第718話、連合国の新兵器
連合国、ウーラムゴリサ王国西部アレルタ城――
ディグラートル大帝国の地上軍団が越境した。ついに、連合国の命脈を絶つべく、その牙を剥き出してきたのだ。
アレルタ城城主にして、西部オルキデ領の領主であるフランコ伯爵は、警戒部隊から、大帝国軍の空中艦隊がアレルタへ進撃しているという報告を受けた。
「とうとう来たか、西の蛮族どもめ!」
遙か高空から、何の障害もなく飛来する空中艦。昨年、連合国の最前線となっていた国々は、まったく手出しができず一方的に叩かれ、敗北を重ねた。
ついに敵は、ウーラムゴリサ王国にまで踏み込んできたが、こちらとてまったく対策をしなかったわけではない。
「我が城には対空中艦用の魔法砲台があるのだ……!」
連中が爆発物の雨を降らせようと、アレルタの上に差し掛かった時こそ、連中の最期である。高いところにいてまったく攻撃されないと思っている油断を、あの世で後悔するといい。
「皆の者、戦に備えよ! ウーラムゴリサの西の守り、オルキデ軍ここにありだ!」
「おおっ!」
臣下たちの士気は高い。それだけ、対空中艦用の新兵器に絶大な自信を寄せていたのだ。
「伯爵閣下! 申し上げます!」
兵が駆け込んでくる。
「大帝国の空中艦隊とおぼしき飛行物体を発見いたしました! 目下、アレルタ城へ接近中です!」
「ふむ、いよいよか。……スィンザ魔法技師!」
「はい、閣下!」
赤い魔術師ローブをまとう初老の男が、一礼した。
「貴様の魔法砲台、当てにしておるぞ」
「ははっ。かの英雄魔術師、ジン・アミウール殿のルプトゥラの杖を参考に開発した魔法砲台。いかな高空の敵をも、一撃のもとに粉砕してくれるでしょう!」
・ ・ ・
アレルタへ進撃するは、大帝国空軍第一艦隊であった。そのうち、前衛部隊として先を進むは、戦艦1、巡洋艦7、コルベット15である。
なお後続には、戦艦6、巡洋艦15、コルベット30の艦隊がいた。
今頃、陸軍はウーラムゴリサ国境線の守備隊と交戦しながら前進しているだろうが、空中艦隊は、一足先に後方の拠点へと攻撃態勢に入りつつあった。
前衛部隊旗艦『ソラス』を先頭に、巡洋艦戦隊が単縦陣で続き、その左右をコルベットがやはり単縦陣を形成する。
前衛部隊指揮官を任じられたイーラス少将は旗艦の艦橋にて指示を出す。
「全艦、突撃隊形。目標、アレルタ城!」
・ ・ ・
「大帝国空中艦、まもなく都市上空に差し掛かります!」
観測兵の報告が届くが、フランコ伯爵の目にもすでに敵艦の姿は見えていた。鎧をまとい、剣を携えたフランコ伯爵の表情は険しい。
「あれだけ高いところを飛んでいるのに大きく見える……!」
城で一番高い見張り塔から見上げた空。そこで見えたのは無数の空中艦が列を成して近づいていく光景だった。
何という偉容。こんなものに対抗など、普通なら不可能だ。まるで神の軍勢の行進だ。
だが、いまの我々には魔法砲台がある。
「スィンザ魔法技師! 砲は撃てるか?」
「はっ、現在、各砲座、目標に対して狙いをつけております。ん――?」
見張り塔から、望遠鏡を使って、準備された魔法砲台を見るスィンザ魔法技師。
「お、三番、準備完了。五番、二番も準備できましたぞ。……四番、一番完了。閣下、全門、射撃準備、完了でございます!」
「では、やれ!」
「ははっ! ランサ・ルプトゥラ、発射ぁぁっーー!」
スィンザ魔法技師の号令は、ただちに信号兵に伝達。それを見た各魔法砲台の指揮官は、砲手に発射を命じた。
全長10メートル。台座によって支えられた巨大な槍のような砲台、その先端からまばゆい光が走り、蒼空へと飛翔した。その速度、まさに光の如し。
5つの光の柱は、敵艦先頭の巨大戦艦へと飛び、その底部に一発が着弾した。残る四発は、はずれた。
「当たっておらんぞ!?」
「い、いえ、ひとつは当たりました、はい!」
高高度を動いている物体は、ゆっくりに見えてそれなりに速く移動している。そんな移動体を目視で狙い、当てるのはとても難しい。敵艦の速度や正確な高度を観測して撃つ専門の高射装置もないこの世界で、当たっただけで実はラッキーだったりする。
「当たった。だが、何も起こらんぞ、魔法技師! どうなっておるのか!?」
そうなのだ。一発は直撃した。だが敵空中艦は何事もなかったように進み続けている。
「そんな馬鹿な……! 通用しなかったのか……?」
スィンザ魔法技師は、動揺を隠せなかった。
そもそも、彼らは、超長距離に魔法弾を撃った経験がなかった。魔法には、魔力減退現象がつきまとい、放ってから命中までの距離があればあるほど、その威力や効果は低下してしまう。いわゆる魔減効果。
そこを無理矢理、届かせようとするなら、魔減率を上回るほどの魔力を大量に投入するしかない。10の力で放って、9が消えても、残る1が届けばいい、という考え方だ。
しかしその1が、弱くては本末転倒。その1の力だけでも標的を破壊できるようにさらに魔力を投入するわけだが、それは非常に効率の悪い使い方と言える。しかし、高高度の敵を撃つ方法が他にないとなれば、投入魔力がどうこう言っている場合ではない。
スィンザ魔法技師とその研究チームは、その威力を高めた一弾を長距離の目標に届かせる威力を持つ砲を作り上げた。使用する高純度魔石をたった一回の使用で潰してしまうほどの非効率ぶりではあるが。
だが相手が悪かった。想定よりも魔減率が大きく威力が下がったこと。狙った標的が、一番装甲の厚い戦艦だったこと。さらに、大帝国空中艦が、もっとも敵から攻撃を受ける可能性が高い場所として、艦底部の装甲を厚くしていたために、スィンザ魔法技師自慢の新兵器は弾かれてしまったのである。
「くそっ……!」
喉の奥から漏れたフランコ伯爵の声。直後、大帝国空中艦隊の砲撃と爆弾の雨が、アレルタの城と町に降り注いだ。爆炎と衝撃波が荒れ狂い、血と肉と瓦礫を吹き飛ばす。
・ ・ ・
前衛部隊旗艦『ソラス』。イーラス少将は、眼下に燃える城下町を見やりつつ、報告を受けていた。
「艦底部に被弾しましたが、損傷はありませんでした」
「ふむ、連合国がよもや対空用の砲を完成させていたとは……」
イーラス少将は眉をひそめる。いくら空中艦が底部の装甲を厚くしていたとはいえ、もしあれが巡洋艦以下の艦艇に命中していたら、損傷や撃沈もあったのではないか。
「楽に勝てる相手ではあるが、油断はするな、ということか」
イーラス少将はひとり頷いた。司令官席の後ろに控えていた戦隊参謀が口を開く。
「司令、地上への攻撃ですが、続行いたしますか?」
「いや……これ以上は砲弾の無駄だ。我が艦隊はアレルタから離脱する」
瓦礫の山と化した城下町。しかしまだ多くの生存者がいるだろう。生き残りの兵を集めれば、幾ばくかの抵抗が可能な規模で。だが見通しの悪い地上を闇雲に撃っても、効果はさほど見込めない。
「陸軍が進出しているはずだ。トドメは連中に任せる」
「……汚らわしいオーク兵団が掃討にかかるのでしょうか」
「参謀、我々は戦争をしているのだよ」
「はっ」
アレルタの町に乗り込むのは培養オークと呼ばれる、大帝国の手によって作られた改造オークの軍勢。数は多く、野蛮で敵対者を惨殺することに長ける連中である。あんなものが廃墟の町に放たれたら、生存者は最後の一人まで狩り出され、殺されるであろう。
おぞましい話だ――イーラス少将は口をへの字に曲げ、その言葉を飲み込んだ。
だがこれが、異世界人の言っていた近代の戦争というものだ。
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