弾


 王国軍のTF-2ドラケン戦闘機隊は三個中隊。大帝国軍に航空兵力がないため、全機が爆装し、戦闘機本来の軽快さは失われている。


 だが地上にひしめく2万の敵軍の真上に侵入するのに苦労はなかった。ムンター飛行隊長は通信機で呼びかける。


「第一中隊は、このまま真っ直ぐ突き抜ける。第二中隊は左、第三中隊は右へ、それぞれ爆弾を投下せよ! 散らせよォ、こっちの爆弾が強すぎるからな!」

『了解!』


 緊張をはらんだ返事。大帝国という強国相手に初陣では、びびっても仕方ない。ムンターは操縦桿を真っ直ぐに固定して進む。2個編隊が敵軍の上を通過。


 ――でかい的だ。はずしようがないな。


 爆弾投下ボタンを押し込む。重量軽減魔法がかかっているとはいえ、1トン爆弾が切り離された瞬間、機体がふわりと軽くなったのをムンターは感じた。


 投下されたエクスブロードⅡ爆弾は、2000人規模の戦列、その真上で信管が作動。わずかな間の後、地獄の業火もかくやの爆発が巻き起こる。


 大気に拡散した気化燃料が瞬時に爆発、あたり一面の帝国兵をなぎ払った。圧倒的な炎、そして衝撃波が敵兵を、オーク兵どもをまとめて、根こそぎ飲み込む。

 飛び去りながら、戦果確認に首を巡らせていたムンターは息を呑んだ。


「……うへェ、これがかの大魔術師様の火魔法を封じた爆弾の威力ってやつか。すげぇな畜生」


 ムンターは魔法適性がない。魔法が使えたらと子供の頃には思ったことがあるが、大人になるにつれ考えないようにしていた。だがこの歳になり、航空機で空を飛び、魔法の爆弾を自らの手で使う。


 改めて言うがムンターは魔法使いではない。だが、やっていることは伝説級の魔法使いの所業だ。


「凄ぇぜ、こいつは……!」


 部下たちも爆弾投下を決め、大帝国軍の隊列に鮮烈な火の玉が上がる。こっちは30人、だがすでに帝国兵は数百人、いや数千程度で損害が出ていた。


「一発しか運べないってのが歯がゆいな、こりゃ」


 エクスブロードⅡ爆弾をもっといっぱい運べたら、戦闘機隊だけで万の大軍も蹴散らせるのではないか。


 これからは航空機の時代だ、とムンターは予感した。どれだけ陸上に軍隊がいても、空を飛ぶものに敵わない。物珍しさに惹かれて航空機パイロットに志願したが、これは正解だった。


 高度を上げ、順次、ベース・レイドへの帰投コースをとる。本当に爆弾を積みに戻るのが歯がゆくてたまらない。


 その間に本隊がやられてくれるなよ、とムンター飛行隊長は祈りつつ、部下の機体を集めて戦場を離脱した。



  ・  ・  ・



 大帝国軍、西方方面軍司令官であるヘーム将軍は、ヴェリラルド王国侵攻軍を自ら指揮していた。


 対連合国の東方方面より、遥かに弱敵な西方諸国など何するものぞ、と、前線の軍を率いたのだ。幕僚の中には、ジン・アミウールの弟子の存在を警戒する声もあったが、それを押し切る形となった。


 実際、空軍の第五空中艦隊が先行しており、西方方面軍の半分にあたる兵力を一気に投じて、ヴェリラルド王国を早期攻略する予定だった。


 が、当初の計画とは大きな隔たりがある。


 王国北方の要たるクロディスへ進軍する大帝国軍陸軍主力は、待ち構えていたヴェリラルド王国軍を発見、交戦の準備に移った。

 だがその最中、王国軍は先手を打ってきた。


 航空戦力による空襲。


 小型の飛行物体――大帝国軍に航空機は、ポッド型しか存在していない――による爆撃。だが、その威力が凄まじ過ぎた。


 たった一発で、隊列を形成する兵が数百人規模、炎に飲み込まれて倒される。何度か空中艦隊の爆弾や砲の威力を見ているヘーム将軍とて、ここまでの威力のある攻撃は初めてだった。


「わ、我が軍が……」


 風のように駆け抜けた飛行物体が落とした爆弾によって破壊されていく。凶悪なオーク尖兵も、徴兵した二等民以下の兵も、本国の精鋭も――


 幕僚たちも顔を青ざめさせて絶句している。目の前で起きた敵の攻撃に立ち尽くす。


 ざっと三分の一ほどがやられた。ヘーム将軍はそう見立てた。詳細はわからないが、まだ半数以上が無傷で残っているのは確かだ。


 そして幸いだったが、敵機は爆弾を各一発しか運べないらしく、落としたらさっさと離脱したことだ。もし留まっていれば、被害の大きさに驚愕した兵が恐慌をきたし、逃亡しはじめていただろう。

 呆然としているうちに敵が去ったので、兵たちは戦場に留まっていた。


「各連隊、被害把握を急げ!」


 ヘーム将軍は怒鳴った。


「損害が少ない隊は、正面の王国軍に突撃だ! いいか、残っている戦力だけでも敵の倍以上いるのだ。撤退は許さん!」


 幕僚や、伝令、通信兵たちが弾かれたように、それぞれの役割を果たすべく動き出す。


「両翼の騎兵部隊はどうか? ……損害なし? よし、では敵主力の側面に突っ込ませろ!」


 帝国軍主力部隊は動き出した。爆弾の直撃を受け大損害を被った部隊が再編成を兼ねて下がるのに対し、被害の少なかった部隊が前進をしつつ、左右の隊と歩調を合わせて横列を形成する。

 迎え撃つヴェリラルド王国は――



  ・  ・  ・



「凄まじい攻撃力だ……」


 王国軍本陣で、ジャルジーは、妻になる予定のエクリーン・クレニエールや、フレック騎士長ほか、臣下たちとドラケン戦闘機隊が、敵軍に大打撃を与えるのを目の当たりにした。


 兄貴はこういう戦いをやっていたんだな――ジャルジーは、心の中で呟く。


 エクスブロードⅡ爆弾――強力な爆発魔法は、大魔法の行使に匹敵した。その威力は、並の野戦なら一発で戦況を変えかねない威力と言える。


 本来そのレベルの魔法を使うには高位魔術師が必要だ。しかしそんな魔術師はおいそれと揃えることはできない。エクスブロードⅡ爆弾並の威力を30近くも放つためには、同数の高位魔術師が必要だろう。


 しかし現実には、高位魔術師がいなくともやり遂げてしまったわけだ。――さすが、大帝国をきりきり舞いさせた兄貴が考えることだ。


「……む」


 だが恐るべきは大帝国軍。あれだけのエクスブロードⅡ爆弾を食らっても、まだ半分以上が動けて、軍団を維持している。

 見張り台に立つ観測兵が声を張り上げ報告した。


「帝国軍、進撃を開始! さらに側面の騎兵部隊1500、計3000も移動を開始しました!」

「動くか!」


 後ろで配下の騎士たちがざわめく。つくづく普通の軍とは違うということだ、大帝国軍は!

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