第719話、西方方面軍、動く
ディグラートル大帝国の東方方面軍が侵攻を開始したその日、大陸西方に展開する西方方面軍もまた、進軍を開始した。
西方諸国の制圧のため、西方方面軍の最初の標的となったのはヴェリラルド王国である。
昨年より推し進められていた西方征服は、シェーヴィル王国の制圧までは順調だったものの、ヴェリラルド王国を前に西方方面軍が壊滅したため頓挫した経緯がある。
何故、西方軍が壊滅したのか。未だ謎が多く、憶測が飛び交う中、昨年よりさらに軍備が強化された大帝国軍は、満を持して攻略に乗り出した。
その尖兵として、大帝国空軍、第五空中艦隊が、旧シェーヴィル王国のマキシモ平原から出撃する。
旗艦、バトルシップ『ディリー』。艦隊司令官は、ドー中将。帝国貴族であり、少々ふくよかな体格の五十代。かつては海軍に所属しており、空中艦隊構想時に空軍へ志願した経緯を持つ。
シェーヴィルに本部を置く西方方面軍司令部を経由して、本国からの指令書を受け取ったドー中将は、注目する部下たちに声高に宣言した。
「皇帝陛下より御命令が下った! 我が第五空中艦隊は、これよりヴェリラルド王国に進撃。その北方の要であるクロディスを陥とす!」
戦艦『ディリー』を旗艦に、30を超えるクルーザーと、40隻ものコルベット、補給艦15隻が続く。非戦闘艦を含め、86隻の大艦隊である。
東方に集中する空中艦隊にあって、西方唯一の艦隊である第五艦隊である。昨今、配備の進む新型のⅡ型艦が、第一、第二艦隊に集中配備される中、第五艦隊は古参艦ばかりだ。だが、ろくな空中艦のない国々には充分過ぎる戦力と言える。
いかな堅城といえど、空中艦隊の砲爆撃の前では意味をなさない。旧体制の城など、今や何の役にも立たないのだ。
夕刻が迫る中、第五空中艦隊の
その様子を、遥か高空から監視する目があることに気づかずに。
同時刻、ヴェリラルド王国東部、高度1万2000メートル。
アリエス浮遊島軍港から巡洋戦艦『ディアマンテ』を旗艦とするウィリディス艦隊が出航した。
テラ・フィデリティア航空軍の戦闘艦艇を主軸とした艦隊は、巡洋戦艦1、重巡洋艦1、航空巡洋艦1、軽巡洋艦5、中型空母1、小型空母2、揚陸巡洋艦2、小型高速艇3の計16隻である。
アリエス浮遊島基地にて、出撃する艦隊を見送るはヴェリラルド王国国王エマン。王国の命運は、若者たちに託された。
「頼むぞ、ジン、ジャルジー――」
ウィリディス艦隊は、エンジンの放つ光の尾を引きながら、王国北部ケーニゲン領へと向かった。
・ ・ ・
その頃、ケーニゲン領中枢、クロディスからも大帝国軍の進撃の報を受けて、ケーニゲン軍を中心とする王国軍が行動を開始した。
だが、その軍は、従来の軍とは異なる、異色の行軍であった。
騎馬や兵が街道に沿って歩く、というものとは違う。何故なら、そこには高さ6メートル近い、鋼鉄の巨人が列を作っていた。
また民の前にお披露目を果たしたVT-1戦車が数十両、荒々しく
「おお、何と胸躍る光景か!」
ジャルジー・ケーニゲン公爵は、愛用のライトスーツをまとい、デゼルト型装甲車に牽引される輸送車にいた。運ばれているのは、公爵専用の魔人機がある。
兄と慕うジンが、クリスマス・プレゼントとして、ウィリディス開発の魔人機をくらたものだ。ここ最近、一般兵とも扱える魔人機を配備されたが、それら量産型とは違うスペシャル機である。
「我が魔人機部隊の頼もしきことよ。帝国にも引けを取らん!」
今回の王国軍に配備された量産型魔人機は、『ソードマン』。外装換装で様々なバリエーションがある汎用機である。
ゴーグル状の頭部カメラ、鋭角的な装甲とシルエットは、シンプルな強さを感じさせる。着ぶくれな大帝国のカリッグなどに比べてもスマートだ。
ケーニゲン軍には、このソードマンが18機。王国軍――正確には王都からの救援軍からも、同数の18機のソードマンがエマン王の手配で参加している。そちらの指揮官は、王都でも名を馳せる聖騎士ルインである。
「公爵閣下!」
忠実な部下であるフレック騎士長がやってきた。
「トキトモ侯のウィリディス艦隊がアリエス浮遊島より出撃。こちらへ向かっております」
「うむ、予定どおりだな。フレック、帝国軍の戦力はどうなっているか?」
「はっ、ウィリディス経由の情報でありますが、歩兵およそ4万、騎兵5000、戦車250、魔人機200、戦闘ゴーレム500以上――」
「……」
ジャルジーは押し黙る。恐るべきは大帝国の物量。
王国軍は歩兵5000、騎兵500、戦車40、魔人機37。これとは別に、ジン・トキトモ率いるウィリディス軍の航空艦隊と地上部隊がいるが、数の上ではとても、敵の足元に及ばない。
「改めて聞くと、新兵器に浮かれている場合ではないな」
質の上ではようやく互角程度。それで数で劣っていれば、まともに戦えば敗北必至である。
「兄貴があれほど勝てると豪語しなければ、オレだって逃げたくなる戦力差だな」
苦笑するしかないジャルジー。フレック騎士長は、表情ひとつ変えず言った。
「ですが、お逃げにはなられないのでございましょう?」
「当たり前だ。オレはこの国の王となる男だ。敵が怖いとおめおめと逃げ出せるものか」
はっきりとジャルジーは言い放つ。
「……まあ、結局は兄貴頼りになるんだがな」
王国軍に間に合った新兵器、そしてそれを扱う者たちの訓練。敵の動きと、それを迎撃し撃退する作戦。兵たちは努力し、その練度を高めたが、全部ジンの事前準備の賜物だった。
――そんな兄貴だから、オレもこうして戦地へ向かえるのだ。
死地とは思わない。戦場だ。これで終わりではなく、始まるのだ。これは、そういう戦いなのだ。
「しかし閣下、我が方が帝国より勝っている点がございます」
「ん?」
視線を向ければ、フレック騎士長はやはり真面目な調子で告げた。
「こちらには航空機部隊がございます。この分野は、まだ帝国も未発達。ベース・レイドにて、出撃の時を待っております」
「兄貴のところにも、トロヴァオンなどの戦闘機部隊がある」
ジンは、制空権をとれば、たとえ敵が多数でもやりようがある、と言っていた。そこに賭けるしかない。……いや――兄貴なら、大魔法で何とかしてしまうんだろうが。
ジャルジーはその言葉を飲み込む。西の空に傾く太陽。もう二、三時間もすれば日が沈む。
このズィーゲン平原が決戦の場となる。明日か、明後日、この平原は血に染まることになるだろう。
果たして、どちらが最後に立っているのか。
いや、そんなものは決まっている。我々、ヴェリラルド王国軍だ。
ジャルジーは静かに地平線の彼方を望む。そこには未だ見えない敵がいる。
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